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第二話 ピストルとうどん

高校を卒業し、あたしは大学には進学せず、駅前にあるうどん屋でアルバイトを始めた。友人の春香の実家で、彼女は店を継ぐつもりはなく、美容師の専門学校に通っている。家に帰っても手伝わず、すぐ二階に上がってしまうから、母親はよく文句を言っていた。

バイトが終わると、あたしは帰る前に二階に上がり、春香と話して帰る。机には首から上のマネキンが置かれ、初めて見たときは驚いた。

「うどん屋なんてダサい。絶対やらないわ」

そう言いながら、彼女はマネキンの髪をとかしていた。

「確かにダサいかもしれないけど、親子で働けるんだし、よくない?」

「それが一番ヤなんだよ。あーもしよかったら、あんたウチの子になるといいよ。母ちゃんも喜ぶ」

あたしは少し考えて、「そうしよっかなあ」

「まじー。あんたも変わり者だねえ」

「だって、あたし春香みたいにやりたいことないもん」

「飲食店でも、もっとカッコイイのやんなよ。和食はダメよ」

適当な話をして、あたしたちは別れた。

自転車で夜道を飛ばしながら、春香は美容師になれるだろうかと考えた。なれるかもしれないし、なれないかもしれない。あたしはうどん屋になるのだろうか。なるかもしれないし、なれないかもしれない。

それから、高木くんのことを思い出す。高木くんはどんな大人になるんだろう。イメージが沸かない。

玄関前に自転車を停め、入る前に振り返って向かいの家を見る。

高木くんたちの家は、引っ越してからすぐに取り壊され、新しく白い壁のツーバイフォーの家が建った。かわいらしい男の子二人と、上品なお婆さんと、ゴールデンレトリバーが同居する明るい家庭。玄関には、手入れされた鉢植えが並べられている。

それに比べて、高木くんの家は暗かった。そして、あたしの家は今でも暗い。

両親とはうまく話せない。だから家にいるより、うどん屋で働いている方がラクだった。ラクだけど、うどん屋になりたいかはわからなかった。彼と再会するまでは。



高木くんと再会したのは、駅の反対側の公園のベンチで、バイト前の暇潰しをしていたときだった。

あたしは高木くんの影響もあって、ホラー漫画にハマッていた。その日も古本屋で買ったグロテスクなホラー漫画を読んでいたが、ふと顔を上げると、噴水の向こうの離れたベンチに高木くんが座っていた。

声をかけようかと迷っていると、知らない女の子が歩いてきて彼の横に座ったのでやめた。

ところが高木くんはあたしの存在に気付いていたようで、チラチラッと数回こちらを見てから立ち上がり、二人で歩いてきた。

「……おっす。久しぶり」。高木くんはそう言い、続けて女の子を紹介した。「俺たち、付き合ってるんだ」

女の子はペコリと頭を下げた。ストレートの長い髪が揺れる。

あたしたちは並んで一つのベンチに腰掛けた。幼なじみの二人に挟まれ、女の子は窮屈そうだった。

高木くんはあたしの漫画に気付き、「まだそんなの読んでんだ」と笑った。

「高木くんは、今は何読んでるの」。あたしは訊ねた。

「もう何も読まねえよ」。高木くんは答えた。

「いま、どこ住んでるの。近く?」

「ああ。親んとこ出て、また戻ってきた。部屋借りて、こいつと一緒に住んでる」

あたしは不思議で、「あんな目に遭ったのに、どうしてまた帰ってきたの」と訊ねた。

高木くんは女の子に、「あのさあ俺、中学の頃イジメられて、殺されかけたんだ」と説明した。

それからあたしの顔を見てニヤリと笑い、「実は俺、知り合いのヤクザからピストル買ったの。それで、今度はあいつら殺してやろうと思ってる。ガーン、ビシューン」

高木くんは噴水に向かって撃つ真似をした。

「ビューン、ガキーン。ズーン、ガガガ」

公園に響く銃声を、あたしは黙って聞いていた。女の子も、一言も口を利かずに聞いている。

一通り撃つ真似をしてから、高木くんは言った。

「でもさ、俺が人殺して捕まると、こいつ独りぼっちになっちゃうの」

それから高木くんは下を向き、手に握った想像のピストルの感触を確かめているようだった。

低い声で、「こいつ、俺たちより、ずっと可哀相な子なんだ」と言う。

「そうなんだ」。あたしは曖昧に応えた。

バイトの時間が近づいてきた。自転車に乗って、うどん屋に行かなければいけない。

あたしは立ち上がって、二人の方に向き直る。

「よかったら、駅の反対側の、レンタルビデオ屋の隣にあるうどん屋に食べにきて」

「なんで?」

「あたし、そこでバイトしてるの」

「へえー。俺はたまに解体屋でバイトしてるけど」

「あのさ、あたし、今はうどんに救われてるみたい。あったまるし、……美味しいよ」

あたしの言い方が可笑しかったのか、高木くんは腹を抱えて笑ったが、女の子は表情を崩さなかった。

ホラー漫画を自転車の籠にほうり込み、顔を上げると青い空が綺麗だった。あたしたちは手を振って別れた。




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