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妄想少女  作者: カオス
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第一話 出会い

 家の前に一人の見知らぬ少女が倒れている。

 うつ伏せで俺の家に向かって手を伸ばした状態で。

 俺は頭をフルに使って考える。この状況はなんなのかと。

 ――分からない。


「あのー……大丈夫?」


 とりあえずその小学生とも中学生とも取れる少女に近付いて話し掛けてみる。

 すると少女はピクッと一瞬反応した後、顔を俺の方に向けてポツリと言った。


「お腹……空きました」


  ☆★☆★☆★☆


「ねえ、あの子誰?」


 玄関先での会話。

 母親は不審そうな目で俺を見ている。

 そりゃ、いきなり見ず知らずの少女を連れてきたのだから疑問に思うのは普通なのだが、如何せんその目には疑念が付与されすぎている。


「……知らない」


「えっ、知らないって、あんた連れてきたのに何言ってんの……って、あんた……まさか無差別誘拐……」


「いや、違うからな!」


「じゃあ、拉致――」


「それ、大して変わってないじゃねえか! っていうか、違うっつうの!」


「あんたって、彼女出来ないと思ってたら恋愛対象が下に狭すぎたからなのね」


「遠回しにロリコンって言うな! てか、さっきから違うって言ってんじゃねえか! 良い加減ちゃんと聞けよ!」


「もう、何よ、変態」


「あんた実の息子に何てこと言ってんだ!」


 何で俺は実の母に変態扱いされなくてはいけないのだ。しかもこんな奇人に。


「いやだからさ、学校から帰ったらあの娘が家の前に倒れてたんだよ。で、無視するわけにもいかないし、連れて来ちゃったって訳で」


「ふーん……まあ、そういうことにしといてあげるわ。じゃあ、私何か料理作ってきてあげるから、ちょっとあの子の相手しといてよ」


 母は台詞とは裏腹に疑いの目を結局最後まで向けた後、キッチンに向かっていった。

 あの目にはどうもまだ納得いかないが、俺が連れてきたのは事実な訳だし、やっぱり俺が相手してあげないといけないよな。

 しかし俺は、一人っ子なこともあって、はっきり言って年下との付き合い方ってもんが全く分からない。上手く接してあげられるだろうか。

 俺はそんな憂いを抱えながら、リビングに着いてからずっと、木製のテーブルに突っ伏しているその子の元に向かう。

 するとその子は俺が話し掛ける前に急に顔をあげてきた。


「ご飯ですか!?」


「えっ!? あっ、いや、まだだけど」


「……そうですか」


 そう言ってまた突っ伏す少女。

 しかしまだじっくりとは顔を見れていないのだが、さっきから見えた顔に何か引っ掛かるものがあった。

 俺はその引っ掛かりの正体を知る為に少女に話し掛ける。


「あっ、ちょっ、あのさ……ちょっと良い」


「…………」


 少女から返事は無い。ただの屍のようだ。

 だが、俺は続ける。


「顔、上げて貰って良い?」


「…………ふっ」


 鼻で笑われた。ただ馬鹿にされているだけのようだ。


「あのさ、一応助けてあげたのは俺なんだよね。だから、普通感謝されても良いところを何で鼻で笑われなきゃいけないのかな」


「……ウケる」


 何この子!? 凄い腹立つんだけど! 俺、この子と初対面だよな!? なんかすげー、嘗められてねえ!?


「ちょっ、マジで顔見せてよ。君、何か気になるんだよね」


 んー、と少女が唸り出す。

 それが数秒続いてから少女はようやく顔を上げる。


「はい、これで良いですか。お腹空いて顔を上げるのもやっとなんで、さっさとしてください」


 正直驚嘆した。

 ミニサイズの背と比較すると釣り合わない多少膨れ上がった胸、透き通るような白い肌、柔らかそうできれいなセミロングのストレートヘアー。そしてつり気味の目にスッと通った鼻筋、桃色に近い赤をした唇等がバランス良く配置されている顔。

 その端正な顔立ちにはとても惹かれるものがあり、年下にこんな感想を抱くのはあれかもしれないが、俺のストライクど真ん中だ。母親が言ったロリコンって言うのも強ち間違いでは無かったのでは無いかと、少し自分に危機感を覚える。

 ……にしても引っ掛かったのはこれだったのだろうか。

 いや、何かまだ……。


「あの、もう良いですか!? って、さっきから何度も言ってるんですけど」


 少女に呼び掛けられてハッと我に返る。

 いかん、いかん。少女の顔に見惚れ……熟視しながら考えごとをしてしまっていた。少女はかなり不服そうな顔をしてしまっている。


「あっ、ごめん、ごめん。もう良いよ」


「はぁ……」


 少女は盛大な溜め息を吐き出しながら三度突っ伏す。

 しかし、その顔はすぐに左にずらされ、俺の顔を除き込む体勢になった。

 見るとその顔は、まだ発達段階の見た目に似合わない妖艶な笑顔でとても魅力的なものだった。つい、ドキッとしてしまったのは許してほしい。

 これを見たら、いくら年下と分かっているとはいえ平常心でいれる訳が無い。何故なら、俺の好きな女性の行動ナンバーワンだから。

 一体、何故こうもこの子は的確に俺のツボを突いてくるのだろうか。

 等と思惟していたらそこで、


「はーい、料理出来たよー!」


 という母の声で女の子はコンマ一秒で起き上がり、かと思うと早速母親が並べた料理を凄い勢いで食べ始めた。


「わぁー、凄い! 本当にお腹空いてたのね!」


 そんな少女の様子を見て、感嘆と驚愕をフィフティーフィフティーで合成したような顔をしながらそう言う母親。

 確かに、見た目か弱い少女が破竹の勢いで母親特製料理を口に掻き込んでいるその姿には俺も少々驚愕の様相は呈してしまうが、


「まあ、人様の家の前で倒れていた程だからな。こんなもんだろ」


 いや、にしても凄いのには変わりないのだが。


「そうね。……ねえ、おいしい?」


 母は今では俺にあまり見せなくなった、優しい笑顔で少女に問い掛ける。

 少女は勢い良く進む手を一旦止める。


「はい、とってもおいしいですよ。こんなに美味しいの、久しぶりです」


 母にニコッと笑い掛ける少女。

 これも見事に俺の心を捕らえるような、百点満点中なら二百点の笑顔だ。

 それにしても、


「かっ、可愛い~。いや~、メッチャええ子やん」


と、母すらも下手な関西弁にしてしまう程心を掴むとは。この子、只者では無い!


「……あっ、そういえば。まだ君の名前聞いてなかったよね。名前、何て言うの?」


 ふと、少女の名前を聞いていなかったことに気付いたので訊ねてみる。


「名前……ですか? 逆になんだと思いますか?」


 俺の質問を聞いて、何故か少し困ったような表情をした後に、少女は逆に聞き返してくる。

 名前を答えられない理由でもなにかあるのだろうか。


「なんだと思うかって……急にそんなこと言われてもな……」


 適当でも良いのだろうが、それすらもパッと出てこない。


「分かった!」


「はい、お母さん!」


 なんて俺が即答出来ず答えに窮していた時に、勢いよく手を挙げた母と瞬時に指名する少女。

 俺への質問を横取りしたのはまあ良いとしても、何で手を挙げているんだ?


「ゆいかちゃん!」


「おおっ、その名前良いので頂きます!」


「んっ、うん……!?」


 良いので頂きます……?


「で、名字は佐藤!」


「それも貰い!」


 それも貰い……だと……!


「ちょっと、待て! 何だ、さっきからのその電波会話は!? 何で名前貰うってなんだよ! ていうか、そもそも何で名前貰ってんだよ!」


 しかも佐藤に関しては全くもって適当感しか感じられないし。


「まあ、良いじゃないですか」


「そうそう! 名前なんてなんでも良いじゃない! この子は佐藤唯香ちゃんよ」


 おいおい、それで良いのか母親よ。


「そうですよ、私は佐藤唯香です」


 何故か胸を張って誇らしげに言う少女。そんな急造の名前の何に誇る部分があるというのだろうか。

 でも、まあ本人が良いっていうんだから、それで良いのか。……良いのか?


「……ならもう、それはいい。それで、その……唯香ちゃんはこのあとどうするのかな?」


「ふーん、ほうへふへー……。まっ、とりあえず――」


 序盤は口に物を含みながら、途中からは喉を通した後に喋った唯香。

 と、丁度唯香が喋り終わったところで鳴り響く高音。重量のある皿が勢いよくテーブルに置かれた音だ。


「ごちそうさまでした!」


 胸の前で手を合わせ、大きめの声で言う唯香。

 テーブルを見るとさっきまでその皿だけでなく他の皿やお碗にも盛られていた料理が全てなくなっていた。

 ラーメン、炒飯、サラダ……結構あったのにもう全部平らげただと……。いくらなんでも早過ぎだ。約五分ぐらいで食い終わったことになる。そんなにお腹が空いてたのか……。


「あら、もういいの? 欲しいなら、まだ作れるわよ」


「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。このままだと夕食食べられなくなってしまうので」


 何で食べる前提で話しているんだ。


「……そう。じゃあ、疾太(はやた)! 唯香ちゃんをあんたの部屋に連れていってあげなさい!」


「えっ、ちょっ、何で俺の部屋!?」


 ビシッ、っと聞こえそうな程真っ直ぐに俺に向かって指を指した母親が言う。

 相変わらず、何言ってんだ、この母親は! 俺だって健全な男子高校生。自分の部屋にあまり知らない人を入れるというのは正直気が引けるというのに。それが例え美……少女でも。というか少女だからこそ。

 ……まあ本音を言えば、散らかってるからというだけなんだけど。なんだか散らかってる自分の部屋を見られるのは気恥ずかしいものがあるというだけなんだけど。

 そう、それだけだ。断じて変な物があるからとかではない。――断じてだ!


「家では他に空いてる部屋がないからよ。ねっ、良いでしょ、疾太?」


「えっ、いや、それはちょっと――」


「えっ、良いって! あら、そう! じゃあ、あとは任せるわ! よろしくね!」


「いやちょっと、何言ってんの、あんた! 俺は良いなんて一言も――」


「……よろしくね!」


「……はい」


 なっ、何だ今のは! なんて無駄な威圧感を発揮しやがるんだ!?

 母親から並々ならぬオーラを感じとった俺は、首を縦に振ることしか出来なかった。

 ……何なんだよ、この人。


「という訳だから、唯香ちゃん。このお兄さんに着いていって」


「はい!」


「それじゃ、よろしくね。疾太。……ちゃんと話聞いてあげなさいよ」


 最後の方はボソッと耳元で喋られた。

 ったく、急に母親らしい真剣な顔つきと声で喋りやがって。んなの、分かってるつうの。


「はいはい」


「それじゃあね」


 そう言ってリビングから廊下に出る扉に向かっていく母。

っと思ったら何故か急に、取っ手に手を伸ばした時点で停止。こちらに振り返ってくる。


「あっ、そうそう。唯香ちゃん。そのお兄さんには気を付けてね。気を許したら襲われるから」


「おいー! あんた、小さい女の子に向かって何てこと言ってんだ! 俺が歳離れた女の子を襲う訳ねえだろ!」


「何言ってるのよ。あんただからこそでしょ、コンプレックス・オブ・ロリータ」


「言い方変えても、それ結局ただのロリコンじゃねえか! ていうか、だから俺はロリコンじゃねえって言ってんだろ!」


「ああ、そっか、ごめん。あんた、キングオブロリコンだったわね」


「なに、その不名誉な称号! ただのロリコンって別に俺がロリコン度を低く見られたのに不満があるってことじゃないからな! それとさっきから何で君は笑ってるのかな!?」


「いや、ロリコンって……プッ!」


 隣で唯香がつぼっている。

 このやり取りの何が面白いというんだ。……まさか、ロリコンってピッタリだってか。ピッタリだといいたいのか!


「じゃあ、私本当に行くわね。ってことで、また後でね唯香ちゃん――それからゴッドオブロリコン」


「危険度徐々に上げてんじゃねー!」


 その悲痛な叫びは扉によって、廊下に素早く出ていった母に届くことは無かった。


「ったく、母親の奴……」

 

 さて、まっ、ともかくお隣で更に笑いを増しているこの子を部屋に連れていくか。

 にしてもよく笑うし、なんというかあまりはっきり考えたくはないが……笑顔も様になってるな、ったく。


「じゃあ、君……唯香。もう良いかな? 着いてきてくれる?」


「はい!」


 そして歩き出してから後ろで、


「これからしばらくよろしくお願いします!」


と聞こえたので振り返ると、唯香が深々と頭を下げていた。

 全く……礼儀正しい子だな。

 でも、もうしばらくお世話になるのは決定事項なんだな……。


  ☆★☆★☆★☆


「疾太さんのお母さん、優しくて綺麗な方でしたね」


 部屋に着いてからの唯香の第一声。

 入って早速俺のベッドに向かっていった唯香は、腰を掛け足をブラブラ前後に振っている。


「んー、……そう? どっちも少し過大評価しすぎだと思うけど……」


 まあ、とはいっても、パッとは思い付かないがそりゃ、あの母親にだって多少なりとも優しい部分はあるし、昔から家に来た友人や授業参観で見たクラスメイトにお前の母ちゃん綺麗だなとはよく言われたもんだが。


「そんなことないです。良いお母さんですよ。――それに、その血を受け継いだ疾太さんもなかなか男前だと思いますけど」


「あっ、ハハハ。ありがとうね。お世辞でも嬉しいよ」


 男前なんて初めて言われたもんだから照れる。今までは、中の中とか、悪くはないけど良くもない顔なんだよねーと何故か上から目線でしか言われたことなかったからな。


「いやいや、存外お世辞じゃないですよ! 本当です!」


「えっ、あっ……うん。ありがとう」


 存外って……。完全に嘗められてる気がするけど、男前と言ってもらえたのは正直に嬉しい。……まあ、やっぱり少し照れ臭いんだけどな。

 だから、話題を無理矢理変えて、必要なことを聞いていくことにする。


「……えっと、それよりさ。色々聞かせてもらいたいんだけど……まず、えっと、唯香はどうして俺の家の前で倒れてたの?」


「えっ、だから、お腹が空いてたからですけど……」


 何だその、なにこの人当然のこと訊いてんの、みたいな顔は。


「そうじゃなくて……えっと、じゃあ家はどこ?」


「そんなものありません」


「ああ、そっか、そんなもの無いのか……って、はっー!? 家、無いの!?」


 まさかのホームレス小学生!?


「はい。そうですけど」


「いや、無いって……そんな訳はないと思うんだけど」


「そう言われても……本当に無いんだから仕方ないですよ。……あっ、でも、そうだ。そういえば仮の家ならありますよ」


「仮の家?」


 仮の家って何だ? 何かの事情があって、一時的に住んでいるだけの家とかか?


「はい。」


「じゃあそこに連れていってあげるよ。その家の場所はどこかな?」


「ロンドンです!」


「そっか、じゃあ交番に行こうか」


「あれ、会話が噛み合っていないし、ルート変更が酷くないですか!?」


 いやいや、学生がロンドンまで行けるだけの財力なんて持ち合わせている訳がない。


「うーん、ごめんね。ロンドンまでは連れていってあげられないんだ。でも君の親も君のこと探してると思うから、交番に行けばなんとかなると思うんだ」


 こんな小さい子がロンドンから来たということは、親もしくはそれに準ずる保護者も同伴していた筈だ。

 今頃その親はこの子を必死に探しているだろうから交番に行けば何かしらの連絡が入るだろう。いや、既に入ってるかもしれない。

 さて、じゃあ行くか。そう思い、座っていた椅子から立ち上がろうとしたところで、唯香がハッとした顔でその言葉を口にした。


「いや、私に親や家族なんていませんよ」


 俺はその言葉に何重もの意味で驚き固まってしまう。

 親がいない。つまり、この娘は一人でロンドンから日本まで来たということになる。まだこんな小さいのに。そしてこの子がそんな辛い境遇を送ってきたこともそうだが、そのことを平然と、さぞ何事もないように喋っていること。それが一番の驚きでもあり、なんというか少し罪悪感も覚えてしまう。

 気を、使わせているのかな……。


「あっ、でも、ある意味ではあなたが私の親ですね」


 クソッ! なんてことだ。こんな訳の分からない発言をしてしまうくらいこの子は追い詰められていたなんて。何で俺はすぐに気付いてあげられなかったんだ。この子が俺達の為に作り上げたあんな笑顔に騙されやがって!

 ……とりあえず、今のは聞かなかったことにしてあげよう。


「ふっ、ふーん……それじゃ君はどうやって日本まで来たの?」


「来たというか、ついさっき疾太さんの家の前で生まれました。――疾太さんのお陰で」


 ダメだ。さっきの空腹で倒れたショックで記憶が錯乱してしまったか。言ってることがまるで意味が分からない。


「えと……あの……」


 くっ……なんて声を掛ければ良いんだ。掛ける言葉が脳内隈無く探しても見つからない。


「あの……何で急に黙りこくるんですか。というか、何ですか。その哀れみ百二十パーセントの眼差しは。……って、何、急に泣き出してんですか!? 全く意味分からないんですけど大丈夫ですか!?」


 この子はこんな状況でまだ俺の心配を……!

 なんて良い子なんだ。


「うん、大丈夫。ありがとう」


 無駄な心労はかけまいとあわてて涙を拭いてから言う。


「あの……未だによく分からないんですが、とりあえず。疾太さんはさっき私の顔が気になると言ってましたが――私の顔に覚えがありませんか?」


「えっ! 顔に、覚え……?」


 不意な質問に正直ドキッとした。

 そう。確かに俺は、この子の顔を最初見た時から妙な引っ掛かっりを感じていた。

 いや勿論、なかなか俺の理想図に沿った顔というのも理由の一つなのだが、なんというかそれだけじゃなくて。何処かで見た、という訳でもなく……ともかくどこか覚えがあるような顔だと思っていたのだ。

 だから、それを的確に指摘され驚いた。


「もしかして……君とは初対面だと思ってたんだけど、もしかして前にどこかで会ったことある?」


 記憶を探りながら聞いてみるが、やっぱり俺の中でその記憶を見つけ出すことが出来ない。

 その為あとは唯香の答えを待つだけ……というまでもなく、すぐに解答は得られた。


「いえ、会ったことはありませんよ。それどころか見たこともありません」


 不意に左耳付近の髪を掻き分ける仕草を見せる唯香。

 まただ。俺の好きな仕草ナンバースリーに位置付けられたのは直接見た今だが、唯香が見せたのはまた俺が元から好きだった女性の仕草だ。


「そっか。やっぱりそうだったよね。うん、そうだ。この引っ掛かりはなんだったか気になるけど、多分気のせい――」


「でも、私はあなたのことを知っていましたよ」


 俺の言葉を遮るようにして、先程の自分の言葉を補足する唯香。


「俺を知っていた? 会ったこと、それどころか見たこともない俺のことを……?」


 矛盾している。やはりこの子はまだ記憶が錯乱しているのか。


「はい。何故なら――」


 今度は右耳付近の髪を掻き分けながら喋る唯香を見て、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。

 そして急に顔を、三度俺好みな妖艶とも言える笑顔に変え、唯香は言った。

 俺は今までの人生で、いやこれからも絶対越えることのないであろう衝撃を受けた発言を。


「私はあなたの妄想で生まれたからです」



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