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妄想少女  作者: カオス
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第二話 正体

 もう一度、脳内で今の言葉を反芻してみる。


 ――私はあなたの妄想で生まれたからです


 確かに唯香はそう言った。

 …………、


「唯香ちゃん、病院に行こう」


 俺の見立てでは唯香はかなり危ない状態だ。

 一刻も早く病院に連れていかなくては手遅れになってしまうかもしれない。――主に前頭葉辺りが。


「ちょっ、ちょっと待ってください! 別に私の頭はおかしくありません! だからそんな必死な形相をしないでください!」


 いや、おかしくないって……自分はあなたの妄想で生まれましたと言われて、あっ、そうなんですかなんて納得する奴がいたとしたら、そいつは人生をやり直すことを俺は推奨するんだが。


「……じゃあ、さっきの言葉はどういう意味で言ったの?」


「えっ、どういう意味って……そりゃ、言葉通りの意味ですけど……」


「えっと、確か救急車は、一、一、九――」


「いや、だから別に私の頭はおかしくないですから! 正常ですから!」


 いや、だから正常な子はあんなこと言わないと思うんだが。


「うーん、やっぱりそんなこと急に言われても信じるのは無理っていうか……。そもそもよく意味が分からないし。それ、どうにかして証明出来ないの?」


 我ながら、無理難題だと思うけどな。


「えっ、証明ですか!? えっと、そうですね……」


 まっ、当然だけどやっぱり無理みたいだな。そりゃ、そうだ。自分が妄想で生まれた証拠を突き出せなんて、おそらく今まで世界でも俺ぐらいしか発したことがないであろう珍しさギネス級の言葉に答えられる訳がない。

 唯香も必死に考え込んでいるみたいだがなかなか答えが出てこないしな。


「ねっ、無理でしょ? ということで、さて早めに病院に――」


「あっ、待ってください!」


 っと、俺が真面目に病院に行こうと立ち上がろうとしたところで、突然声をあげる唯香。


「えっ、どうした!?」


「えっと……そうですね、疾太さん――あなた、六月十五日の放課後。同級生である柏田藍里に校舎裏で告白して振られましたよね」


 妖しいニヤリとした笑顔で言った唯香の言葉に心臓が一瞬最大ジャンプをした錯覚に陥る。

 何で、何で――


「そんなこと知ってるんだって顔してますね」


 顔は先ほどのを維持したままで、俺の言葉を先取りした唯香。

 もしかしてこの子に、あの噛み噛みで初告白、結果振られたという悲惨すぎる現場を見られていたというのか。


「そしてその夜、自暴自棄になったあなたは町外れにある神社に行って、そこで祈願しましたよね。いや、あれは祈願というより――妄想、ですね」


 そんなとこまで! っと思ったが、違う。見ていたとしても、何故知っているというんだ。俺の考えていたことを。

 確かにあの夜、どうにも抑えられない振られたショックと恥辱感を紛らす為に、というか最早現実逃避したくなった俺は近くの神社に行って、祈願をしてきた。いや、それは唯香の言う通り祈願なんて正当なものではなく妄想に分類されるものだろう。

 といっても今日は七月二十三日。あれから一ヶ月以上経った今では内容ははっきりとは思い出せない。

 せいぜい記憶にあることといえば、夏休み開始前日に倒れていた自分の理想像百パーセントの知らない女の子を助け、その子が何らかの組織に追われていることを知って、そこから俺が組織を倒しながら一緒に逃げるという……あれっ。倒れている自分好みの女子を救う……?

 おかしいな、デジャヴだ。なんだか記憶にあるな、そんなこと。


「気付いたみたいですね。そう、今のところあなたの妄想通りにことが起こったんです。――倒れていた私を疾太さんが助けてくれた。そしてそれは今後も続いていく」


 俺の唖然とした顔を見て判断した唯香がそう言うが……。

 ……なんだ、これは偶然なのか? 偶然だとしても全く馬鹿げている。


「えっと、つまり君は、夏休み前日の今日、俺が好みの女の子に会うことを妄想したが為にさっき生まれて家の前に倒れてたと?」


「はい、そういうことになります。といっても、少し誤差が生じたのですが」


 はっ、ハハ……笑えない。

 何を言っているんだ、この子は。やっぱり病院に連れていくべきだろうか。

 ……俺の妄想通りの出来事が起こって生まれた? そして今後も俺の妄想通りになる? 

 全く、頭が痛くなる。


「えっと、さ……仮にその話が本当だとして、じゃあ何で俺が神社で妄想したからってそうなんの? 今まで平凡だと思っていた俺は実は特別な力を持っていて、ある日急に目覚めましたとかそういうパターン? そんな訳ないよね?」


「はい。そんな訳ありません」


 あれっ、なんだろう。少し残念な気がするのは気のせいだと思いたい。


「じゃあ、俺じゃないってことは――神社で祈ったという行為自体に何かあるって言いたい訳?」


「そういうことになります! ――まあ、簡単に言えばですね、あなたが社で妄想をした日時、六月十五日の八時十五分三十二秒。六月十五日はあの神社が出来て丁度百年目になる節目の日であり、そして八時十五分という時間。あの時間は月と社、そしてあなたがピッタリ、寸分違わず直線になる最適、いや唯一の時間だったんです」


「はっ、はあ……。まあつまりは、俺がそんな奇跡的な位置で超絶運良く完璧な時間にもうそ……祈願した結果、様々な神秘パワーが働いて、それが叶えられてしまったと。そういうことだね?」


「はい。あっ、それと理由はもう一つありました」


「もう一つ?」


 まだ神憑り的な偶然が重なってたとでもいう気か。


「――あなたの妄想への願望の強さです」


「…………ハァッ?」


 一瞬、いや三瞬程、唖然としてしまった。

 どんな電波理論を掲げてくるのかと思ったらまさかの妄想を褒められてしまった。勿論人生初だ。


「あの、真面目にどういうこと?」


「あれ、覚えてないんですか? いやー、あの時のあなたの妄想は凄かったですよ。想い人に振られたことによるこの世界への不満、そして何より自分の人生への絶望感から、最早妄想の世界に完全に入っちゃってましたからね。あの、妄想を現実に変えんが如きあなたの願望はしっかり私には伝わっていますよ」


 いや、これ褒められてないな。完全にバカにされてるぞ。

 この子、笑顔で歳上をバカにするなんてなかなか悪魔じゃないか。


「……うん、なるほどね。よし、分かった。さてじゃあ、とりあえずは移動しようか」


「えっ、移動ってどこにですか?」


「んっ? どこにって、精神科だけど?」


「いや、待ってくださいよ! 何でそんな、『コンビニに行くけどなに?』的な感じで当然のように言ってるんですか! 別に精神も異常を来してないですよ!」


「嘘……だろ……!」


「何でそんな驚くんですか!?」


 いやだって、あんなとんでも説明をしておきながら頭がおかしくないというなら、もう精神に問題があるとしか思えないじゃないか!


「……いや、待てよ……。そうか分かった」


「その言い方からして勘違いなのは間違いなさそうですが、とりあえず何が分かったんですか?」


「君、俺のことストーカーしてたでしょう? 告白の件はそれで説明付くし、神社の件は必死にもうそ……祈願している内にきっと声に出しちまったんだな、俺は。それを聞いたから、知ってたんでしょ?」


「そんな訳ないでしょ! 何ですか、そのとんでもない自信過剰理論は!?」


 なにっ!? これも違うだと。

 でも確かに嘘を言ってるようには見えないし。だが、となると残る可能性は……


「じゃあもしかして、君がしたさっきの話は全部本当だとでも言いたいのか……?」


「だからさっきからそう言ってるんじゃないですか!」


 そっ、そんなバカな! さっきのを信じろというのか。

 確かにこの子には最初から引っ掛かっていた部分があった。それは認める。でもやっぱりあんなこと、実際に何か体験してみないととてもじゃないが信じることは出来ない。

 それに大体、


「でも、俺があの時妄想したのは、ハッキリは覚えてないけど、確か同世代の子だった筈だけど。元々俺が好きなタイプは同い年の子だし、告白したのも同い年の子だったしね」


 まあ、そんな自分の好みにも、今はこの子のせいで不信を抱いてしまっているのだが。


「ああ、それですよ、それ! 私がさっき言った誤差というのは」


「……はっ!? 誤差!?」


 急に年相応のはしゃぎ声を上げる唯香。

 こういう風にたまに子供っぽさを見せる辺りが俺の好み通りというのは最早当然として……それよりも誤差という言葉が気になった。

 唯香が俺の妄想通りに小学生サイズで生まれたのは誤差ということらしいが……ますます怪しい。


「私もよくは分かりません。疾太さんが妄想した内容は十七歳である私が、学校から家への帰路の途中で倒れているのをあなたが見付けて家に連れていってくれるというものでした。……でも実際は、私は未熟体型で、あなたの家の前に生まれた。つまり、妄想と現実に誤差が生じているんです」


 妄想と現実に誤差が生じたって……まともに聞けばなかなか当たり前のことを真面目に言われると大変シュールだ。

 言葉とはシチュエーション一つでここまで変わるものなのか。


「理由は分かんないの? ていうか、これからも誤差は起こりうるってこと?」


 そんな俺の質疑に対して唯香は左手人差し指を顎につけてうーんと唸りだす。

 ……かっ、可愛い!


「私には、あなたの家に倒れているところからとあなたの妄想の内容、それから自分の発生原因とこの世界の一般常識程度の記憶しかありません。なので、疾太さんの質問はどちらも明確には答えられない……のですが、予想は出来ます」


 で、唯香が語りだす訳だが、その内容を要約すると――


 あの日、俺が月と社との絶妙な位置関係で妄想した為特別な力が働いたということだが、そりゃ月は移動していく訳だから常に同じ位置にある訳ではない。つまり、その特別な力には波がある訳で、序盤はまだ弱かったのではないかということだ。

 もしくは、自分で言うとどこか虚しくなるが、俺の妄想力にも波があったからじゃないかだとか。

 そりゃ、妄想を始めた序盤より中盤、特に終盤辺りの方がヒートアップして妄想世界に入りこんでいたのは覚えているが、それによって誤差が生じたって……。

 あっ、それから唯香の空腹も当初は予定には無かったようだ。あれは未完全で生まれてきてしまった為、不足しているエネルギーを補う為ではないかということらしい。

 まあともかく、どちらにしても、もしくはどっちの要素を含んでいたとしても言えることは、今は分からないが今後も誤差は生じる可能性はあるということだ。

 ……というのは分かった。そこはまあ、信じる信じないはともかくとして理解はした。

 でも、今の説明の中で気になったことが二つ。

 まず、既に生まれてしまったからなんとも言えないが、ひょっとしたら今はロリータ仕様の唯香が今後、俺の妄想通りのティーンエージャー仕様になる可能性があるということ。

 そっ、それを想像してみるが、色々と凄そうだ……。今でこれなのに、そんなことになったら俺は平静を保てなく気がする。

 ……というのが一つ目で、二つ目。

 特に気になった方だ。


「今の話は分かったんだけどさ……唯香ちゃん。俺のした妄想が現実になるこの現状でその俺の妄想の内容を知ってる。つまりそれって、今後起こりうる出来事が既に分かってるってことだよね?」


「はい……まあ、そうなりますけど」


「じゃっ、じゃあ教えてよ。それで本当に起こったら俺は君の話を信じざるを得ないことになるし。……それとも話すのはやばいとかそういうパターン?」


「いえ、そんなことはないんですけど……その……」


 んっ、どうしたんだ? リスクが無いなら言っても問題ないと思うんだが。唯香は何を言い淀んでいるのだろう。


「――どうしたの? 言いたくないの?」


「うーん、言いたくないというか、なんというか……まあ、これぐらいなら大丈夫かな」


 最後は自分に言い聞かせるように呟いた唯香。

 ――大丈夫? 大丈夫ってなんだ? 

 ……はっ! まさか、俺にとんでもない不幸が起きるとか! 自分への試練だとかなんとかでそんな妄想をしたようなしてないような。あっ、いや多分してないな。


「もう少しで疾太さんはお母さんに言われます。――『疾太、今日の夕食何が良い』って。それで疾太さんが何を答えても、焼き魚って答える筈です」


 ほうほう、なるほど。夕食ね……。

 んー、――


「あーっと、それってさ、まあ当たったら確かに凄いんだけど、でも誰でも予想が出来る範囲のことだよね。母親はこの時間帯に買い物に行った訳だから夕食の為だっていうのは予想付くだろうし、焼き魚っていうのも母親が言ってたの聞いてた可能性もあるし」


 先の証明には不充分だ。

 まあ、更に細かいところまで言い当てる、なんてことになったなら話は別になるのだが。

 というか、そもそも買い物行った後に食べたい夕食のメニューを聞くっという時点でおかしくないか。まあ、その点はあの母親らしいけど。


「……なら正確に、今から三分後、買い物から帰ってきたお母さんが『ロリコン王子ー!』と二回言いながら階段を登ってくるでしょう。その手には黄色味がかった白をしたトートバッグを持っている――これならどうですか?」


 等と考えていたら、ちょうど唯香が先程の発言に補足してきた。

 うん、なんかかなり気になること言われたけど、確かにここまで細かい指摘なら完璧に当たっていたら信じざるを得ないだろう。


「よし、分かった。もし全くその唯香ちゃんの言う通りになったら信じよう。ていうか、そうなったら信じるしかないだろうね」


「本当ですか!」


 そこに一輪の花が咲いた、というのは在り来たりだが、確かに眩しさを放つ笑顔を見せる唯香。

 信じてもらえるのがそんなに嬉しいのだろうか。

 そして相変わらず可愛い。


「本当、本当。まっ、でもどうせその通りにならなくても、誤差が出たからとか言って誤魔化す気なんだろうけど」


「なっ、失礼な! ごまかすって何ですか! まるで私が言い訳の為に誤差って言葉を使っているみたいじゃないですか!」


「なんと! 違ったか!?」


「なんで驚いているんですか! 違うに決まってるでしょ!」


「そんな……嘘だろ……!」


「なに本気で驚いているんですか! 誤差っていうのは言い訳でも嘘でもないですから! ただの事実ですから!」


「そっか……。まあ、そうだよね。そういう設定もありだよね」


「いや、設定とかでも無くて!」


「いやー、人に妄想凄いとか言ってたけど、なんだ。結局君の方が凄いじゃないか」


「いやだから、妄想でもないですって! ――っていうか、良い加減にしてくださいよ!」


 おっと、流石にからかいすぎたかな。可愛いから、つい、いじりたくなってしまったけど、ちょっと不機嫌そうだ。


「まあまあ、ごめん、ごめん。からかいすぎたよ」


「本当ですよ。全くもう、これだから近頃の若者は……」


「君も充分、近頃の若者だと思うんだけどね……」


 いやー、口を尖らせながらぶつぶつ言ってる姿も中々だな。男なら即、拳を顔に入れるのに。

 にしても、さて、まだこのお電波美少女様はお冠のようだけど、この状況どうしたものか。

 と現状を憂いていたその時だった。ガチャっと大きく扉が開く音がした。玄関のドアが開いたのだ。

 そしてそのまま何者かが歩いてきて、その音は階段へそして二階へと近付いてくる。


「ロリコン王子ー、ロリコン王子ー!」


 マジかよ……。しかも、時計を見ると確かにさっき言われてから丁度三分だ。本当にことが起きた。そして、部屋に入ってきた母親の手には唯香の言った通りのトートバッグが提げられていた。


「なっ、何だよ。ていうか、誰がロリコン王子だ」


「えっと、疾太夕食何が良い?」


「えっ、あっ、ああ、うーんとな――」


 本当に聞いてきたよ。何を答えても焼き魚だっけ。


「じゃあ、カレーで。っていうか、何で買い物行ってからメニュー聞くんだよ」


「まあ、良いじゃない。って、あっ、ごめん。カレー無理だわ。もう焼き魚で決まってるから」


「本当に言ったよ……」


「えっ、何か言った?」


「いや、何でもない。というか、そもそも決まってるなら聞くなよ」


「てへっ!」


「それ全然可愛くないからやめろ」


 拳骨を頭に軽く当てて言う母親。それをやって良いのは二十代前半までだ。


「唯香ちゃんもそれで良いかしら?」


「私は食べさせてもらう身ですし、否定する気はありませんよ」


 だから、なんで誰も言って無いのに当然の如く夕食食べていく体になっているんだ。


「そう、ありがとう。それだけよ。それじゃあ、夕食の準備しなきゃいけないから。じゃあね、唯香ちゃん、ロリコン?」


「ここにきて何で疑問系なんだよ! ていうか、ロリコン王子じゃねえよ!」


 そう言って部屋を出て行く母親。

 本当に、本当に唯香の言ったことが現実になってしまった。

 いや、まだ、可能性はある。あらかじめ母親と打ち合わせしていた、いや寧ろ家の前に倒れていたところから既に俺へのドッキリの可能性も……。っと考えたが、すぐにその可能性を否定する。唯香は倒れてからずっと俺と一緒にいたから打ち合わせする暇はなかった筈だし、倒れていた時点からっていうのは、あの母親がそんなことの為に腹を空かした少女を倒れさせる訳がないことから否定する。というかそもそも手が込みすぎだし、そこまでやる意味も見つからない。つまり残された可能性は、唯香の言う通り未来が分かってたか。


「ねっ、言った通りでしょ、疾太さん」


 何となくその勝気な笑顔に悔しさが湧いたが、クソッ、これもなかなか可愛い!

 まあともかくさっきのも含めて、ここまで当てられたら信じざるを得ない、か。それに約束だしな。


「分かったよ。とりあえず、信じるよ」


「それから多分、明日は私と一緒に出掛けることになるから予定は空けといてくださいね」


「えっ、あっ、そう」


 正直、この時は軽い気持ちで考えていたが、もうちょっとちゃんと聞いて考えておくべきだったと思う。俺の妄想が現実になる。それがどういう意味を示していたのか。


   ☆★☆★☆★☆


「もっ、もう一回! 次は、次こそは勝ちます。勝てるんです!」


「アハハ、いいよ。もう一回やろうか。……その台詞既に二十回目だけど」


 嘆息しつつふと時計を見ると、時間は七時五分。もうこんな時間か。

 俺と唯香は例の妄想云々の世界的珍会話を終えた後、夕食までの暇潰しとして、少し昔に発売された黒色で四角いハードウェアを有するゲーム機で対戦型アクションゲームを二人してテレビ前に座ってやっていた。

 で、既にその数、二十回。

 初回で「私、強いですよ」という唯香の言葉を信じ本気を出したところ、まさかのノーダメージパーフェクト勝利で圧勝。そんな屈辱的敗北が唯香の心に火を付けてしまったようで、その後も挑まれ続け、こんな可愛い子供の要求を無下にすることも出来ずこんな回数になってしまった。この子、どんだけ負けず嫌いなんだ……。

 それに大体この子、弱い。弱すぎる。流石に子供相手に本気を出したことを大人気無かったと反省して手加減してあげているというのに、さっきから全く負ける気配がしない。

 凄いよ、この子は。何故か外れるように打った攻撃にわざわざ当たりに来るわ、あえて近付いて必殺技を当てやすくしてあげても見事に外してくるわ、玄人もびっくりのプレイングばかり披露してくる。かと言って全く動かないなどこっちが明らかな手加減をすると膨れるし、どうしろというのだろうか。流石に疲れた、飽きた、やめたいと就職したばかりの高卒社員の常套句まで頭に浮かんでくるのだが。最早この子から逆に才能を感じてしまうのは疲れてる所為だけではないのかもしれない。これがゆとり教育の産物だというのか……。

 あっ、また勝った。


「唯香ちゃーん! ご飯出来たわよー!」


 そんな時に聞こえてきた母の声。


「……あっ、あとついでに疾太も!」


「俺、ついでかよっ!」


 実の息子をついで扱いするところは流石の母親だが、まっ、でもナイスタイミングだ。これでようやくループから脱出することが出来る。


「おっと、ご飯だってさ、唯香ちゃん。さて、ゲーム消してさっさと行こうか」


「えっ、でも……」


 言いつつ、唯香はテレビ画面と扉を交互に見ている。

 負けっぱなしで終わりたくないけど、ご飯も待っている。どっちをとるか悩んでいるのだろう。

 だが、そんな唯香のお腹からぐーという聞き慣れた音が聞こえてきた。瞬間一気に赤面した唯香がお腹を抑える。


「という訳で、行こうか」


 ニヤリという笑顔を携えて言う。


「まっ、まあ、そうですね。負けっぱなしは趣味じゃないですけどせっかくお母さんがご飯作ってくれましたからね。温かい内に食べないと――って、ちょっとなにニヤニヤしてるんですか! いや、すいません。本当に気持ち悪いのでやめてください」


 いやー、なんかこう胸がキュンキュンするな。照れ隠しでそんなこと言っちゃって。……あれっ、よく見たら顔がマジっぽいけど照れ隠しだよね。気持ち悪いって本気じゃないよね。


「えっと、じゃあゲーム片付けていくから唯香ちゃんは先に行ってて良いよ」


「えっ、良いですよ。私もやります」


「大丈夫、大丈夫。こんなのすぐ終わるから行ってて良いよ。居候は気を使わないこと」


「……そうですか。分かりました。それじゃ先行くのでお願いします」


「はいよ」


 そう言って扉に向かった唯香はペコリと一回お辞儀をしてから部屋を出ていった。

 それを確認した後、さてっと自然と口から言葉が零れて片付けを始める。

 テレビと機械からケーブルを抜き、ソフトを取り出し、それぞれを元あった棚に戻す。その手慣れた一連の作業を二分程で終えた俺が部屋を出ようとしたところでポケットに入っているケータイが震え出した。

 急いで取り出し、画面を見ると出ているのは『神田遥』(かんだはるか)の文字。それをタッチして電話に出る。


「はい、もしもし」


『おっ、出た出た! おっす、疾太!』


「おっす。どうした、her look a?」


『おい、人の名前を英文風に呼ぶな。ていうか、彼女は何を見たんだよ』


 聞こえてきた年相応の低さを有した声、そしていつも通りの的確なアドリブツッコミ。やはり流石だな、我がクラメイトであり親友、神田her look aよ。


『あとな、その文章だが途中なのに既に間違ってるぞ。まず、人称は三人称なんだから動詞には――』


 だが、やたらと細かいところがたまに傷だ。


「いや、そういうのいいよ。そもそも英語なんて大体で分かりゃ良いだろ」


『英語真っ向から否定かよ! お前、英語圏の方々に謝れ!』


「ハハハ……ソーリー、ソーリー」


『うわっ、謝る気ゼロだし、うぜえ……。俺がその謝罪を受けてる立場だったら間違いなく即右ストレートだわ』


「いやいや、だって俺正しいでしょ。例えば、This is a penとか長いんだよ。This penで分かるからね」


『これ、ペン! なんか言い方冷たい!』


「いや、『あっ、pen』でも分かるな」


『ペンあるの今気付いたのかよ! ていうか最早何でペンだけ英語調なんだよ!』


「いや、まずそもそも、そんなこと教えてもらわなきゃ分からない時点で聞き手は駄目だな」


『最終的には自分で出した例文にケチ付けてきたよ!』


「で、お前、何の用なの?」


『散々荒らしといて、最終的に話の転換酷いな! ……って、まあ、それはもういい。そんなことより要件だ。……えっと、お前明日暇か?』


「えっ、明日!?」


『ああ。暇ならプールでも行かないかと思ったんだけど、なんかあったか?』


 なんかあるかって……そう言われてもあるとは言えないけど無いとも言えない。

 なんせ、明日私と遊びに行くことになりますって美少女に予言されちゃったもんな。それに唯香のことは信じるって決めちゃったし――


「うーん……あるかもしれないな」


『かもしれないってなんだよ?』


「今のところはまだあるかもしれないレベルの未確定の用事なんだよ。だから、行けるかはまだ分からんな、her look a friend」


『いや、だから人の名前で勝手に間違った英文を作ってんじゃねえよ。ていうか、なんで彼女は友達見てんの。好きなの。好きなのか? ……って、そんなことはどうでも良いんだ。ともかく分かった。んじゃ、明日は多分無理かもってことな?』


「まあ、そういうことになるね、her look a blood」


「友達ー! おい、さっきまで友達見てたんじゃないのかよ! 絶対これ友達血出してるだろ! この間に何があったんだよ!」


 ふむ……相変わらず的確なツッコミだ。こいつをいじるのはなかなかに面白い。


『……って、だからそんなことはどうでもいいんだ。――じゃあ、今回はしょうがねえな。ならまた今度どっか行こうぜ。もしくは、行けることが分かったらなるべく早めに連絡くれ』


「ああ、了解」


『って訳だから、んじゃあな、疾太』


「ああ、じゃあな、her look a dead body」


『死んだー! 遂に友達死んじゃったよ!』


 そんな遥とのやり取りを一通り終えた俺は、電話を切る。その後表示された通話時間を見ると十分程経過していた。

 友達との電話っていうのは時間が経つのが本当に早いものだ。実は俺が電話している間だけ世界の時間経過速度が二倍になってるとかあるんじゃないだろうな。

 まっ、ともかく、少し遅くなったが飯を食べに行こう。母親は父親の分も料理を作ってるだろうし、今は手離せないだろうから唯香は一人かな。早く行ってやった方が良いだろうな。

 俺は歩き出し部屋から出る。その際に扉を開け一歩部屋から踏み出したところで、ある声が聞こえてきた。


「いやー、今日も母さんの飯は上手いなー!」


 この声は……父親か。

 にしても今日は早いな。いつもは八時以降に帰ってくるというのに。何かあったのだろうか。いや、そんなのどうでもいいか。それより、唯香のことをどう説明するかだ。正直面倒くさいな。似た者夫婦とはよく言ったものであの人も母親に似て中々の変人だし、どうせ本当のこと話してもロリコン扱いか信じてもらえないだろうからな。

 さて、どう説明したものかな。

 そんなことを思案しながら俺は階段を降りていった。


   ☆★☆★☆★☆


「いやー、唯香ちゃんは面白いね」


「いやいや、お父さん程じゃないですよ」


「ハッハッハ……本当に唯香ちゃんが娘なら良かったのになー」


「いやー、そう言って貰えるのは嬉しいですね。――って、あっ、疾太さん!」


「んっ……ああっ、疾太! やあ、遅かったな」


「……遅かったな、じゃないだろ」


 マジか。なんだこの状況。

 人が必死に変人を納得させる理由を考えていたというのに、来てみればなんかもう子供の友達と接してる感じで普通に話してるし。


「あのさ、当人である俺が言うのもあれなんだけど、息子が見ず知らずの女の子を家に連れてきてんだぞ。親として何も思わない訳!?」


「いや、別に何にも。理由は既に母さんに聞いてたし、それにお前は目の前で倒れていた人を助けただけだろ。何一つ間違っていない」


「父親……」


 なんか、予想外の発言だな。母親には褒められるどころかロリコン認定しかされなかったからな。父親も似たような反応かと思ってたのに、まさか褒めてくれるとは。

 でも、なんか素直に褒められるっていうのは照れ臭いけど……良いもんだな。


「まっ、でも、実の息子がその……ロリコン? だったっていうのは正直意外だったけどな」


 前言撤回。なんだこの息子の心に積極的に傷を付けてくる両親は。


「おいっ、何で小さい女の子を助けただけでロリコンになんだよ!?」


「いや、だって母さんが言ってたからな。えっ、違うのか?」


「断じて違うっ! っていうか、なんであんたは何の疑いもなくそれを信じてんだよ! そして母親は何を言ったんだよ! 嘘を教えてんじゃねえ!」


「嘘は言ってないじゃない。大体何って、ただ別に、疾太は家の前に倒れていた唯香ちゃんを恋愛感情から助けたって言っただけよ」


「大事なところに虚偽が挟まってるじゃねえか!」


 普通に考えて家の前に人が倒れていて、それを素通り出来る奴がいるわけないだろ。誰が恋愛感情で助けるか。


「いやー、お前ならもしやとは思ったんだがな」


「一時でも見直した俺がバカだったよ、父親」


 何だろう。俺、本当にこの人達の子供か不安になってきた。今度、戸籍謄本を見直してみよう。


「まあでも、お前がロリコンなのかっていう些細な問題は置いといてだな、」


「いや絶対、些細でもないし、置いていっちゃいけない話題だろ」


「この子、本当に良い子だな、疾太。母さんに新しい娘が出来たって電話貰ったから帰ってみたら、なるほど。これはなかなか可愛い娘さんだ」


「もおっ、お父さんったら。唯香ちゃんは娘じゃないわよ」


「おっ、そうだった唯香ちゃんがあまりにも可愛いから勘違いしちゃったよ。……って、ちょっと待ってよ。それ言ったの母さんじゃないか」


「あら、そうだったわ」


「「――アッハッハッハ!」」


 うわっ、何か腹立つな、この二人のやり取り。破壊衝動が込み上げてしまうのは俺だけなのだろうか。

 ていうか父親、んなしょうもない冗談で仕事中断させられたのかよ。それで良いのか……。


「で、疾太。今から真剣な話をするぞ」


 っと、さっきのバカ笑いから一転、急に顔を真剣にさせる父親。

 出来れば最初からそのぐらい真摯な話し合いをしたかったよ。


「もう夜は遅いが、唯香ちゃんどうするんだ? 別にこっちは泊まっていってほしい訳なんだが」


 いや、あんたの意見とか知らんし。

 真面目な顔で何言ってるんだ。何でついさっき知ったばかりの幼女の泊まりを擁護してんだよ。


「いや、どうするって……」


 ハァっと溜め息を吐いてからそう言いつつ、ふと先程から静かなことに気付いてテーブル向かいを見てみると、コクり。唯香は目を瞑りながら、首が垂れては上げを繰り返している。

 相変わらず食べるスピードは早く、いつの間にか食べ終わっているけど、流石に眠気がきているみたいだ。まあ、無理もない。色々あったからな。


「あら、唯香ちゃん……疲れてるのね」


 俺の視線を追っていった母親が優しい声音で唯香に話しかける。


「んっ……ふあぃ?」


「あらあら寝ぼけちゃって。本当に可愛いわね」


 たっ、確かに可愛い!

 母親に呼ばれて瞼を必死に上げようとしながら、その下を右手で擦っている姿は色々な意味で愛らしいし、大体その無防備すぎる声が全くけしからん。


「でも可愛いのも良いけど、そろそろ唯香ちゃんは寝る時間ね。お布団に連れていってあげないと」


「ああ、そうだね。連れていってあげないとな。主に疾太辺りが」


「あのさ、その遠回しな単独命令やめてくれない。どうせ俺の部屋しかないっていうのは分かってたから」


 あと、あんたらが息子への愛が不足しているということもな。


「さて、んじゃ、唯香部屋に行こう」


「ほぇー……大丈夫です。私一人で行、け……ま……」


 ――バタン

 倒れて机に突っ伏した。唯香、完全ダウンである。


「……しょうがない」


 溜め息混じりに呟いてから立ち上がり、唯香の元に向かう。


「よいしょっ、と」


 そのまま屈んでから背中に唯香を乗せ、しっかり足をホールド。って何、鼓動速くなってるんだ俺。ほんの少し程度の女性特有の膨らみが当たってるくらいで喜んでんじゃねえよ、俺。

 そんな雑念を断ち切るように勢いよく立ち上がり――うおっ、危ねえ。少しよろけてしまった。

 そういえば、自分の脳という名のハードディスクを探ってみても人を背負った経験というものがあまりにも少なすぎるためあまり慣れていないん上に、父親にかけられたロリコン疑惑を晴らすのに時間を費やして、まだ飯を食べていなかったからな。ふと意識してみるととんでもない空腹感だ。

 ていうか、今気付いたけど俺の席に飯置いてないし。ご飯出来たよって言われて来たのに、なんだこの仕打ちは。


「こうしてみると、あなた達本当の兄妹みたいね。なんだか微笑ましいわ」


 などと俺の黒い感情は微塵も感じなかったようで、母親はそんな気持ちを浄化させるように本当に微笑んで言う。


「おお、そうだな。確かに絵にはなっているな」


「はっ、はあ、兄妹! きっ、気のせいだって」


 そう両親が団欒ムードで言った言葉に照れ隠しで否定してしまうが、内心悪い気持ちはしない。妹ってこんな感じなのだろうか。


「んー、いや確かに、兄妹じゃなくて恋人同士にも見えるかな」


 そっちには見えないで欲しかった。

 父親はしれっと言ってるが結構重大な問題だ。大体別に恋人に見られたって嬉しいどころか……あれっ、なんだろう。どこか嬉しい気が……。気のせい、だよな。……気のせいだと思いたい。


「いや、もう何でも良いけど、行かせて貰うから。それと母親、俺の飯、無いんだけど」


「あっ、忘れてたわ」


 忘れてたんかい。


「ごめん、ごめん。戻ってくるまでには用意しとくから」


「……はいよ」


 母親がキッチンに向かうのを確認してから俺も部屋に向かう。

 後ろからスースーと心地良さげな音が聞こえてくる。更にぎゅっと首の周囲に巻かれている腕の輪が小さくなる。

 全くしょうがない子だ。密着度合いが増したせいで俺の心臓の鼓動は更に速くなってしまったじゃないか。ハッハッハ。

 これは早く連れていった方が良さそうだ。


  ☆★☆★☆★☆


 部屋に着いてからそこら辺に唯香をほっぽいて置いておくわけにもいかず、かといって宿泊施設の一室でもない俺の部屋には布団がもう一つある訳でもなく、仕方なく唯香は俺のベッドに寝かせておいた。ついでに、他の部屋から昔使ってた布団も出しておいた。

 で今またリビングに戻ってきた訳だが、そこには未だに料理は用意されていなかった……というバッドエンドがある訳でもなく、サラダに焼き魚、味噌汁に白飯。質素だが風味たっぷりのメニューが用意されていた。


「あっ、疾太、お疲れー! てっきり唯香ちゃんの寝顔に見惚れてもうちょっと掛かると思ってたのに、意外と早かったじゃない」


「お父さんも万年帰宅部のお前には少女一人抱えて階段上る程度のこともきついだろうから正直かなり遅くなると思ってたのに、もう着くとは流石俺の息子だな」


「……そりゃどうも」


 席に着いた俺に笑顔で手を振る母親と何故かドヤ顔で言う父親。なんだろう。褒められているのに、ここまで腹立つのは初めてだ。

 というかこの両親は俺の癇に障ることに対してはエジソン並の才能を有しているといっても過言ではない気がする。


「それで疾太、そういえばあの後何か聞いた?」


 少しボリュームを下げて母親は言うが、唯香は上で熟睡しているし別に必要無いと思うんだが。

 多分、あの後っていうのは母親が買い物行った後のことで唯香に気を使ったんだろうけどな。


「んっ、んん、ああ、えっとな……」


 さて、これまたどう説明したものだろうか。

 まさか唯香に聞いたままに、「あの子は俺の妄想で生まれた。だから親も家もない」なんて言ったら、今度は俺の頭が疑われるだろうし。かと言って、何も聞いてないって言ったら今まで何してたんだーとか言って怒られるし。

 まっ、まあとりあえず妄想云々は無しで唯香に説明されたことに多少の虚言を混ぜれば、


「あっ、そうそう。どうやらあの子は今危険な組織に終われていて、それで逃げ込んだ先が俺の家だったらしい」


「いや、そういう冗談とかいいから、早く聞いたこと教えてよ」


「疾太、真剣な話をしてるのにふざけてるんじゃない!」


「……すいません」


 あっ、あれ。俺の必死の策が冗談扱いされた上に怒られてしまった。

 いや確かに、思い返してみたら我ながらやばい発言だったが、あんたらが言うな! というのが一番最初に浮かんだ言葉だ。


「えっと、どうやら唯香はせっかくの夏休みに旅に出ようと思い付いて放浪していたところ、腹が減って家の前で倒れてしまったらしいんだ」


 とりあえず必死にかつ迅速に頭を捻って出した答えがこれだ。しかしこの説明も流石に無理があったか。


「旅? へえ、あんな小さいのに凄いわね」


「殊勝な子だな。全く疾太も見習ったらどうだ」


 あれっ、こっちは信じるんだ。俺の両親の基準は本当によく分からないな。

 それにまさか年下を見習うのまで推奨してくるとは。


「で、それで疾太。倒れてた理由は分かったけど、何か他にも言ってた?」


「えっ、何か他に?」


「そう。例えば、今後の予定とか」


 今後の予定か……。言ってたといえば言ってたけど、あれは予定を言っていたというよりは予言をしていた、だったからな。予言されたなんて正直に言える訳が無いし、


「いや、別に言ってなかったな」


 これで良いだろう。


「そう。なら、もし唯香ちゃんが良ければだけど、しばらく家に泊まっていってもらったら良いんじゃないかしら?」


「えっ、唯香を泊める!?」


「おっ、おお! そりゃ、良い! いや、絶対にそうした方が良い! 何日でも泊まらせてあげないとな、疾太!」


 父親食い付き凄っ!

 でも、そっか。そういえばまだ、今後唯香をどうするかって話はしてなかったんだよな。

 唯香が当然のように明日遊ぶと予言したり、これからしばらくよろしくお願いしますと挨拶したりしたもんだから、もうすっかり宿泊は決まったものだと思い込んでいた。でも実際はまだ泊まるなんて話は全く出ていなかった。

 ――つまり、唯香は母親が宿泊を推奨してくることが分かっていたということなのか? 


「でも、良いのか? あんな見知らぬ子を泊めても」


 あっさりオッケーを出すのも色々と、主に性的な意味で不審を抱かれそうなので、一応再度聞いてみる。


「別に問題無いわよ。寧ろ私が……私達はまだ唯香ちゃんと一緒にいたいし、他人の家に泊まるのも旅の一貫でしょ」


「そっか。なら、話してみるよ」


 まあ、本人は既に泊まるの確定事項で話進んでるんだけどな。


「うん、そうして。あと、明日は一緒に遊びにいってあげて。この街の良さも教えていってあげないと」


「ああ、分かった。……まあ、その、ありがとな」


「んっ、何で?」


「……一応俺が連れてきたからだよ」


 キョトンとした顔で聞いてきた母親から目を逸らして言う。


「よし! じゃあ、話も済んだしさっさとご飯食べなさい。お腹空いたでしょ?」


 再び母親の方に顔を向けると、その顔はとても穏やかな笑顔になっていた。


「ああ、んじゃあ、いただきます」


「はい、どうぞ」


 母親が言った時には既に食事は口の中に入っていた。

 今日は色々、特に悲しい哉、両親との会話に特に労力を費やされ、空腹感が凄かった。だから、正直に上手い。旨すぎる。最大の調味料、空腹の威力を改めて実感させてもらった。俺は小気味良くかつスピーディーに料理を口に運んでいく。


「あれっ、でもそういえばあの子、旅に出てるって割に荷物もお金も持っていなかったような――」


「あー、美味しかった! ごちそうさまー! んじゃあ、部屋戻るわー」


「えっ、ちょっ、疾太――」


 更にスピードアップしてあっという間に食事を平らげた俺は、母親の言葉を尻目に即座に部屋に向かった。


「あっ、危なかった……。そして、バタンキュー」


 そのまま布団に倒れこんだ。


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