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クレッシェンテ抄録

素直になれない

作者: 高里奏

少しばかり教育上よろしくないような単語や表現が含まれているような気もするので、小学生の方は閲覧しないでください。

 スペードのことは嫌いじゃない。


 ある一点を除いては。


「ちょっと、セシリオ」

「なんです?」

 セシリオの酒場でナルチーゾ産の山ぶどうジュースを飲みながら、沢山溜まっているストレスをセシリオにぶつけて発散するという、セシリオにはなんとも迷惑な行為をしているのに、彼は文句ひとつ言わない。


「スペードのあれ、何とかして」

「あれ、って?」

「あの変態癖」

 肝心のスペードは今頃ジルと追いかけっこの真っ最中だろう。

「ミカエラやジルを挑発してわざと捕まって拷問受けたり、賭けに負けた相手に拷問したり、軽蔑の視線を向ければ息を荒くするし……あの変態なんとかして」

「無理です」

「そんな! 恐怖の代名詞が匙を投げた!」

 どれだけ手が負えないんだ。あの変態は。

「せめてSなのかMなのかハッキリさせてよ」

「変態には変わらないでしょう?」

 セシリオは大人の余裕を見せつけるように笑う。

「あんなのと一緒に居たくない。私が迷惑する」

「諦めなさい」

 もう完全に他人事だ。

「黙ってれば……普通にしてたらかっこいいのに……」

「へぇ」

「変態じゃ無かったら惚れてたかもしれない。けど……」

「けど?」

「あの変態じゃ無理!」

 ホントに……時々かっこいいとか思うのにさ、ときめきそうになるのにさ……。

「いっつもいいとこで変態の本領発揮なんだよ!」

「……まぁ、スペードですからね……」

 どうやらヤツが変態だということはセシリオも認めているらしい。

「あれ、なんとかならない?」

「手遅れです」

「やっぱり?」

 この国に普通を求めれないことくらい知ってる。

 だけど……。

「変態が多すぎる」

 セシリオがノーマルに見える程に変態が多い。

「アラストルはドMだし、セシリオは電波だし、ウラーノはナルチーゾだし……メディシナは臓器とか筋肉の方にしか目が行かないみたいだし……」

 そう、みんなどこかおかしい。

「僕もですか?」

「当然。なにより、あのジルが! ジルが拘束マニアなの! 信じられない。いっそスペードと結婚すればいいのに」

 たしかクレッシェンテは同性婚が認められていた。

「まぁ、僕も時々思いますが、スペードはあくまでもあなたを妻にしたいようですよ?」

「絶対嫌。あんな変態と結婚したらなにされるか分からない!」

 拷問とか絶対嫌。そう言うと、セシリオはふふっと笑う。

「と言ってますよ」

「酷いですね。僕もお前を拘束してあげましょうか?」

 目だけ笑っていないスペードが怖い。

「いつから居たの?」

「初めからいましたよ? 後ろのテーブルで賭けをしていました」

 スペードはそう言って、後ろから私を抱きしめる。

「随分と好き勝手言ってくれましたね。逃がしませんよ? 僕の愚かで可愛い愛しいお馬鹿さん」

「ちょ、ちょっと! 放してよ!」

「逃がしません」

 耳元で囁かれ、そして頬に柔らかな感触。

「なっ……」

「おやおや」

 楽しそうに笑うスペードに腹が立つ。

「二度とその面見せんな!」

 顔面に肘、鳩尾に膝を入れ、スペードから離れる。

「これは……また随分と筋が良い。スペードでなければ死んでいます」

 セシリオは感心したように言う。

「こいつのその異常な生命力も嫌」

 恐らくはこの生命力がこいつの変態指数を上げているんだ。

 そう思うとゾッとした。

「大人しく死ね」

「嫌です」

 きっとこいつは人類の敵と言っても過言ではないあの黒光りする生物と同じ生命力を持っている。

 いや、それ以上かもしれない。

「大体、痴漢対策四大急所のうちの二カ所突かれて平気とか有り得ないんだけど」

「四大急所?」

「鳩尾、足の甲、鼻、股間の四カ所」

 セシリオは退屈そうにグラスを空にして私を見る。

「スペード、あまり遊び過ぎると逃げられますよ」

「流石、経験者の言葉は重みが違う」

「……僕はあなたと違って朔夜に逃げられたことはありません」

 セシリオはスペードを睨んだ。


「セシリオ、いつまで遊んでいるつもり? お仕事が溜まっていますよ」

 裏口から現れた朔夜が眉を吊り上げて言う。

「遊んでは居ませんよ。ちょっとこの子の人生相談です」

「まぁ、どうかしたの?」

 朔夜は真剣な表情で訊ねた。

「いや……この変態をどうやったら止められるかと思って」

 そう言うと朔夜は笑う。

「あら、簡単じゃない。実家に帰ればいいのよ。反省する頃合いまで」

「ストーカー化しそうで怖い」

「その時は蘭っていう心強い味方が居るわ。クレッシェンテ人の弱点を知り尽くしているもの」

 そういえばあの魔女はスペードの師匠だとか聞いたことがある。

「ああ、魔女に苛めて貰う? 変態スペード」

 スペードを見下して少しばかり優越感に浸る。

「僕にそんなことを言って良いのですか?」

「いいに決まってるでしょ? あんたの家を出る口実になるし。あ、そうだ。メルクーリオに頼もうかな。あの人趣味が良いし」

 あんたと違ってと言ってやると、スペードは不機嫌を隠せないようだ。

「お前は……なぜ僕以外の男ばかり頼ろうとするのです」

「だって、あんた、定職に就かない、指名手配中、変態っていいとこなしじゃない。あんたと居たら私まで危険」

 まぁ、変態さえ直れば目をつぶれるかもしれないけど。

「それに、スペードは一度も私の名前を呼んでくれない」

 いつも「お前」とか「お馬鹿さん」って呼ぶ。

「……そんなことを気にしていたんですか?」

「そんなことって……」

 スペードは急に意地悪い笑みを浮かべる。

「お前が望むなら何度でも呼んであげますよ」

 耳元で囁かれる。

 甘い吐息に思考回路がショートした。


「あらあら……」

「何か言いたそうですね、朔夜」

「そりゃあ、ねぇ? やっぱり主導権は女が握らなきゃ」

「そういう問題ですか? あの二人は好きなようにさせておきなさい。それより、仕事をキャンセルして遠出でもしませんか?」

「ダメよ。ちゃんと働かない人は必要ないわ。離婚しましょう?」

「ま、待ってください!」

「じゃあ、お仕事よ」

 

 意識が戻った瞬間目に入った光景。

 それは恐怖の代名詞が完全に朔夜に弄ばれている様子だった。


「いいなぁ」

「何がです?」

「セシリオみたいな旦那」

「……妻に主導権を握られる?」

「そうそう、それでさ、朔夜を溺愛しているし、しっかりしなきゃいけないときはちゃんと朔夜のこと引っ張っていくよ? セシリオは」

 スペードは複雑そうな表情をする。

「セシリオって電波じゃなきゃすごくいい旦那だと思う」

「電波って?」

「なんか怪電波感知してどこに居ても朔夜のこと見つけるんだって」

「それは……探知機でも使っているのでは?」

「いや、そうじゃなくてさ。なんか出会った瞬間感じたとか本人言ってたし」

 いつだったかそう言ってたと告げればスペードも頷く。

「あれは昔からああです。よくわからないものを受信していました」

「へぇ。でもセシリオかっこいいよ。ホント。全世界のお父さんがんばれって感じ」

「お父さんですか?」

「うん。うちお父さんいないからさ、セシリオとかアラストルとかアルジズとかなんかお父さんってこんな感じかなってよく思う」

 親子連れを見ると羨ましいんだと言えば、スペードは黙って私を見る。

「どうしたの?」

「いえ、帰りましょうか」

「うん」

 ああ、またスペードの屋敷から出れないんだ。

 当分は行くあてもないし仕方が無い。

「そういえばさ、メルクーリオっていくつ? スペードもセシリオもウラーノも四百超えてるんでしょ?」

「さぁ? 師匠と同じか百くらい違うかくらいじゃないですか?」

「へぇ、じゃあスペードのパパとか千年くらい生きてるの?」

「確か三八〇年ほど前に消えました」

「……そ、そう」

 何も言えない。

「スペードは家族が恋しくないの」

「そう言った感情は四百年前に消えました」

「ふぅん」

 なんか悲しいな。

「痛覚だけが僕を、僕の存在を感じさせてくれる」

 スペードはぽつりと言う。

「そう」

「でも、今は……お前が僕が存在しているということを教えてくれます」

 久しぶりに見たスペードの真剣な表情。

「そっか」

「お前が僕の失った感情を戻してくれそうです」

「自力でがんばってよ」


 嘘。

 少しくらいなら手伝ってあげてもいいかな。

 なんて、思い始めてる。


 だって、スペードのこと。

 嫌いにはなれないから。

実は黒光りする生物、実物見たことありません。

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