目覚めと自覚3
ラグナロクファンタジーでもアテムはガスターのことを信じていたし、ゲームを進めてボロボロになったガスターと再会した時、アテムは心から喜んでいた。
ラグナロクファンタジーAGAINではアテムが顔を綻ばせ、涙を流しながら彼を抱擁する場面は、感動的な部分としてムービーで映像化されていたほどだ。
それだけ制作陣、物語上のアテムにとって重要な出来事だったということだろう。
再会を果たした二人は一緒に邪神ペルグルスを倒すという約束をする。
しかし、さらにゲームを進めていくと、ガスターはアテムを裏切って身重となったヒロインに重傷を負わせるのだ。
両親、家族、国、国民を失っても必死に立ち上がり、ようやく得た新たな家族すらも失うという恐怖にアテムは絶望して怒り狂った。
その様子を見て勝ち誇ったように高笑いするガスターは、自らの正体がペルグルスの眷属かつ天光衆をまとめていることを明かし、アステリオン王国滅亡の切っ掛けを作ったこと。
そして、アテムの両親に止めを刺した張本人であることを告げるのだ。
『お前の両親は手強かったぞ。しかし、アルテナを人質にしたことで一気に片が付いた。なぶり殺しの血祭りにしてやったが、二人は最後の最期までお前とアルテナのことを案じていたぞ。まぁ、寂しくないようアルテナはすぐに後を追わせてやったがね。異教徒にも優しいだろ、私は』
ガスターが衝撃の事実をアテムに伝えるこの場面も、AGAINでは『映像化』されている。
前世でただゲームを楽しんでいる分には良かったけど、これから起こり得る未来だとなればたまったもんじゃない。
僕は深呼吸すると、決まりが悪そうに頬を掻いて母上の顔を見つめた。
「実は、誕生日会で倒れてからずっと夢を見ていたみたいなんです」
「夢……。どのような夢か、聞いてもいいですか?」
「申し訳ありません。夢を見たのは間違いないみたいなんですけど、今となってはその内容がよく思い出せないんです。ただ、とても長い夢を見ていた気がします。そして、その夢の中でガスターに激怒するような出来事があったような……なかったような」
困惑した様子を装って曖昧に答えると、母上は「そうですか」と自らの口元に手を当てた。
「……もしかすると夢の内容を忘れてしまったのは、私が魔法で眠らせてしまったせいかもしれませんね」
「え、そんなことがあるんですか?」
都合の良すぎる展開に首を傾げると、母上はこくりと頷いた。
「魔法で眠るのは普通に寝るのと少し違います。前後の記憶がおぼろげになることはよくあることです。目覚めて間もない状況にも関わらず、魔法で再び眠りについてしまったから記憶が曖昧になってしまったのでしょう。ごめんなさいね、アテム」
「いえ、母上が謝ることではありません。僕が寝ぼけてガスターに襲いかかったのが悪いんです。彼にはしっかり謝罪したいと思います」
「まぁ……」
僕が会釈して顔を上げると、母上は目を丸くしていた。
「あの、どうかされましたか?」
「ふふ、貴方の口から『謝罪したい』なんて言葉が出ると思いませんでした。誕生日前に行った三女神様へのお祈りのおかげかしら」
「あ、あはは。そうですね、僕も十歳になりましたから、今後は心を入れ替えて頑張ろうと思った次第です」
誤魔化すように頭の後ろに手を置いて笑うと、母上は目を細めてその場を立った。
「母上……?」
「陛下とアルテナを呼んできます。二人とも、貴方のことを案じていましたからね。貴方はベッドで休んでいなさい」
「はい、畏まりました」
母上が退室して扉の閉まる音が聞こえると、僕はほっと胸を撫で下ろした。
「……まさか廊下に声が漏れているなんて思わなかったな。次から気をつけよう」
戒めるように呟くと、僕は母上に言われたとおりにベッドで横になって父上達がくるのを待った。
◇
「おぉ、アテム。目を覚ましたようだな」
「もう、お兄様。あんまり心配させないでよね」
母上に連れられて部屋に入ってきた父上は豪快な声を轟かせ、アルテナは肩を竦めて深いため息を吐いた。
なお、妹の専属メイドことリシアも部屋の扉近くで控えている。
アルテナの言葉に「あはは……」と苦笑しながら頬を掻くと、ベッド上で正座して威儀を正した。
僕が真面目な表情を浮かべて皆を見渡すと、部屋がどことなく畏まった雰囲気に包まれる。
「父上、この度は誕生会という公の場で皆にいらぬ心配と不安を与えたこと。そして、父上の剣を奪い、あまつさえガスターに襲いかかってしまったことを深くお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした」
「う、うむ……?」
深々と頭を下げると、父上は困惑した様子で相槌を打った。
僕は顔を上げると、次いでアルテナに体を向ける。
きょとんとして目を丸くしていた彼女だったが、僕と目が合うとびくりと体を震わせた。
「アルテナにも心配を掛けてしまったね。本当にごめん」
「お、お兄様? 急に改まってどうしたのよ」
僕が微笑み掛けると、何故かアルテナは真っ青になってたじろいでしまう。
でも、彼女はハッとして「あ、わかったわ」としたり顔を浮かべて人差し指を向けてきた。
「これ、お兄様の新しい悪戯ね。素直でよい子になったフリをして、私達を揶揄おうっていう魂胆なんだわ」
「おぉ、そういうことか。なるほど、危うく私も騙されるところだったぞ」
父上が合点がいった様子で深く頷くが、僕は「あはは……」と頬を掻きながら苦笑した。
「そう、ですよね。悪戯王子と評されていた僕です。急にこんなことを言っても信じられませんよね……」
アテムがした数々の悪戯を思い返せば、父上とアルテナの反応は至極当然だ。
ちょっと寂しくなってしゅんと肩を落とすと、二人の顔から血の気が引いていった。
「え、ちょっと待って。お兄様、まさか本気で謝ってくれたの? 悪戯じゃなくて?」
「アテム。まさか、今のは本当に心からの言葉だったのか?」
「……はい」
小っ恥ずかしさから頷いて俯くと、父上とアルテナはゆっくりと顔を見合わせる。
そして、少し間を置いてから目を丸くして身を乗り出した。
「え、えぇえええええ⁉ 本当に、本気で謝ってくれたの? どんな酷い悪戯をしても一切悪びれないお兄様が⁉」
「ど、どうしたのだ、アテム。まるで人が変わったようだぞ」
父上は僕の両肩を掴むと、目と鼻の先までぐいっと顔を寄せてきた。
勇ましくて逞しい父上だけど、さすがにここまで間近に迫ると怖い。
おまけに『まるで人が変わったようだ』というのは、前世の記憶を取り戻して新しい人格の『アテム』となった僕には言い得て妙だ。
胸がぎくりとして、つい目が泳いでしまう。
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