と、いう小説
三日前、姉の紗季が死んだ。信号を渡った先にあるバス停へ行っている途中だったという。飲酒運転のトラックに轢かれ、その場で死亡が確認された。
僕は悲しかった。姉は家族のなかでも優秀で、容姿も淡麗。学力も申し分なく、国立大学への受験もしていた。そんな姉が亡くなってしまえば、家族の冷たい視線は僕に向けられた。「お前が死ねばよかったのに」。よくある話だ。僕から見ても、姉は素晴らしい人だった。当たり前の視線である。
ただ現実は変わらない。死んだのは姉で、生き残っているのが僕だ。家族がどれだけ悲しんでいても、僕を恨んでいても、姉は帰ってこない。姉は帰ってこないのだから、無駄だ。無駄なことをしてしまうのは姉に失礼だ。
そんな無駄な嘆きを家族がしていることに若干腹を立てながら、僕はまだ1ページも使っていないノートを右の引き出しから取り出した。そしてシャープペンシルを握った。せめて姉に喜ばれることをしようと思った。だから、姉と過ごした日々を思い出して書くことにした。タイトルは「姉」。シンプルだけれど、これでいい。
「姉」と、いう小説。僕はこの作品を書き上げるために過去の日々を思い出し始めた。
姉が僕よりはるかに優秀な人間であることを実感したのは、小学校4年生のときだった。僕の解けない算数の宿題をなんなく解いてしまう姉を見て、悔しいのと同時に、かっこいいと思った。そのとき姉は中学校3年生。解けて当たり前ではあるが、当時の僕にとっては衝撃をうけるほどの学力の差を見せつけられたなと感じた。そんな学力の差は中学校、高校とつきまとって、僕の足をじゅうぶんすぎるくらい引っ張った。
そして容姿。DNAは本当に仕事をしない。両親は整った顔立ちをしており、姉はその恩恵を受けた。さて僕はというと、パーツはそろっているはずなのにどこか情けない顔である。人それぞれだから深く考える必要なんてないのに、身近に姉のような人がいると対照的に見てしまってどうも自分が醜く見える。
姉と僕の差は歴然だろう?
そりゃ、家族も姉を贔屓するに決まっている。僕も、数ある人間の中でも姉だけは特別視していた。たぶんそれは、普通の特別視じゃない。まったく普通じゃない。
僕はいったん筆を止めて記憶をまた辿った。そういえば、姉の物をひとつ僕は持っている。なぜ忘れていたんだろう。姉が死ぬまでは、たくさんお世話になっていたのに。僕は左の引き出しを開けた。そこには「それ」以外のものは入っていない。汚したくないからであった。
それと出会ったのは中学1年生。そのときの僕は姉にたいして不思議な感情を抱いていた。まぁ今思えば確実に恋心なのだが、当時はずっと心臓がバクバクしていてなにかまずい病気でも患ったのではと焦っていた。そして僕は暴走を静かに始めた。
姉は見るたびに美しくなっていった。言動も、姉の考えも、すべて肯定したい。そして姉に気に入られたい。そう思った。そもそも姉は家族の落ちこぼれである僕に優しく接してくれた。
「おねぇちゃんだから、弟を可愛がるのは当たり前でしょ?あんた、普通に可愛いし」
さらっとそんなことを言ってしまう姉にさらに胸を躍らせた。優しく接してくれて、こんな姉、好きにならないわけない。姉だとしても。
よくないことなんて思わない。恋は変ではない。一般的には、変だと思うけれど。
話を戻したほうがいい。左の引き出しに入っていた「それ」と出会ったのはそんな姉への恋愛感情が爆発して手に入ったものだ。
姉の下着である。
これはよくない。姉に恋愛感情を抱くよりもはるかによくない。ただ姉が死ぬまで持ってしまっている。しかもこの下着を返そうとなんて思ったこともない。もしかしたら姉は下着が僕に盗まれたことに気づいているかもしれないけど、何も言ってこなかった。
だって、それを越える行為を僕はたくさんしてきた。まだまだある。
僕は下着を見て興奮したあと、さらにペンを強く握ってものすごいスピードで姉への愛を書いていく。
……ほっと一息ついた。我ながら良い設定ができたと思う。そうつぶやいて最後にタイトルを加える。いすにぐいーっともたれかかって背伸びをする。
三日前、愛してやまない弟を亡くした。紗季はたくさん泣いて泣いたあと決めた。
「弟」と、いう小説。それを書こうと。




