act.1 くらやみのなかで
雨上がりの夜道、僕は一人歩いていた。平日の夜だと言うのに、住宅街は車どころか、人の気配すらしなかった。
僕は一人歩いている。虫の鳴き声と雨樋から落ちる水滴の音、それに僕の足音と家の中の生活音くらいだった。
咳をすればたちまち辺りに響く。夜だからというのもさることながら、雨が降ったおかげで空気が澄んでいるのだ。まぁ澄んでいると言っても東京。実家に比べたらかなりの差がある。
それと空。何気なく上を向けば雲が見える。夜なのに。空が明るすぎるのだ。都会の空は星すら見えない。
空気や空。この二つが占めるウェイトは大きい。特に田舎から出てきた僕なんかは本当にきれいな空気も満天の星空も知っているので寂しく感じる。
田舎に帰りたい。もう何年帰ってないだろう。母さんや父さんにも会ってない。あんなに仲が良かった友達だって時々メールで連絡をとるくらいだ。
みんな、なにやってるのかな…。
日本は狭い国だって言っても、この都会と田舎を行き来するのはそう簡単なことじゃない。
寂しい気持ちになった。確かにこっちに来て新しい人間関係はできたし、それこそ良好で友達だっていっぱいできた。親友と呼べる人だって何人かいる。でも…でもさ、そういうのとは違う何かが古くからの友人にはあった気がした。
「はぁ………なにやってんだろうな…オレ。」
思わず溜め息が漏れた。
夢を追うために上京して、頑張って、でも自分にその力がないって気がついた時に挫折した。なにかが自分にはついた気がしたけれど、それで夢をかなえられなかったオレは普通に就職して一人暮らし。食うのには困らないけれどさ、物足りない生活を送る毎日。オレにだってなにかできるんじゃないか。
テレビを付けると、かつて共に夢を追った仲間が成功している姿をちらほら見る。
笑うことしかできなかったよ。
もちろん彼らにじゃない。夢をあきらめてただ惰性で生きてるだけのオレにだ。
味噌汁に涙が零れた。少ししょっぱくなった気がしたけれど、全部飲み干した。
お茶がなくなって買いに外に出た。それが今のオレ。
明日も仕事、明後日も仕事、明明後日も、そのまた先も………。
スーパーへと歩くその足は次第に重くなっていった。
考えれば考えるほど頭が痛くなった。
「あーーーーーーーーっ!!」
スーパー手前の公園で、とうとう何かが耐えきれなくなり叫んだ。両手を上げて。かなりすっきりした。
しかし、その叫んだと同時に当たりが真っ暗になった。
バツン……
真っ暗になる直前、叫ぶ自分の声と同時に何かが切れる音がした…気がした。
オレ?オレのせい?オレが叫んだから?いやいやいや、そんなわけないっしょ。
「え?なに?なんなの?何が起きたの?」
そう騒いで続々と人が家から出てきた。
街頭も、民家も駅もコンビニも。街の明かりは何一つついていない。完全な闇と完全な静寂。始めは戸惑ったが、たまにはこんな闇もいい気がしてきた。
後から聞いた話では大規模な停電らしい。理由はわからないけれど、僕の住んでいる町と周辺の町が停電したらしい。復旧には一晩かかるそうだ。
「真っ暗………か。」
ふと田舎を思い出したオレは空を見た。
するとどうだろう、空は満天の星空だった。都会じゃ見えないはずの綺麗な星空。かなり暗い星さえ瞬く姿が肉眼で見えた。田舎と同じ空。田舎と同じ星。
あれが夏の第三角形。あれがハクチョウ座………。
ふふふっ………
笑い声が自然と漏れていた。と同時に両目から一筋涙が零れた。
「なぁ、元気してるか、お前ら。楽しくやってるか?俺も頑張るからさ。またそのうち会おうぜ。飲もうぜ。」
どれだけ離れたって同じ日本なんだから会えない事ないよな…。会おうと思えばいつだってあえるんだから。
少し、元気が出た。そんな気がした。
一通り星空を堪能すると、真っ暗の中スーパーに入った。中には戸惑っている人もちらほらいたが、大抵の人はめったにないこんな機会を楽しんでいた。
そんな事態のなかでもちゃんとものは売ってくれるようで、お目当てのお茶を買った。
家に帰ると、窓を開け、涼しい空気を部屋に取り込んだ。
冷蔵庫を開け、酒を取り出す。窓際に座って星空を見ながら一番キツい酒を喉に流し込んだ。