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妄想少女  作者: カオス
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第三話 初デート

「お待たせしました、疾太さん!」


「……あっ、うん。それは良いんだけど……」


 昼食を済まして現在一時。

 母親に言われた通りに唯香と出掛けることになったのだが、唯香が母親に呼ばれて何事かしていた為玄関先でしばらく待機を強いられていた。で、もう十分程経っただっただろうか。ようやく唯香と合流した。

 しかし一見して納得した。なるほど、やたらと時間かかるなとは思ったが、そういうことだったか。


「疾太さん、どうかしましたか?」


 白々しくそう言う唯香の顔からは、何かを期待している雰囲気を感じるのは多分気のせいではないだろう。


「いや、その服、もしかして母親から?」


 唯香の服装は涼しげなノースリーブの白ワンピとその上に黒いボレロを着ている。唯香の可愛らしさを最大限に引き出すそのコーディネートについ目が奪われてしまう。

 しかし、さっきまでの服装から随分な様変わりを果たしているし、唯香は初見の時から服装どころか荷物らしき物すら持っていなかった。更にあんな可愛らしいワンピース、家には無かった筈だしあれを母親が来てる光景を目の当たりにした日には発狂は間逃れないだろうな。

 それが今まで無かったなると、母親の奴昨日の買い物の内にこれも買いに行っていたと見て間違いないだろう。

 にしても、母親……意外とあれだな。服装のセンスはなかなかじゃないか。……但し女物限定で。

 俺が小学生の時に母親が買ってきてくれたTシャツなんてやばかった。変なおっさんと『I kill you』の文字がプリントされたその異質の限界点を越えたTシャツを、あの純粋な頃の俺は早速学校に着ていってしまい、以降一年間俺のあだ名は殺人おじさんになってしまった。ああ、小学生らしい可愛らしいあだ名だった……。勿論あの頃はコンプレックスだったけどな。


「はい、そうなんですよ! お母さん、こういう時はとことん女の子らしくって、私の為にこの服を買ってきてくれたらしくて、着せてくれたんです。本当に優しくて、ありがたい」


 なんて俺のネガティブな記憶探索とは違い元気に答える唯香とその純粋な感謝からの笑顔を見ていると、昨日の脳内キャパシティーオーバーによる身体疲労も一気に吹っ飛びそうだ。


「そっか。それは良かったね。じゃっ、じゃあ行こうか」


 そう言って歩き出そうとした際に唯香の顔を見ると、多少驚きの表情を見せた後にその顔は不満気なものになっていった。

 ああ、やっぱりそうなるか。


「…………」


 合わせる為に遅く歩いている俺の隣に小走りで追い付いてきた唯香は、ちゃんと着いてきてはいるもの無言を貫いている。

 隣を横目で見てみると、唯香の頬は少し膨らんでいてやっぱり不満気だ。


「……あの、唯香さんどうかしましたか?」


 つい下手になってしまったが、一旦止まって唯香に話し掛ける。


「……何でもないです」


「いや、何でもないって、明らかに怒ってるよね?」


「……いえ、怒ってないです」


 言い終えた後、本当にこの人は、と文句を言いながら先に行く唯香。いや、やっぱり怒ってるじゃん。

 はぁ……もうこりゃ言うしかねえか。せっかくのお出掛けが気まずいままじゃ嫌だからな。


「えっと、でもそういえば、唯香その服よく似合ってるね。その……とっても可愛いと思うよ」


 高校生が小学生をそう言って褒めるなんて別段変では無いし、これは正直な気持ちだから普通は問題は無い。……筈だが正直故に、その可愛いに、少々、勿論少々だが女性的魅力も感じてしまったから言いたく無かったんだよ。

 例え俺の理想通りの女の子だと分かっていても、やっぱりロリコンという名の社会的抹殺対象にはな……。


「……本当ですか?」


 唯香は急にピッと動きを止め、そのまま言ってくる。


「本当、本当。その服着てると魅力的だし可愛いよ」


 本当に母親はなんて服買ってきてんだ。色んな意味で危険じゃねえか。


「そっか……そうですか。じゃあ、さっさと行きましょう、疾太さん!」


 再び動き出して、今度は小走りで俺の隣に戻ってくる唯香。その顔は満面の笑みに戻っていて、まあ結果的には言って良かったのかなと思えてくる。

 そしてその顔に見惚れてしまった俺はこのままで良いのかなとも思えてくる。


「そういえば疾太さん。……なんかこれデートみたいですね」


 ああ、本当に色々大変な外出になりそうだ。


  ☆★☆★☆★☆


「わー、凄い! 街中って本当に人が多いですねー!」


「ああ、そうだね……少し多すぎな気もするけど」


「あっ、見てください疾太さん。本当にあんな鉄の塊が飛んでますよ」


 唯香が上に向けて指差した先では飛行機が雲を引き連れて走り去っていった。

 家を少し進んで街の中心部辺りに入ると、そこはビルや様々なショップが所狭しと並んでいる繁華街になる。そこに着いてみると、夏休み、しかも日曜日というだけあって人や車の交通量が平常時の比じゃない。

 正直ただでさえ今年は例年より暑いってのにこの人混みだと尚更体温上昇を助長させてくる。温暖化の中心地はここにありと思えてくるね、全く。のに、何だこの、唯香との圧倒的反応の差は。何で暑さを嘆くどころか寧ろ喜んでいるんだ。ていうかなんでこんな興奮しているんだ。

 ……って、んっ。ちょっと待てよ。今、なんて言った?


「あれっ、唯香ちゃん今、本当に鉄の塊が飛んでるって言った?」


「はい、言いましたけど」


 街中を歩く足は止めずに、ただキョトンとした顔で言う唯香。

 

「いや、何そのタイムスリップした武士が見たら必ず言いそうな台詞。えっ、もしかして飛行機見たこと無いの!?」


「えっ、はい。まあ、それはそうですけど」


 何、当然のこと言ってるんだって顔をしているんだ。それはこっちのもんだろ。

 バカな。いくら小さいとはいえ、小学生にもなって飛行機も見たこと無い人類なんてあって良いものなのか。というか、あり得ることなのか。

 ……はっ!


「まさか唯香ちゃん、ずっと家に監禁されてたのか!?」


「いやいや、違いますから! なんでいつもそんな予言者も予言不可能なレベルの回答ばっかりしてくるんですか! 昨日言ったじゃないですか! 私は疾太さんの家の前で昨日生まれたんですよ。飛行機なんて見るのは初めてですよ」


 ああ。そうか、そうか。そういうことね。なるほど。そういえばそんなこと言ってたな。


「そっか、そういえばそうだったね。それに、一般常識程度の知識ならあるって言ってたっけ。……あれっ、でも一般常識ってどこまでが一般常識なんだ」


「本当に基本的なことは分かりますよ。というか正確に言えば、疾太さんの知識と同じ程度の知識ですかね。共有っていうんでしょうか。この世界の当たり前は勿論疾太さんにとっても当たり前だから私も当たり前。あれが車、あれがビル。そういうのは分かります」


 伸びる人差し指を逐一移動させながら喋る唯香。

 なにっ、俺の知識を共有だと!


「えっ、それってつまり、俺の今までの記憶は全部唯香ちゃんにもあるってこと?」


 そういえば、俺の黒歴史確定の告白失敗もバレてたし。

 それだと色々嫌なんだが。


「まあ、そうですね。全部では無いですが持っていますよ」


「良いか、唯香ちゃん。今すぐその記憶を消しなさい。それは君が知っても良い代物ではないんだ」


「何を超真剣に言ってるんですか! 無理に決まってるじゃないですか、そんなこと!」


「出来る、出来る! 唯香ちゃんなら出来る。なんせ妄想から生まれたんだから」


「いや、意味分かりませんから! ていうか、どうしたんですか。そんな必死に」


 どうしたって、そりゃ当然だ。


「あのね、思春期の男性にとってその脳内っていうのは、他人には全くもって知られたくないものなの。それこそ知られるなんて死に値する程のものなんだ」


 それをこんな小さい女の子に知られるなんて考えただけでそれは悲惨だ。


「あっ、それなら大丈夫ですよ。私が持っているあなたと同じ記憶っていうのは、精々あなたがあの日神社で回想した記憶くらいですから。だから本当に、あなたが同級生に噛み噛みで告白して惨めに振られたことぐらいしか知りませんよ」


「そっか。言い方酷いし、大体それが一番知られたくなかったんだけどね!」


「大丈夫ですよ、疾太さん。ちゃんと私はあなたの良いところいっぱい知っていますから」


「唯香ちゃん……! ありがとう。まさかその台詞を出会って一日の人に言われるとは思わなかったよ」


 まあ、本当に嬉しいけど。

 それに、少しとはいえ過去の俺を知っている時点でただ昨日出会ったというのとは少し違う気もするけど。

 閑話休題。


「でもそういえば、唯香ちゃん。一般常識を知ってるって割には飛行機見て驚くんだね。あれも普通は一般常識の内に入ると思うんだけど」


「……んー、そうですね。例えば疾太さんは、事前に映画の詳細を全て知ったとして、もしその後にその映画を実際に見たとしても何も感じないんですか?」


「はい?」


 やはり的確だ。唯香は俺の好きな、顎に人差し指を当てるながら思案するという行為を一日ぶりに行うといったサービスショットを披露してくれた。

 でもその後の質問はなんだ。例え話? というか、映画? 


「それは無いですよね。いくら知っていても実際見てみると違うものでしょ。つまり、そういうことですよ」


 色々思索していた俺の答えは待たずに唯香は話を続ける。


「いや、そういうことって……」


 そんな誇らしげに言われても。まあ言いたいことは分かるけど。

 本人曰く、唯香は昨日俺の家の前で生まれたらしいから、全てが初めて見る物ばかり。知識があったって、その光景を形式的に知っていたとしたって、実際には初めて見るその景色は唯香には新鮮その物なのだろう。

 まあ俺にもそんな時期があったのかもしれないけど、あってもそれは大分小さい時だし、もう既に眼前には見飽きた景色しか広がっていない俺には全く理解出来ない気持ちだけどな。

 それはもう楽しいのだろうか、そんな世界は。


「あっ、疾太さん!」


「んっ、どうしたの?」


 先程までの会話を打ち切るように突如声を上げる唯香。

 今度はなんだ。


「あれはもしやゲームセンターという奴では無いですか!」


 右手二十メートル程先。唯香が向けている視線の先に俺の視線も向かわせる。すると先に見えたのはまだ昼間の為明かりは着いてないが、英語四文字が刻まれた大きい電飾看板。確かに、あれはゲームセンターだ。


「そうだね。ゲームセンターだけど……どうかしたの?」


「ゲームセンター、行ってみたいです! 行きましょう、疾太さん!」


 「1+1は?」なんて問題より分かりきっていた為、疑問というより確認の意味でした俺の質問に対して真っ直ぐ、かつ見えている店内の照明にも負けない程のとても輝かしい目を向けて答える唯香。


「んー、まあ別に元から進みながら行き当たりばったりで行き場所を決めるつもりだったからね。別に良いよ」


「やったー! ありがとうございます、疾太さん!」


 両手を上げて万歳のポーズの後、唯香は先に小走りで向かっていった。それを穏やかな顔で見送りながら俺はのんびり歩く。……こらっ、そこ、お前も急げとか言わない。こんな太陽が仕事に精を出している日は走るという行為への気力は奪われるのだ。

 っと、店の前に着いたところで唯香が急にこちらに振り返る。


「さっ、早くしてください、疾太さん! 先に入っちゃいますよ」


 いつの間にか俺は小走りどころかダッシュをかけて向かっていた。

 あー、ったく。腕を後ろに組んで少し前屈み、上目遣いで言うなんて反則だろ。


  ☆★☆★☆★☆


 入ってみると奥行きがなかなかあり、そこら一帯にゲーム、人が配置されている。見たところ中高生らしき人が多いが、その他の年代の人も合わせて大分混雑している。

 心地の良い冷気が俺の肌にまとわりついた熱気を払拭していってくれる。


「はあ……気持ち良い」


 ダッシュした分熱の籠りがやばい。

 思わず両手を広げて少し体を前に付きだし全身に冷風を浴びてしまう。


「何やってんですか、疾太さん。それ、恥ずかしいからやめてください。それにそんなことより、早く何かやりましょうよ」


「あっ、うん……ごめん」


 素早く手を降ろしてポケットに入れる。

 何となくやった行為だけど、改めて言われるとなんか急に凄い恥ずかしくなってきた。

 まさか、年下(仮)に指摘されてしまうとは。


「で、何かやりたいのあるの?」


 恥ずかしさを紛らす意味も込めて質問してみたが、それを聞いた瞬間唯香の目の輝きが一層増した気がした。というか、増した。


「全部やりたいです!」


 何故か唯香は右手を挙げるという行為も付随させて言う。

 いや、全部って。それは無理だろ。なんだその新ジャンル、ゲーセン系女子は。

 当然だが店の中には数えきれない程のゲームが置かれている。それこそ、その全部をコンプリートするとなると、一体時間・費用はどれくらいかかるのか分かったもんじゃない。


「んー、それはちょっと無理かな」


「えー! ブー! やりたかったのにー」


 そんな若干頬を膨らませるなんて可愛い行為をされると、俺が正しい筈なのに悪い気がしてくるじゃないか。


「ごめんね。でもいくらか出来る金はちゃんと持ってきてるからやりたいものを遠慮せずにやって良いよ。で、どれにする?」


「しょうがないですね。んー……それじゃあ、あれやりたいです」


 あれっ。この子は俺が金を出すということは理解していないのだろうか。しょうがないって、何で上から目線なんだ。

 という感想は置いといて、とりあえず体を三百六十度回転させ終えた唯香が指差した先を見てみると、約五メートル先、銃刀法に引っ掛からない銃を有するゲームセンター定番機、ガンシューティングゲームが置かれていた。

 そのゲームの銃、否、銃を模したコントロール装置を握っている者は誰もいない。


「なるほど、あれか。よし、やろう――って、早っ!」


「遅いですよ、疾太さん。早く、早くー!」


「……まったく」


 ゲーム前に着いて嬉々とする唯香に促され、溜め息とは違う息を吐いてから急いで向かう。


「えっと……あれっ」


 側まで行ってその俺の背より少し程度高い筐体の上部を見てみると、カタカナ七文字のタイトルが刻まれている。

 この名前聞いたことあるぞ。それに……。


「さっ、早く、早く。ここですよ、ここにお金入れるんですよ、疾太さん」


「いや、分かってるよ! ていうか、そんなこと、今時小学生でも知ってるよ!」


 なに、俺もしかしてバカにされてんの!?

 

「……って、まあそれはともかくとして、でも本当に入れて良いの? だってこれって――」


「何を心配してるんですか。たかがゲームですよ。現実じゃないんだから何も心配することなんか無いですよ。さっ、それより早く入れてください!」


 たかが妄想が現実になった世界でそんなこと言われても……。

 まあでも、この看板見て分かってる筈だろうし、本人が良いって言ってるんだから別に良いのか。

 ……良いのか? 年齢的にも。


「そっか、分かった。じゃあ、入れるよ」


「わくわく、わくわく」


 わざわざ心境を口に出してくれる程唯香は楽しみにしているようなので、急いでコイン投入口に硬貨を入れる。


「よし、オッケー。んじゃあ、始まるよ」


「おっ、何か眼鏡ありますね。これを掛けて――さてと、敵をたくさん倒しますよー」


 唯香は二つある内の片方の銃を手に取って、まだ反応しない画面に向かって何度も引き金を引いている。

 いやー、ゲームとはいえあんな物騒なことをあの笑顔でやっているとは全く将来が怖い子だ。


「おっ、始まったみたいですね!」


 唯香の言葉に反応して画面に目をやるとタイトルの文字が表示され、その後場面転換したかと思うと、薄暗いどこかの地下のような場所にプロフェッショナルと呼ばれているブロンドの女性とハンサム系外人男性の二人が現れた。確かにもうそろそろ始まりそうだ。


「よしっ。じゃあ唯香ちゃん、見ててあげるから頑張ってね」


「――見ててあげる? 何言ってるんですか、疾太さん」


「えっ、何って――」


「疾太さんも一緒にやるんですよ。……まったく、何の為に二人で遊べるの選んだと思ってるんですか」


 その発言の後に妖艶な笑みを見せる唯香。

 ヤバイ。また、ドキッと来た。いや、来てしまった。

 くっ、流石唯香だ。俺の急所を心得ている。いや、俺が作ったんだからちゃんと自分のことを理解していた、っと言った方が正しいのか。


「唯香ちゃん、ありがとう。じゃあ俺もやらせてもらうよ」


 さて、唯香の善意に甘えることにしよう。あまりこういうのはやったこと無いけど、少し面白そうだとは思うし。

 で、俺も眼鏡を掛け、ガンシューティングゲームでまさかの素手による格闘戦術で闘う訳にもいかないので早速銃を取り出そう――


「きゃー!」


 としたところで聴こえてきたのは幼い少女の叫び声。


「どうしたの、唯香ちゃん!」


「あっ、ああああ、あれあれ!」


 見ると唯香は先程より青ざめた顔で画面を指差している。

 そしてその画面に映っているのは――


「何でこんな立体的なゾンビが出てきてるんですか!」


「えっ、知らなかったの!」


 唯香の言う通り画面では数体のゾンビがこちらに向かって襲いかかってきている。しかも美麗な3D映像でという唯香にとってはありがた迷惑な機能付きで。

 それも当然だ。何せこのゲーム、ガンシューティングの中でも代表的なジャンル、所謂ホラーガンシューティングなんだからな。

 その名の通りホラー要素が強い、というか最早その大半がホラーな為正直唯香には辛いと思って確認したのだが、どうやら唯香は気付いてすらいなかったようだ。

 しかし、筐体のタイトル付近に描かれた血。同じく描かれたゾンビ。明らかに異質なこの雰囲気。

 寧ろよく気付かなかったねと称賛の言葉を送ってあげたいくらいだ。


「うぅ……ゲームセンターのシューティングゲームなんてどれも同じだと思って油断してました。まさか、こんなホラー系があったなんて」


 やっぱり子供には刺激が強すぎたか。少し涙まで浮かべてしまっている。


「あはは……えっと、どうする、やめる?」


「いえ、やります、倒します! ゾンビ共を殲滅してやります」


 っと思ったら、今度は闘う戦士のような目をし出した。というのは言い過ぎだが。

 にしても、殲滅って。少々言葉が荒々しいがゲームに対しての意気込みは感じられた。一度始めた以上はどうしても完遂させたいらしい。やはり生粋の負けず嫌いだな、この子は。


「それに疾太さんもいますしね」


「あはは。ありがとね」


 なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そう言われると頼りにされているという実感がして素直に喜んでしまう。

 とはいえ――


「でもね、それには一つ問題があるんだ、唯香ちゃん」


「えっ、問題ですか。それって――」


「主人公、やられちゃった」


「キャーーー!」


 俺と唯香が話している間も主人公とヒロインはゾンビに襲われ続けていたようで、果ては二人共大の字でうつ伏せになっていた。

 しかし俺らが操作していたとは言え、この二人、プロフェッショナルが聞いて呆れる活躍っぷりじゃないか。銃を向けたと思ったら撃つこともなく無抵抗でやられやがった。こんなのただの自殺だ。ゾンビもびっくりだろう。


「そっ、そんな……。あの努力は全て水の泡に……」


「うーん……ただコイン入れて、ゾンビにやられるがままにやられたことを人は努力と呼ばないと思うよ」


 ストーリー、一切進んで無いし。


「まっ、それにほらっ、画面見てみなよ。コンティニューだってさ。どうする? お金入れれば続き出来るよ」


「やったー! 続きから出来るんですか! じゃあ、やりましょう」


 残り少なくたったビールが塩を与えられたように急激に元気を取り戻す唯香。

 続きっていうか、ほぼ始まりなんだけど。そんなにオープニング飛ばせるのが嬉しいのだろうか。

 ……まあ初めてだし、本人は進んだつもりなのかな。


「オッケー。じゃあ、またコイン入れるよ」


「はい! 今度は倒しますよー」


 唯香は早々に銃を画面に向ける。

 それを確認してコインを入れコンティニュー。俺も構えて射撃準備オッケーだ。


「さて、来たぞ!」


 早速数体のゾンビの襲来だ。パッと見五、六体ってところか。奴等は集団の為狙いやすく、とりあえず適当に照準カーソルを合わせて射撃。十発程撃ち六、七発命中。三体を撃破する。


「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃー!」


 お隣も同じく数打ちゃ当たる戦法を使用中のようだ。しかし、カーソルを全く動かさず固定して撃っている為、弾丸は最早倒したゾンビがいた位置を華麗にかつ虚しく過ぎ去っていくだけだ。

 本当に聞いて呆れるプロフェッショナル様だ、この金髪お姉様は。


「うりゃりゃりゃー……ってあれ、弾が出なくなった! やばいですよ、疾太さん! ゾンビがまだ襲ってきているというのに弾が出なくなりました! って、うわー、ゾンビ、ゾンビー!」


 あちゃー。唯香はもう襲撃寸前のゾンビにパニクり過ぎている。最早冷静さが微塵もない。


「唯香ちゃん、落ち着いて。リロードだよ、リロード。銃振ればリロードしてまた弾出るから」


「リロード? 銃振る? 何言ってるんですか! 画面の中の銃をどうやって振るんですか」


「いや、君が何言ってんの! 唯香ちゃんが持ってるその銃を振るんだよ」


「えっ、振る? 振るって、えっと、えいっ――って、きゃー!」


 リロード完了するも既に時遅し。ゾンビに攻撃されている唯香もといブロンドヒットマンの体力は残りわずかだ。


「ハァ……ったく、しょうがない」


 直後唯香を襲っているゾンビが断末魔の叫びを上げて倒れ込む。そのゾンビの頭部に一発の銃弾が直撃したからだ。俺の撃った銃弾がな。


「うおっ、と!」


 更に手榴弾、銃撃で自分に迫り来るゾンビも撃退する。


「はっ、疾太さん……」


 唯香が目を輝かせてこちらに向けている。


「とりあえずどんな状況でも落ち着いて、唯香ちゃん。大丈夫、君は俺が守るから。だから――」


「手榴弾、どうやって使ったんですか!」


「だから、カッコつけるところなんだから台詞言わせて!」


 せっかく良い場面を作れたのに台無しじゃないか!


「あっ、すいません。で、何ですか?」


「だから、俺が守ってみせるから唯香ちゃんは構わず攻撃に専念してね――って、なんか改めて言わされると恥ずかしいんだけど!」


「プッ――アッハッハ!」


 なんか凄い笑われてる。やめて、恥ずかしくて顔から摂氏千二百度の火が出ちゃう。


「ありがとうございます、疾太さん。そうですね。私がピンチの時は守ってくださいね――ずっと」


「……唯香ちゃん?」


 何だろう。そう言った唯香の顔は儚げでどこか負い目を感じているような気がしたのだが、はてさてそれは気のせいだったのだろうか。

 何せ――


「で、手榴弾ってどうやって使うんですか!」


 その後、すぐまた元の輝いた目で説明を求めて来てるんだからな。


「あっ、唯香ちゃん。その説明の前に謝らないといけない事があるんだ」


「えっ、何ですか?」


「ごめん、君のキャラやられちゃった」


「疾太さーん!」


 その後俺達は、幾度ものコンティニューと硬貨を使い、ようやく第一ステージをクリアした。


  ☆★☆★☆★☆


「自分で言っといてわずか十秒で約束破るってどういうことですか。それにその後も全然守れて無かったですし。お陰で何回ゾンビにやられたと思ってるんですか」


「いやー、その……すいません」


 素人と初心者が協力したところでそんな上手く行く筈が無い。やっとの思いで第一ステージをクリアしたことで唯香に終了の許しを得、今ようやくやめることが出来たのだがそこまでが大変だった。

 ゾンビにやられた回数、入れた硬貨の枚数、両替したお金の枚数は最早数えたくない。それに挙げ句の果てにはゾンビが可愛らしく見えてきた時は自分の気を疑ったね。


「全く、これじゃ私が敵に襲われた時に本当に私を守ることが出来るんですか」


「大丈夫、大丈夫。そんな敵なんか俺がちょちょいとやっつけて――えっ、敵!」


「……? そうですけど、どうかしたんですか?」


「あっ、いや……」


 そうだった。俺唯香を敵から守る妄想もしてたんだっけ。 うわっ、よく考えたらそれ、かなりやばいじゃん。


「もしかしてビビってます?」


「はあっ、ビっ、ビビってにゅわいし!」


「いや、寧ろどうやるんだってくらいの凄い噛み方してますけど!」


 くっ、噛んでしまった。はっ、恥ずかしいー!

 とはいえ、そりゃ、ビビるだろ。確か俺が妄想した相手は銃を持っていた……ような、持っていなかったような。でももし仮に持っていたとしたら、俺なんかに万が一にも勝ち目は無い。御陀仏は免れないだろう。

 俺は一つゴホンと咳払いをしてから、


「でっ、でも敵って銃持ってなかったっけ?」


「はい、持ってましたけど」


「さて、遺書残しとこっと」


「気早っ! というか、私守るどころか自分死ぬ気満々ですか!」


「いやだって、銃持ってる明らかな殺人プロフェッショナルにどう勝てって言うのさ!」


「その点は大丈夫ですよ。疾太さんは覚えてないかもしれませんけど、あなたが自分で死ぬような妄想する訳ないことぐらい分かってる筈です」


「いや、あの時の俺かなり落ち込んでたからな。どうだろう」


 思い出したくないけど、無残に振られた所為でな。


「あっ、ああ……。でも大丈夫です。そこは信じてください」


「うっ、うん」


 唯香の力強い言葉に思わず頷いてしまった。

 まあ、妄想を全て知っている唯香が言ってるんだから大丈夫なんだろう。

 ……んっ? 全て知っている……?


「あっ!」


「えっ、何ですか! 急に大きい声出して」


「そうだよ。唯香ちゃん、この先起こることを知っているということはそれらをあらかじめ回避出来るってことじゃん」


 その手があった。我ながらなんと良いアイディア。


「あっ、いや、それは……」


 だと思ったのだが、何故か唯香は浮かない顔をし出してそう言う。

 自分への襲撃も回避出来るし唯香にとってもメリットになると思うんだけど、何か困ることでもあるのだろうか。


「えっともしかして、妄想し起こることが決まったイベントは回避出来ないとか?」


 特に敵からの襲撃に関して言えば妄想の根幹と言っても過言ではないからな。誤差云々で変わることは多分無い、と思う。


「それは分かりません。昨日言った通りのことしか私は分からないので」


 ということは尚更渋る理由が不明瞭だ。分からないならやってみれば良いだけだと思うんだけど。しかしそれをしたくないということは――


「あのさ、そういえば前も渋ってたし今のこともそうだけど、もしかして妄想通りのストーリーにならないっていうのは何か言えないようなリスクが――」


「あっ、疾太さん!」


「あひゅあー!」


 俺の言葉を遮るようにしていきなり大声を挙げる唯香。

 びっ、びっくりしたー。

 と思ったら、今度は左手に向かって軽く走り出した。


「えっ、どうしたの?」


「これ、やりたいです!」


 唯香が到着した場所、そこで腕を上下に動かしながら指差していたものは、可愛らしいゆるキャラ系熊印刷仕様もしくはその熊自体のアクセサリーやぬいぐるみ、フィギュア等景品が納められた四角い筐体だった。

 いや、やりたいって今結構重要な話していた気が……。


「これ、UFOキャッチャーっていうんですよね! 絶対景品を取ってみたいです!」


 ハァ……そんなに目を輝かせちゃって。まあ、しょうがないし良いか。本人は話すのは気が乗らないみたいだしな。


「良いけど、やり方分かるの?」


「疾太さん、それ、結構自分を馬鹿にしてるのと同じですよ」


 最初、んっと戸惑ってしまうが、なるほど。そういえば知識は俺と同じなんだっけ。


「じゃあ、大丈夫だ。ってことで、コイン入れるよ」


 コイン一枚投入でゲームスタート。ボタンが光り、音が鳴り始める。

 このゲームはボタン三つ式で、アームの動きには縦、横、回転があるようだ。

 確かに知識はあったとしてもずぶの素人である唯香にとって目標との距離感を測るのはなかなか至難ではないだろうか。


「で、唯香ちゃんは何狙うの?」


 パッと見、結構良い品は揃っている。そりゃこれなら、どれも欲しいというのが当然の思惑だろうが、多欲は無欲。それで取れる程UFOキャッチャーは甘くない。まずは目標物をしっかり固定してからそれをいかにして手中に収めるか。これを必死に思索しながらプレイしなくてはいけないのだ。何でも良いから取りやすそうなの適当にやって取れれば良い何て言うのは、俺にしてみればただの店への百円寄付だね。


「えっと――あっ、あれです、あれが欲しいです!」


 などとUFOキャッチャー持論を考えていたら唯香から回答があった為、今にも光線が出そうな程輝いた唯香の光線否目線を追う。

 えっと――


「あのブレスレットかな?」


「はい、それです!」


 ほほぉー。サイズは年相応の細さを有する唯香にもぴったり合いそうな上に、銀のメタル使用で、それにマスコット熊の顔が刻まれているその見た目は可愛らしい。更にそれだけでなく、周りに障害物は少なく出口にも近いとはかなりの好条件じゃないか。この子、なかなかセンスがあるぞ。


「よし、それなら行けそうだね。じゃあ、早速行ってみよー!」


「おー!」


 声を出しながら挙げた手を下ろしてから臨戦体勢に入る唯香。

 むーという声を出しながら指は既にボタンに添えている。そしておそらく頭の中でシミュレーションしながら、しっかり狙いを定めている。この子、本当に素人か。手順だけじゃなく、目が本物だ。

 そして完全にルートが決まったようだ。目が一点を見据えている。


「行きます!」


 言葉を発し、添えていた指で力を込めてボタンを押す。

 それに連動してすぐにアームが動き出す。

 そしてそのアームは――


 ガンッ、ガンッ、ガンッ


 ……あり得ない動きを見せた。


「……疾太さん。アーム、動かないです」


「いや、動かないじゃないよ! 何で壁にアームぶつけてんの! 何でガンッとか鳴ってんの!? 普通そんな音このゲームで鳴らないよ!」


「だってアームが思った通りに動かないから」


「アームの所為にするんじゃありません! ていうか、ボタン操作してんのは唯香ちゃんでしょ」


「違います! 私はボタン押してあげてただけで、ぶつかったのはアームが勝手に――」


「あー、もう訳分かんない言い訳を言わない! 今のどう見ても、っていうか普通あり得ないんだけど、操作ミスでしょ。もうこれ店員呼ぶしかないよ」


 アームがガラスにぶつかって動かなくなるなんて、俺も前代未聞だ。


「えー!」


「えーじゃない! んじゃあ、店員呼んでくるからちょっと待ってて」


 そして店員を呼び直して貰い、注意を受けてから唯香は諦めずに再び挑戦する。

 今度は壁にぶつかることなく最後の回転の行程を終えたアームが降下していく。そしてそのアームは閉じ、見事に目標物から十センチ程離れたところに横たわっているぬいぐるみの頭を掠めていった。


「あー、惜しかったー」


「ごめん、俺の目が確かなら微塵も惜しかったようには見えなかったんだけど」


 やっぱり出来るように見えたのは事前準備だけだったようだ。

 これは下手をしなくてもそこら辺の素人よりよっぽどヤバイぞ。


「次は、次こそは取ってみせます」


 本当にこの子は負けず嫌いだな。自分がどれだけ無謀な挑戦をしているかも知らないのか全く諦める様子は無さそうだ。

 そんな状態が十回程続き、そろそろ俺の財布事情が厳しくなってきた時点で俺は唯香に提案することにした。


「唯香ちゃん、そんなに欲しいなら俺が取って上げようか?」


「えっ、そんな、ちょっと待ってください! これは、私が……」


 と、まあ予想通りの反応を見せた唯香だったが俺の持っている財布に気付くとを途中で言葉を止め、何か考え出した。一体何を逡巡しているのだろうか。


「すいません、疾太さんが取った方が早く終わりますよね。それじゃ、お願いします。取ってください」


「あっ、うん」


 悔しそうな、しかし申し訳なさそうにもした顔で唯香が言う。

 早く終わるって、もしかして時間や俺のお金のことを考えてくれたのだろうか。だとしたら今までは熱くなって考える余裕も無かったようだから今は少し落ち着いたみたいだ。

 でもそれはまあ、時間はまだあるし、金の方は元からかなり失う気ではいたのだから唯香が気にすることでは無いのだけど、まあ財布が厳しくなってきていたのは事実だからその点は助かるというのが本音だ。

 にしても全く、こんな時でも自分の気持ちを抑えて俺のことを考えてくれるとは……。全く、気利くなこの子。


「分かった。任せて、唯香ちゃん」


「はい、一回でお願いします」


「おっ、おう。任せといて」


 と言っても中々の無茶ぶりだ。UFOキャッチャーで一回だけで景品を取るなんてかなり難しいぞ。

 俺はしっかり狙いを定めてから脳内シミュレーション。意を決してボタンを押す。


「よしっ、ここだ」


 俺の予定ルートから寸分外れることなく進んだアームは降下していき、目標物であるブレスレットを掴んで上昇する。そのまま移動し、出口上方でアームが開き、落下した景品は出口を通過していった。


「やっ、やったー、取れた!」


「凄い! やりましたね、疾太さん」


 思わず唯香とハイタッチした俺はすぐさま景品を取り出す。


「はい、唯香ちゃん」


「……本当に良いんですか?」


 そういう唯香は相変わらず申し訳無さそうだ。


「いや、それを俺が持っていてもどうしようもないし、唯香ちゃんの為に取ったんだから遠慮せずに貰ってよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 唯香はまだ多少遠慮がちに、でも確かに嬉しそうに受け取ってくれた。


「これ、疾太さんからの初プレゼントですね」


「うん、まあ、そうだね」


 出会ったのは昨日だし、そんな上げる機会なんてあるわけも無かったからな。当然っちゃ、当然だ。

 

「うわー、ぴったり嵌まりましたよ、疾太さん!」


 唯香はケースから外したブレスレットを早速腕に嵌めてみたのだが、やはり予想通り唯香にしっかり合っていた。


「合ってて良かったよ。それに、結構似合ってると思うよ。良いんじゃない」


「あはは、ありがとうございます」


 そう言った後にマジマジとそれを見つめる唯香。十秒程経ってから顔を上げた唯香のその顔は、


「これ……ずっと大事にします」


 今まで見た中で一番可憐で儚げな笑顔だった。


  ☆★☆★☆★☆


 ゲームセンターですっかり時間を消費してしまった為、俺達が出た頃にはもう既に時計の針は四時を過ぎていた。こう中途半端な時間となると行ける所というのも限られてくる。だからやったことと言っても、クレープを買って食べ歩いたりカラオケで一時間だけ歌ったりなどぐらいしかない。それでも唯香は本心から楽しそうにしてくれたのだから良かったのでは無いだろうか。うん、生みの親である俺がそう言うのだから間違いない。

 で現在、もう西の空の赤みが濃くなってきたし帰ろうと考えたところで唯香が用があるから最後に寄りたい所があると言うので着いていってみたのだが、


「……デパートに一体何の用なの?」


「それは内緒です」


 目の前に聳え立つデパート。この辺りでは一つしかないこのデパートは昼間は人が凄く、ピークを過ぎた今はそれ程では無いがそれでも充分賑わっている。

 そんなデパートにこんな小さい子が一体何の用があるというのだろうか。皆目見当が付かない。しかも内緒っていうのがますます怪しい。


「心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも私が買いたい物は私が買う分にはおかしい物では無いですから。それより、さあさっさと入りましょう」


 そんな俺の訝しげな目に気付いたようで唯香が捕捉してくる。いや、意味分からないしそんなこと言われたら余計気になるんだけど。

 とまあ未だに俺の疑念は晴れないのだが唯香に促されたので二人で自動扉を通過する。


「んで、唯香ちゃんはここからどうしたいの?」


「んー、そうですね。それじゃあ疾太さん、ここからは各自自由行動にしませんか?」


 見慣れたが見飽きはしない、どころかずっと見ていたい唇に指を上げるという行為で俺の確認に応える唯香。

 いや、自由行動って――


「でも、唯香ちゃんお金持ってないじゃん。流石にお金だけ渡すっていうのもあれだしやっぱり俺も一緒に行かなきゃ」


「その点は大丈夫です。この買い物に関してはお母さんにお金貰ったので」


 くっ、何だと、母親が! あの母親が俺に払わせないで自分の金を渡すなんてあり得る筈がない! この子は一体何を買う気だというんだ! きっ、気になる……けど、


「分かった。じゃあ、自由行動ね」


「はい、ありがとうございます!」


 女の子が買うものを必死に詮索するのもあれだしな。まあそれに唯香のことだし、こんな時間に寄ってまで買うということは本当に必要なものなのだろう。追求しないでおこう。……気になるけど。

 

「んじゃあ、あんまり遅くなるのもあれだから、三十分後くらいにここ集合で良いかな?」


「了解です!」


 同時に唯香がシュビッと素早く左手を挙げて敬礼してくるので思わず俺も敬礼で返す。

 

「それじゃあ、行ってきますね、疾太さん」


 笑顔で手を振りながら唯香は去っていった。

 さて、俺もどこかで時間を潰さなくてはいけないのだがどうしたもんかな。全く行きたいところがない。

 ちらっと思い浮かんだ唯香の尾行という雑念を振り払うように首を振って、結果俺は適当に見て歩くことにした。


  ☆★☆★☆★☆


 結局全く興味をそそられるものがなく、二十分間本当にただ歩き回るという、あれこれウォーキング? 的なことをやっていた。

 いや若干なら新作ゲームソフトコーナーという目を惹くものはあったのだが、財布事情を思い出したことですぐさま去りざるを得なかった。

 ったく、母親もどうせ唯香に金上げるなら遊び分も渡して上げれば良かったのに。やっぱりあの母親は母親だな。

 で、現在進行形、未だにウォーキング中なのだが、時計を見ると時間まで残り十分。このまま歩き続けても得るものは疲労感だけだろうし、もう先に待ち合わせ場所行ってようかな。

 っと思い至り正に集合場所に迎おうとした丁度そのタイミング、そこでふとある人物が目に入った。

 その人物は数多くの商品の中から自分に合うものを必死に探しているようだった。


「って、何やってんだ、唯香!」


 それは唯香だった。って、いや別に唯香がいるのがおかしいと言う訳ではない。おかしいのはその唯香のいる場所だ。

 なんで、なんであの子――女性用下着コーナーにいるというんだ! しかも物色しているのは……ブラジャーだと!

 おいおい、確かに歳の割に大きいのは確かだけど、だからってあれ明らかに高校生サイズはあるじゃねえか。そりゃ店員も訝しげな顔向けるよ。まだ見るからに付け始める時期になったばっかであろう子供が既に大人の階段を登ろうとしてんだもん。強がりの域を爆心突破しているんだもん。


「あの……」


 おい、しかもなんだあのフリフリなブラジャーは。なんであんな危ないもん見てるんだ。って、何だ、何で今度はあんな布地の少ないものを見つめているんだ。


「……あの、お客様」


 おいおい、マジで一体唯香はあれを何に使う気なんだ。まさか自分で着ける訳ではないだろうし、というかそんなの俺が認めないし、あと考えられることといえば母親に買うように頼まれたとかか。いや、母親が着けたにしてもあれは大きすぎだろうし、第一あんなのを母親が着けていると考えただけで気持ち悪い。こちらが必死に止めてしまうぐらいだ。


「あの、お客様!」


 って、あーもう、さっきからうるさいな! 今大事なこと考えてんのに一体誰だよ、ったく。

 っと考えながら不満たっぷりで振り返ると、そこにいたのはこのデパートの店員用制服を着た二十代成り立てぐらいの若い女性だった。

 さて、今の状況を整理することにしよう。

 気付けば俺は女性用下着コーナーのすぐ前まで来ていて、近くにあった棚の影からブラジャーを漁っている幼女を見つめている。

 ……ヤバい、これは非常にヤバいぞ。


「えっと、お客様こちらに何か御用でも……」


 いやー、ちょっとあの子知り合いなんですけどここ入りづらいんで出るの待ってから話かけようとしてたんですよー。

 ……ダメだ。完全に怪しい、嘘っぽい、気持ち悪いの犯罪者予備軍要素を満たしてしまっている。店員の目が道端にある犬の糞を見るような目になっている。

 ていうか、これもう何言っても信じてもらえないだろ。


「えっとですね……」


「あっ、いたいた、お兄ちゃん! ちゃんと私が一人で下着買えるか見ててくれた?」


 それは突然現れた救いだった。

 俺が完全に犯罪者一直線になっていた空気に割り込んできたその救いの主はさっきまで下着を物色していた筈の唯香だった。その唯香が可愛らしく俺をお兄ちゃんと呼んでくれただけでもう死んでも良いのだが、それよりもこの発言だ。チャンス!


「あっ、ああ。大丈夫、大丈夫。見てた、見てた」


「そっか、ならもうちょっと待っててね。すぐ買ってくるから!」


 そう言って唯香はさっさと元の場所に戻っていき、店員とはお互いに申し訳ありませんでしたと謝罪を入れて店員は去っていった。

 たっ、助かったー。俺の社会的地位は保たれたし、最後は犬の糞から人間に昇格することが出来た。これは、唯香様々だ。

 そして五分後、買い物を終えた唯香が戻ってきた。


「まったく、あなたは……」


「アハハ、いやー……ごめん。助かったよ」


「店員の人が大きい声出したから何だろうと思って見たら、まさか自分の付き添いが不審者扱いされてたから本当に焦りましたよ」


 まあ、あれは不審者というか人間としてすら見てもらえて無かったんだけど。言うなれば、不審物。


「……というか疾太さん、女性の買い物しているところを尾行と監視するなんてどんだけ変態なんですか。正直引きます」


「ちょっと待って、違う、違う! 別に尾行も監視もしてた訳じゃないよ。ただ、やることないからぷらぷら歩いてたらたまたま唯香ちゃんを見付けて、それでいた場所がまさかの女性用下着コーナーだったから気になってしばらく観察してただけだよ」


「いや、女性用下着コーナーにいる小学生の女の子をしばらく観察していた時点でもうアウトだと思うんですけど……」


 それはしょうがないだろ。下着コーナーにいただけならまだしも、見ていたものが異様だったんだから。


「それにしょうがないよ。唯香ちゃん、見てたブラジャーどう見てもサイズ合ってなかったでしょ。いくら唯香ちゃんが平均よりは胸が大きいとしてもあのサイズはどう考えても無理だよ。そりゃ、そんなもの物色してたら気になって見ちゃうでしょ」


「うわっ、開き直ったどころかセクハラ発言してきた! ていうか、さりげなく私の所為にしてません!」


「うん、だって実際そうじゃん」


「この人最低だ!」


 まあ、流石に今のは冗談だ。助けてもらった恩人の所為にするなど汚ならしい考えはいくら俺でも無い。


「ごめん、ごめん。今のは冗談だよ」


「寧ろ本気だったら困りますよ!」


「でも、気になったのは本当だよ。今、買ってきたのはさっき見てたサイズ?」


「そうですよ。他にもシャツも大きいのを買いましたよ。一応この体のサイズも買っておきましたけど」


「この体のサイズ? ていうか、それって一体何に使うの? 母親にあげるとか? まさか唯香ちゃんが自分で着ける訳じゃ無いだろうし……」


「いや、自分で着ける為に買ったんですよ」


 平然と、さも当然のことであるかのように言った唯香の言葉に思わずキョトンとしてしまう。

 

「えっ、どういうこと?」


「だから自分で着ける為に買ったんです」


 未だ崩れず、相変わらず唯香は真顔で答える。

 自分で着ける為に買った?


「いや、そうじゃなくて、だって明らかにサイズ合ってないのにあんなの着るの? もうあれは着る、着ないじゃなくて着れないでしょ」


「ああっ、そういえば疾太さんに言ってなかったですね」


 何か思い出したようで、急にハッとした顔で言う唯香。

 

「言ってなかったって何の話?」


「前に、私は本来疾太さんと同世代サイズで生まれる筈だったのに誤差でこの体で生まれてしまったって言いましたよね」


「うん、言ってたね。それで、それで?」


「でも時間が経てば、妄想の激しかった部分に近付けば私の体がその高校生サイズに変わる可能性もあると思うんです。だから、その時の為にあらかじめ買っておいたんですよ」


 よし、素早く脳内整理。

 なるほど、相変わらず自分の妄想について真面目に語られるのは変な気分だが、理屈は納得した。

 そういえば今の唯香から高校生唯香に変わるかもというのは俺も考えていたっけ。


「なるほどね、理由は分かったよ。でもそれは可能性の話でしょ? 何となくだけどどちらかといえばならない可能性が高い気がするし、仮になったとしてもなってから買えば良かったんじゃないの?」


「……そうもいかないタイミングかもしれないじゃないですか」


 手を横にやって、溜め息を吐きながら首を横に振る動作を見せる唯香。やれやれまったくといった感じを表しているようだ。


「まあ確かにそうだし、それに買っておいて損は無いだろうけど……」


「……それに私が消えても私がいたっていう証明になるじゃないですか」


 その発言だけは弱く、儚げだった。

 俺も唯香の言葉でハッとなる。

 そうだ、唯香はこの夏休みの終わり辺りには消えてしまうんだ。今までちゃんと意識してなかったけど、唯香といられる時間は本当に限られているんだ。

 ……ずっと一緒にはいられない。


「それよりも、疾太さん! お腹空きましたね!」


 自分で作ってしまった重い空気を払うように唯香は明るい声を出す。

 俺も辛気臭くなっていたであろう自分の顔を笑顔に変えて歩き出す。


「そうだね、じゃあ帰ろうか」


 そのまま俺達は真っ直ぐ帰り、食事を食べた後に少し遊んで寝た。

 出掛ける前、といっても一日だけだったけど、それまでとは何処か違う感じがした。



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