転生
───誕生会翌日。
「僕の前世、すっごいまぬけじゃないか」
昨日、10歳の誕生日を迎えた僕こと『アテム・アステリオン』は自室のベッドで目を覚ましたが、前世の自分らしい『清水一平』がやらかした愚行に呆れ果て、青ざめていた。
十連休のうち約九日もの間、ほぼ不眠不休でゲームをした挙げ句、毎日エナドリを浴びるように飲み続ければ『カフェイン中毒』になるのは想像に難くない。
眠る前に襲われた激しい頭痛と吐き気は、冷静に思い返せばネットで知ったカフェイン中毒の症状そのもの。
おまけに、頭痛の対抗策として『痛み止め』も服用していたようだ。
「……そりゃ、死ぬよ」
僕は深いため息を吐くと、ベッドから降りて鏡台の前に立って自分の顔と手足を見やった。
「それにしても転生か。本当にこんなことってあるんだな」
十歳になった僕、アテム・アステリオン。
浅葱色の少し癖のある髪、大きくぱっちりした優しい目付きをし、目には赤紫色の瞳が浮かんでいる。
身長はちょっと小柄っぽいが、幼い男の子なんてこんなものだろう。
何はともあれ、将来が約束された容姿端麗であることは疑いようがない。
前世でこの見た目なら、モデルや役者になれたろうに。
いや、動画作成して巨万の富を得られたかもしれない。
「まぁ、今の世界に『動画』なんて存在しないけどね」
自嘲気味に肩を竦めると、自分の掌を見つめながら今までの経緯を思い返していく。
前世の記憶を思い出したのは昨日の夜、誕生会に用意されたケーキに挿された十本の蝋燭に灯された明かりを吹き消した時だ。
突然、別世界の日本という国で約三十三年の歳月を過ごした『清水一平』の記憶が蘇った。
頭が割れそうな頭痛と吐き気に襲われたことまでは覚えているが、その後の記憶は曖昧だ。
誰かと話したような気もするけど、いまいち思い出せない。
ベッドで寝ていたことから察するに、会場で意識を失い倒れて自室に運び込まれた……というところだろう。
気を失っている間に、アテムと清水一平の記憶と人格は完全に交ざり合ったらしい。
今の僕はアテムという自己認識を持ちつつも、前世は間違いなく清水一平だったという確信がある。
違和感はないけど、アテムとも清水一平とも違う別人格になったみたい。
とても不思議な感覚だ。
「あら、お兄様。もう起きてたのね」
可愛らしくもツンとした声にハッとして振り向けば、扉の前には格式ある服装の少女とメイドが立っていた。
少女は背丈が僕よりも低く、顔付きからして同じ年頃っぽい。
少し癖のある紺色の長髪、鋭い目付きに浮かぶ灰色の瞳からは可愛らしくも勝ち気な性格が伺えた。
メイドはフリルの付いたカチューシャを頭に付け、黒紫の髪を後ろでまとめている。
ぱっちりとして目尻が上がった目付きには水色の瞳が浮かび、姿勢の良い凜とした出で立ちにはどこか磨き上げられた刀剣のような美しさがあった。
「はぁ、お兄様の悪戯好きにも困ったものだわ。あんまり度が過ぎると、お父様だけじゃなくてお母様もお怒りになるわよ」
少女が肩を竦めて呆れたように吐き捨てるが、僕は上手く言葉が出てこなくて首を捻ってしまった。
記憶と人格が混ざり合った影響か、二人とも見覚えがあるはずなのに名前が出てこない。
「えっと、お兄様って僕のこと……だよね?」
「はぁ⁉ それは悪戯にしても度が過ぎるわよ、お兄様」
少女の勝ち気な声が怒号となって響くなか、僕はバツが悪くなって頬を掻いた。
「ご、ごめんね。ちょっと倒れて頭の中が混乱しているというか……」
「え、ちょっと待って。お兄様、今なんて言ったの?」
「え、だからごめんねって」
「お兄様が謝った、ですって⁉ リシア、貴女も聞いたわよね」
目を大きく見開いた少女は、隣に控えていたメイドを見やった。
「はい、アルテナ様。私を含めたメイド達の服に日常的に蛇を入れ、調理場の砂糖を塩と入れ替えたりという悪戯をしても謝らなかったアテム様が、たったいま自ら進んで謝罪の言葉を仰られました。恐れながら明日は狂い雪か大雨が降るやもしれません」
「あ、あはは……」
言われてアテムの記憶が蘇る。
確かに、僕ってそんなことばかりしてたなぁ。
「アルテナ様、アテム様は突然倒れられたのです。もしかすると、本当に混乱しているのかもしれません」
「……そうね、お兄様が謝るなんてただ事じゃないわ。すぐに父上と母上を呼びにいきましょう」
「畏まりました。オルガ様とミリーナ様は執務室に居られると存じます」
リシアが答えると、アルテナは「わかったわ」と頷いてこちらを見やった。
「お兄様、ベッドでちゃんと横になっているのよ。すぐに皆を呼んでくるから」
「う、うん。ありがとう」
「な……⁉ お礼まで言うなんて、本当にこれは重傷だわ。リシア、急ぐわよ」
「はい、承知しました」
目を丸くしたアルテナとリシアが踵を返して退室。
部屋で再び一人となったその時、ふと脳裏に違和感が走る。
「オルガ、ミリーナ。妹のアルテナ、そして僕がアテム・アステリオン……」
聞き覚えのある不穏な言葉を呟いたその時、脳裏に雷鳴が轟いて閃光が走った。
頭の中がぐわんとかき混ぜられた感覚に陥り、目眩と吐き気に襲われて溜まらず口を押さえて両膝を突いてしまう。
「うぐ……⁉」
僕、アテム・アステリオン。
妹、アルテナ・アステリオン。
父、オルガ・アステリオン。
母、ミリーナ・アステリオン。
そうだ、僕は全て知っている。
ふらつきながら立ち上がると、鏡台の前に立って自分の姿を見つめて確信した。
「……間違いない、僕は『ラグナロクファンタジー』の悪戯王子と呼ばれていたアテム・アステリオンに転生してしまったんだ」
ラグナロクファンタジーにおける主人公アテム・アステリオン。
ゲームが始まる時、アテムは16歳だ。
でも、幼少期の頃を知るNPCは、誰も彼もが口を揃えてアテムの幼少期を『とんでもない悪戯王子だった』と称していた。
メイド達の服に蛇や昆虫を入れる。
厨房の調味料の中身を入れ替える。
学業の先生を落とし穴に引っかけて放置する。
騎士達が履く具足の中に馬糞を入れる。
行った悪戯を挙げればきりがない。
おまけに悪戯しても謝罪することはなくて、『引っかかった方が悪い』と開き直るほどの悪戯王子ぶりだったという。
実際、僕には数限りない悪戯を行った記憶がある。
アテムはゲーム開始時は格好いい青年だったけど、子供の頃って最悪の王子だ。
そりゃ、僕が謝ったことをアルテナやリシアが驚くわけだよ。
ため息を吐いたその時、外からけたたましい足音が聞こえて部屋の扉が開かれた。
「どうした、アテムは無事か⁉」
「アテム、大丈夫ですか⁉」
勇ましく雄々しい声と透き通った優しい声が聞こえ、顔を上げればそこには僕の両親が血相を変えていた。
勇ましく雄々しい声を発したのは、父オルガ・アステリオン。
癖のある紺色の髪を立たせ、眼力のある目には赤紫の瞳が浮かんでいる。
アステリオン王国の現王だけど、戦士のような逞しさを持ち合わせた自慢の父親であり、僕が目標とする賢王だ。
透き通った優しい声を発したのは、母ミリーナ・アステリオン。
さらっとした浅葱色の長髪を毛先でまとめ、鋭くも優しい目付きには灰色の瞳が浮かんでいる。
アステリオン王国の王妃にして、王を裏で支える存在だ。
怒ると父上よりも怖いけど、僕が誰よりも大好きで甘えられる賢母だ。
「父上、母上、アルテナ……」
家族の姿を目の当たりにした瞬間、僕は再び激しい頭痛と吐き気に襲われてしまう。
「う……⁉」
たまらずその場に両膝を突き、口元を手で押さえると脳裏で『ラグナロクファンタジーAGAIN』の冒頭場面が呼び起こされていく。
アステリオン王国の国民達が街の中で明るい笑い声を発している様子に暗雲が差し込み、ゲーム冒頭で平和な日々は唐突に終わりを告げる。
天光衆【てんこうしゅう】という一神教の新興宗教を掲げる神聖レクサンド帝国が、魔獣を従えた大軍勢でアステリオン王国に攻め入った。
今から、約六年後に起こりえる未来だ。
少しでも面白い、続きが読みたいと思いましたら、
ブックマークや高評価を頂ければ幸いです!




