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うらびす

偏向思想 (うらびす)

作者: うらびす

 「死んでやろう、と思った」

 幸いにして私には妻も子も居ない、

親族はと言えば父の遺産をたかりに現れる意地汚いハイエナ共だけ。

おまけにここは高層マンションの8階だ。

死ぬにはもってこいの状況ではないか。

死んでしまおう。


 私はそう思うや否や仕事椅子を蹴飛ばして立ち上がり、外に面した窓に手を掛けた。

ここを買う時に不動産屋がやたらと"素晴らしい景色"を喧伝していただけあって、

この部屋の窓は非常に大きい。

私一人が飛び降りるくらい訳無いだろうと思ったのだ。

しかし、私の期待に反し、窓は開かなかった。


 良く考えれば当然だ、高層マンションの窓が簡単に開いたのでは

危険極まり無い、このぐらいは当然の配慮と言えるだろう。

とはいえ、私はここから飛び降りなくてはならないのだ。

このような"配慮"に邪魔されるわけにはいかない。


 私は少々の思案の末、先程蹴飛ばした椅子を持ちあげ、思い切り窓に叩きつけた。


 ビクともしない。


 なるほど、このマンションは私の予想以上に"配慮"の行き届いた場所だったらしい。

この窓を壊すのは相当に骨が折れそうだ。

少なくともこの椅子では到底無理だろう。


ハンマー、そう、ハンマーのようなものが無ければ。


 そう考ると、私はすぐさま財布をひっつかみ、マンションを出て自家用車へと乗り込んだ。

折角死ぬためのハンマーなのだ、少しくらい良い物を買っても問題は無いだろう。


 私はたっぷり一時間ほどかけて大きなアウトドアショップに向かうと、

そこからまた二時間ほどかけて紅いヘッドの大きなハンマーを選んだ。

重さも扱いやすさも申し分ない、これならあの窓を粉砕することも可能だろう。

実に爽快ではないか。


 私は運命の相棒を見つけた喜びもそこそこに

意気揚々とハンマーを片手にレジスターへと歩み寄った。


 そこで、ふとレジの横に置かれた募金箱が目に入った。

透明な箱の中に一円から五千円まで大小様々な現金が投げ込まれている。

そこで気付いた。


 そう言えば、私が死んだ後は私の財産はどうなるのだろう。

予測はついている、私には妻も子も居ないのだから、

あの金に飢えたハイエナどもが群がって根こそぎ食い散らかしていくに決まっているだろう。

それはなんとなく気分が悪い。


 ならばどうすれば良いだろうか、簡単なことだ。


 財産など無くしてしまえばいいのだ。

 幸い、そこに現金を入れられる箱が有るではないか。


 私はハンマーを丁重に包んでもらうと、早速駐車場代以外の現金を全て箱の中に入れ始めた。

最初は一円、次に五円、十円、百円と順々に入れていく。

最後まで財布の中身を空にした時、箱の中は沢山の福沢諭吉がひしめく異様な空間となっていた。


 私はその光景に不思議な満足感を覚えながら、アウトドアショップを後にした。

またたっぷりと一時間ほどかけて家に着いたころにはすっかり日も傾いていた。


 夕日が部屋に差し込み、アンティークの家具達を真紅に染め上げる、

こんな絶好のシチュエーションで自殺できるなんて、私はなんと幸せ物だろう。

私は、鼻歌なんぞを歌いつつ、窓にハンマーを降りおろそうとした。


 しかし、ここでまたしても気付いた。

先程私が募金箱に入れた金は現金だけだったではないか。

これでは意味がない。


 私は早速タンスから通帳を取りだすと、最寄の銀行へと向かった。

窓口はまだ開いていて、終業間近の最後の一仕事とばかりに銀行員達が動き回っている。


 私はなるべくそんな彼らを邪魔しないように手近な窓口に掛け足で近寄ると、こう言った。


 「すみません、この口座に入っているお金を全額募金したいのですが」


 「ぜ、全額ですか!?」


 「はい、全額です」


 銀行員の青年は妙な顔で通帳の内容を確認すると、神妙な様子で問うた。


 「お客様、失礼ですがこれはどなたかに依頼されての事ですか?」


 一瞬、銀行員にしては妙な事を聞くものだと思った。

だが、カウンターの奥の張り紙を見て私はその考えを改めた。


 『ふりこめ詐欺に注意!!』


 そう、きっと彼は私が悪辣な詐欺師に騙された哀れな鴨だと思ったのだろう

確かに言われてみればそう見えなくもない。


 しかし、事実はそうではない。

私は今から死に行く幸福なただの男性なのだ。

私はきっぱりと宣言した。


 「いいえ、違います。100%私の意思です」


 「では、何故これほどの金額を?」


 「はい、死ぬ前に一つ、嫌がらせをしてやろうと思いまして」


 青年は何も答えなかった。

ただ、諦めたような、悟ったような、そんな目でこちらを見ていただけだ。


 体感的には二分程そうしていただろうか、石像のように動かなかった彼が突如として動いた。

青年の指が流れるように手元の電話のボタンを三度押す。

こちらからでも聞こえる程に大きな呼び出し音の後、ガチャリと電話を取る音が聞こえた。


 彼は、それを確認すると、感情の無い平坦な声で言った。


 「もしもし、病院ですか?」

 




2013/06/14批評会用

一年 うらびす

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