目覚めと自覚
「……やってしまった」
自室のベッドで再び目を覚ました僕は、上半身を起こして頭を抱えながら真っ青になっていた。
いくら未来で国家転覆を謀る元凶だとしても、今のガスターはこの国を支える重鎮だ。
父上や母上をはじめ、皆の信頼を得ているから、彼を断罪にするには相応の理由がいる。
『前世の記憶が蘇りました。あいつは国家転覆を謀る悪者です』……仮にそう言ったところで、誰が信じてくれるだろうか。
特に僕は悪戯王子として有名だから『また虚言だ、悪戯だ』と、呆れられて終わることは目に見えている。
ガスターは城内の信頼を得ていることに加えて、ゲームではラスボス手前でようやく倒せるほどの手練れだ。
今の僕が繰り出す剣の刺突程度で倒せるとは思えない。
よしんば倒せたとしても、アステリオン王国滅亡の根本的な解決にならないだろう。
「だけど、前世の記憶で知り得たアステリオン王国滅亡と家族離散の未来。その悲しみと怒りで我を忘れてあんなことをするなんて、思わなかったな……」
今は落ち着いたけど、清水一平の記憶でアステリオン王国滅亡の未来を知り得た時、僕は心の底から激昂し、強い感情に飲み込まれた。
あれだけ強い感情が引き出されたのは、間違いなく僕の中にあったアステリオン王国と家族を大切に想っていたことが根本にあったからだろう。
もしかすると、僕は『清水一平の転生』というよりも『アテム・アステリオンが清水一平の前世を取り戻した』と評した方が正しいのかもしれないな。
どちらにせよ、僕がアテム・アステリオンと清水一平の記憶が混ざった人格であることは変わりはないけどね。
「まぁ、それはそれとして……」
僕は深いため息を吐くと、そのままベッドに仰向けで寝転んだ。
「ガスターは強敵だけど『邪神ペルグルス』の配下であり眷属に過ぎないもんなぁ。仮にガスターを倒せたところで、別の配下と眷属がアステリオン王国を滅亡に追いやるはずだ。むしろ、もっと過激な動きをしてくるかもしれないな」
頭の後ろで両手を組むと、天井を見つめながら記憶を思い出すように思考を巡らせた。
ラグナロクファンタジーに出てくるラスボスこと『邪神ペルグルス』は、この世界を生み出した『神々の戦い【ラグナロク】』で神界から追いやられ、僕達が生きているこの地上に封印された『神』だ。
追いやられて封印された……まるで大した神じゃないように聞こえるけど、決してそんなことはない。
ペルグルスはその身一つで神界に存在した神々を相手取り、ほぼ全ての神を抹殺するか取り込むことで神界を恐怖のどん底にたたき落とし、支配目前まで迫った神だ。
でも、ペルグルスも一人で全ての神々を相手したことで傷つき、消耗していた。
その隙を突いて深手を負わせたのが、地上で女神信仰として奉られている長女ルテラス、次女イナンナ、三女セレーネという三女神の姉妹だ。
彼女達と生き残っていた神々が決死かつ捨て身の攻撃をしたことで、ペルグルスは深手を負わされて神界から地上に敗走。
最後は彼を地上まで追ってきた長女ルテラスと次女イナンナによって封印されたという。
見方を変えれば、敗走させるほどの深傷を負わせていても封印するのがやっとだった、ということでもある。
地上に封印されたペルグルスだが、傷が癒えれば封印を自力で解くことが可能らしく、今も少しずつ傷を回復させているはずだ。
ペルグルスを追ってきた女神ルテラスとイナンナも、いずれ封印が解けることを把握していたが、彼女達にはもう神界に戻る力も、ペルグルスに止めを刺す力も残っていなかったらしい。
長女のルテラスは、復活するであろうペルグルスに対抗できるようにと、人と交わることで女神の血と力を紡ぎ、討伐を未来に託すという選択をした。
次女のイナンナは、女神の血と力があっても人の作りだした武具では神を殺傷できないとし、自らの姿を複数の武具に変える選択をした。
三女のセレーネは、唯一生き残った神界に存在する神だ。
彼女は神々の戦いで傷ついた神界を修繕しつつ、姉達が託した未来を見守り、全てを司る者として地上の人々を導く役目を担う選択をした。
ラグナロクファンタジーでは、これらのことが起きたのは今から千年以上も昔のことだとされている。
そして、僕が生まれたアステリオン王国は、次女イナンナが姿を変えたという『剣』を代々受け継ぎ守る役目を与えられた存在だ。
「……だからこそ、ゲーム冒頭でペルグルス復活を目論むガスターこと、天光衆を国教とするレクサンド帝国に滅ぼされるんだよね」
考えをまとめるべく、僕は小声で呟いた。
天光衆とは、僕が生まれたぐらい、今から約十年前にレクサンド帝国で国教とされた宗教だ。
この世界で最も一般的な三女神信仰を邪教とし、ペルグルスのみを唯一無二の神と崇めている。
当然、天光衆はペルグルスの息が掛かった集団だ。
大臣のガスターも表向きは三女神を信仰しているけど、本当はペルグルスを唯一無二の神として崇める天光衆の一員なんだよね。
それもペルグルスから力を与えられた特別な『神将』と呼ばれる眷属で、最上位に席を置いている。
「結局のところ、アステリオン王国と皆を救うためには邪神ペルグルスをどうにかするしかない。でも、それは現段階だと不可能だし、どうにもならないんだよなぁ」
僕は深呼吸をすると、息を吐いてがっくり俯いた。
ラグナロクファンタジーでは『神を倒せるのは神の力を持った者のみ』という設定がある。
アステリオン王国の王家は女神の血を引いておらず、神の力を持っていないのだ。
古いご先祖様に女神の血筋はいたかもしれないけど、千年で血が薄まりすぎたのかもしれない。
ゲームの知識通りなら、ガスターのような神の眷属を倒すことはできるけど、僕は邪神ペルグルスを倒す力を持てないのだ。
一応、女神の血を引いていなくても次女イナンナが姿を変えたという剣を振るうことはできる。
ただ、剣に眠る神の力を発揮することはできない。
じゃあ、ラグナロクファンタジーでは、どうやってペルグルスを倒したのか。
実は今から約十年後に生まれてくる僕の子供が女神の血を引き、神の力を発現させるのだ。
僕は女神の血や力を持っていないけど、いずれ妻となる女性が女神の血筋であり、神の力をその身に宿しているらしい。
ゲームだと、妻になってくれる女性は三人いたんだよね。
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