決着
「残念ですが、やはり『焔斬り』を会得できなかったようですね」
「勝負のあやは最後までわからないだろ。はぁああああああ」
掛け声を発しながらグレイとの間合いが詰まっていくと、周囲の観客達からどよめきが起きた。
「お、おい。あれ……」
「ま、まさか……」
「焔だ……アテム様の木剣に焔が迸っているぞ⁉」
「す、すごいです。アテム様」
給仕の男性達、兵士達、メイド達が僕の木剣に注目している。
全身から魔力らしき力が溢れ、木剣に流れていくのを感じた。
これならいけるはずだ。
「そ、そんな。本当に、本当に『焔斬り』を会得されたというのですか⁉ まさか、これも手の込んだ悪戯……⁉」
グレイは驚きながら木剣を構えるが、その言葉に反応して僕の脳裏でカチンとした音が響き渡った。
同時に僕の感情に呼応してか、木剣に宿る焔の勢いが上がる。
「悪戯王子の悪戯だと疑うなら、真っ向から受けてその目で確かめろ。これが僕の『焔斬り』だぁあああああ」
「く……⁉」
焔を纏った木剣を力一杯振り下ろすと、グレイも咄嗟に『焔斬り』を発動して受け止めた。
焔斬り同士がぶつかり合って鍔迫り合いになると、僕達を中心にした熱波が突風となって訓練場に吹き荒れて野次馬から歓声が上がる。
「これは本物の焔斬り……⁉」
グレイは間近に迫る木剣に目を大きく見開いている。
僕は目付きを鋭くして彼の目を見据えて凄んで手と足に力を入れて押し込んだ。
「言ったはずだよ、グレイ。君には僕の専属護衛になってもらうってね。だから、僕が諦めることを諦めろぉおおおお」
「焔の勢いがさらに強く……⁉」
僕の木剣に宿った『焔』が燃え盛り、グレイの焔を飲み込んで火柱が立ち上がる。
その出来事に彼がほんの少しだけど、怯んで腰が引けた。
「ここだぁああああああ」
「な……⁉」
ほんの一瞬の隙を突き、僕は体の奥に残っている魔力を焔斬りに全て注いだ。
木剣に宿る焔はさらに激しく燃え盛り、グレイの木剣に罅が入って砕け散った。
「やった……⁉ この勝負は僕の勝ちだ」
目の前で起きた出来事にほっとして集中が切れ、全身の力が抜ける。
「……⁉ アテム様、まだ気を抜いてはいけません」
「え……?」
グレイの呼びかけにきょとんとしたその時、僕の木剣に宿っていた焔が意図せず燃え上がる。
「な、なんだ。魔力の流れが、制御が効かない……⁉」
「アテム様、失礼します」
困惑しているとグレイは僕の木剣を奪い取って、空高く放り投げた。
呆気に取られていると、彼は空を背にして僕を守るように抱きかかえると周囲に向けて叫んだ。
「皆、耳を塞いで伏せろ。爆発するぞ」
「え、えぇ⁉」
周囲を取り囲んでいた兵士、給仕、メイド達はハッとしてすぐさま耳を塞いでその場に伏せた。
それから間もなく訓練場の上空で閃光が煌めき、爆音と爆風が地上に吹き荒れる。
「ぐ……⁉」
「だ、大丈夫……?」
グレイが僕を抱きしめたまま歯を食いしばり、小さく唸った。
爆音と爆風は一瞬で止むが、訓練場は爆風で舞い上がった砂煙で覆われている。
彼は周囲を見渡して安全を確認すると、僕を腕の中から解放してにこりと微笑んだ。
「えぇ、大丈夫です。それよりもアテム様の『焔斬り』はとても素晴らしいものでございました」
「本当⁉ じゃあ、約束通りに専属護衛になってくれるかな」
「はい。喜んでお引き受けいたします」
目をきらきらさせて尋ねると、彼はこくりと頷いて僕の前に片膝を突いて畏まった。
「このグレイ・フロスト。身命を賭してアテム・アステリオン様に忠誠を尽くすことをお誓い申し上げます」
宣誓をして頭を深く下げてくれたけど、僕の脳裏に『ラグナロクファンタジーAGAIN』において自ら囮となってくれた時の姿。
そして、ガスターの手引きとペルグルスの力によって『生ける屍』とされ、最終決戦を前に僕達の前に敵として現れた彼の姿が蘇る。
『アテム様。私の屍を超えてください』
ゲームのラストダンジョンでグレイはこう呟き、僕と対峙することになるのだ。
その後、止むなく彼を倒すと『ご立派になられました……』と言い残し、塵となって彼は消えていく。
ラグナロクファンタジーは『誰の一生にも苦難と喜び。そして、旅立ちと愛がある』というキャッチコピーの通り、重厚な物語が人気の一つだった。
でも、その結果として主人公である僕こと『アテム・アステリオン』の周囲では不幸な出来事が非常に多い。
だからこそ『喜び』と『愛』がゲーム内で感動を呼んだわけだけど、これからの起こり得る未来だと考えると、やっぱりたまったもんじゃない。
僕は深呼吸すると、「ありがとう」と切り出し、彼に顔を上げてもらった。
「でも、グレイ。一つだけ約束してくれないかな」
「はい、何でしょうか?」
「身命を賭して、と言ってくれたけど死ぬことは許さないよ。僕の専属護衛となる以上、必ず生き抜いて守ることを信条にしてほしい。約束してもらえるかな」
目を真っ直ぐに見据えて告げると、グレイは驚いた様子で目を瞬いた。
「……アテム様は本当に変わられましたね。畏まりました。必ず生き抜き、アテム様をお守りすると誓います」
「うん、約束だよ」
彼と指切りをしたその時、「さっきの爆発は何事だ⁉」と聞き慣れた声の怒号が轟いた。
ハッとして見やれば周囲を囲んでいた兵士、給仕、メイド達が畏まって道を開き、その道を威風堂々、颯爽とした足取りで父上がやってくる。
「父上……⁉」
僕がたじろいでいると、父上はこちらにやってきて僕とグレイを交互に見やって顔を顰めた。
「先程の爆発。まさか、アテムの悪戯か」
「ち、違います。父上と母上に言われたとおり、グレイに僕の専属護衛になってほしいとお願いしていたんです」
「ほう。しかし、何がどうしてそれで爆発が起きたのだ」
父上は何やら感心した様子で相槌を打つと、グレイを見やった。
「恐れながら申し上げます。アテム様からの申し出を当初、私【わたくし】が辞退してしまったことが事の始まりでございます」
「よかろう。詳しく話してみよ」
父上がそう言うと、グレイはこれまでの流れを事細かに語りはじめる。
そして、証人はここにいる兵士、給仕、メイド達であると告げた。
「……つまり、先程の爆発はアテムの焔斬りが暴走した結果ということだな」
父上が聞き返すと、グレイはこくりと頷いた。
「はい、左様でございます。すべてはアテム様が『焔斬り』を会得できるはずがないとし、無理をさせた私【わたくし】の責任でございます。どうか罰するなら私【わたくし】にお願いいたします」
グレイは畏まって頭を下げる。
僕はぎょっとして慌てて頭を振った。
「そんなこと僕は求めてない。そもそも『焔斬り』が扱えるかどうかは賭けだったんだ。父上、グレイに責任はありませんし、彼は僕の専属護衛となりました。罰を与えるなら僕に与えてください」
「……よかろう。では、アテムに罰を与える」
父上はこちらに近寄ると、僕を正面から抱擁して持ち上げた。
「え……?」
「幼くして『焔斬り』を会得した事実。 そして、グレイを庇うその心がけは実に素晴らしい。 父として実に感動した。従って、罰は俺の『ひげ』だ」
「ひ、ひげ……?」
意図が分からず首を傾げると、父上はにやりと笑って僕の頬に髭を押しつけ、すりすりしてきた。
次の瞬間、頬がちくちくした感触に襲われ、あまりの気持ち悪さに怖気が全身を駆け巡る。
「アテム。よくぞ言った。そして、よくぞやり遂げた。父は嬉しい、嬉しいぞ」
「ぎゃあああああ⁉ ち、父上、やめて、やめてぇえええええ」
僕は全身全霊で拒絶し、悲痛な叫び声を轟かせた。
「あぁ、悪戯好きだったアテムが変わり始めたんですね」
「オルガ様、さぞ嬉しいでしょうね」
「アテム様もオルガ様に褒められ、内心では喜んでいるのでしょう」
「なんて尊い父子愛なのでしょう」
「こんな光景、二度とお目にかかれないぞ」
「俺、感動しちゃった」
訓練場の周囲に集まった人達、間近にいるグレイでさえ、愛情溢れる父子のやり取りだと思ったらしい。
誰も彼もが微笑ましい眼差しを僕に送り、中には目を潤ませ、涙が頬伝っている。
いや、そりゃ端から見れば微笑ましいかもしれないけどさ。
今の僕は前世とアテムの記憶が混じって、精神年齢は大人と変わらないんだ。
親子の愛だとしても、これはきつい。
きつすぎる。
「やめてください、父上。やめて、やめてぇえええええ」
「嬉しいぞ、アテムぅうううう」
僕と父上の声が訓練場に再び響き渡ると、何故かグレイが手を叩いて拍手をはじめる。
その拍手は周囲の皆に伝播し、拍手の渦の中で僕の悲痛な叫びと父上の感極まった声が訓練場に暫く轟くのであった。
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