血をくれ
男が目を覚ましたのは、まだ外も暗い、午前五時前だった。そして目の前には、いつもと違う光景があった。
「おはよ♪」
目を擦り、まだ眠そうな英雄の上に、吸血鬼がにこにこしながら乗っかっている。端から見たら、相当異様な光景だ。
「………どうした?朝っぱらから。飢えてんの?」
いい終えると同時に、平手打ちが男の右頬にとんできた。そしてもう一発、最後にグーで一発。
「っ…てぇ~…痛い。相当。」
「あなたバカじゃないの?誰があなたなんか襲うのよ。それより、忘れてたでしょ」
女はムスッとしている。男は、あ、という顔をして、
「血をあげてなかった。」
と、思い出したように言う。
「まぁ仕方ないわよね、この子達がきて、色々バタバタしてたものね。まぁ許してあげるわ。」
何で上から目線なんだ。しかもバタバタはしてないし。男は不満を漏らしそうになった。
「だから…はい!頂戴♪」
首を傾げてにっこり。
「こんな笑顔初めて見たかもしれない。」
溜め息をついてどんより。
テンションが全く違う。吸血鬼って朝が苦手なんじゃなかったっけ。男はそう言うと
「太陽が苦手なの。朝は嫌いじゃないわ。寧ろ好きといっていい。だって一日のはじまりよ?わくわくしない?」
にこにこしたまま女は答える。意外な返事だ。男はそう思った。
「いままで…多分長く居たと思うけど、朝が好き、なんて聞いたことなかったな。」
乗っかられたまま、頭を掻く。
「もう~…そんなこといいから!!この子達がいま起きたらどうすんのよ!!変な誤解が生まれちゃうでしょ!!」
それは嫌だ。こんな女とそんなことする気など、男には正直、微塵もなかった。だが、血を吸われている最中に起きられたらもっと困る。何故なら──
「変な声出るから嫌だな…喘ぎ声?て言うの?」
「良いじゃない。可愛いわよ。吸われてるときの貴方。」
こっちの気も知らずに。そんな問答してる間に、起きてしまう。そう言って、女は急かす。
「待て。良いこと思い付いた。まずここから出よう。」
「出て…どこ行くの?茂みの中?」
そんな言い方をすると、話がますますあっちの方向へ行ってしまう。
「違う!!馬鹿なの!?本当に!!…もう一つの家。あっただろ、まだ白亜紀とかそこら辺のときに住んでたとこ。あそこに行く。だから退いてくれ。いい加減。」
結局茂みと同じじゃない。と女は言いながら、立ち上がり、部屋を出る。男は書き置きをして、部屋から出ていった。そして、手を合わせて祈った。頼むから何にも起きないでくれよ…と、独りそう言いながら。留守中に変なことがおきるのは、経験済みらしい。