アテムの挑戦
「もちろんだよ。ただ、グレイには少し手伝ってもらいたいけどね」
「私が手伝ったところで、セレーネ様の祝福を受けておられないアテム様が焔斬りを会得できるとは思えません。悪戯にできぬことを口にすることはおやめください」
「なんだい、グレイ。君は行動で示せと言ったのに、いざとなれば口八丁で煙に巻くつもりなのかな」
目を細めながら挑発するように問いかけると、彼はむっとして眉間に皺が寄る。
「……可能性が限りなくゼロの無謀な挑戦だと申し上げているまで。途中で諦めることが目に見えております。決して、口八丁で煙に巻いたつもりはございません」
「じゃあ、僕の挑戦を受けてよ。今日中に『焔斬り』を会得できなければ、専属護衛のお願いも諦めるからさ」
何だか、挑発するような言い方が性に合っているような気がしてならない。
やっぱり、僕ってアテムなんだな。
真っ直ぐにグレイの目に浮かぶ水色の瞳を見据えていると、彼は根負けした様子でため息を吐いた。
「畏まりました。そこまで仰るのであれば挑戦を受けましょう」
「はは、言ったね。じゃあ、約束の指切りをしようよ」
「指切りですか……?」
僕は白い歯を見せて小指を差し出すと、グレイは少し困惑した様子で恐る恐る僕と小指をからめて指切りをする。
「よし、これで決まりだね」
「まぁ、お好きになさってください。それで、私は何をお手伝いしたらよろしいのでしょうか。剣の振り方をお伝えすればよいので?」
「基本も重要だけど、いまは時間が惜しいからね」
僕はそう告げると、訓練場の隅に置いてあった木剣を二本手に取った。
次いで、グレイに振り返ると一本を投げ渡す。
「……これで何をするおつもりですか?」
木剣を受け取ったグレイは眉をひそめて訝しむが、僕はにこりと微笑んだ。
「訓練場で木剣を持ってすることと言えば、これに決まっているでしょ」
そう告げるや否や、僕はグレイに突進して木剣を力いっぱいに振るった。
訓練場に木がぶつかり合う乾いた音が響き渡る。
「こんなことをして本当に『焔斬り』を習得可能とお考えなのですか」
グレイは僕の振るった斬撃を木剣で軽く受け、やれやれと頭を振ってため息を吐いた。
「あぁ、そのとおりだよ。丸一日は付き合ってもらうからね」
「丸一日ですか。やる気があるのは結構ですが、できないことは言わないほうがよろしいかと存じます」
「できると思っているからやるんだよ」
僕は声を張り上げると、何度も木剣を振るって彼に斬撃を繰り出していく。
グレイは呆れているようだけど、当然勝算はある。
ラグナロクファンタジーは職業【ジョブ】を通して様々な『魔法』や『特技』を覚えることができるけど、それとは別にキャラクターがレベルアップで自力習得する魔法や特技も存在する。
僕がグレイに習得を提示した『焔斬り』は、アテムが低レベルで覚える特技の一つだ。
この世界でレベルアップがどんな条件で行われるのか。
そもそも、レベルが存在するのかはわからない。
だけど、何にせよ高レベルであろう強さを持つグレイに打ち込みを続ければ経験は得られる。
おそらく、丸一日彼に打ち込みを続ければ『焔斬り』を習得できるはずだ。
いや、習得してみせる。
それから訓練場では、僕がグレイに木剣を打ち込み続ける乾いた音が止むことなく響き続けた。
◇
「……アテム様。もう止めにしましょう」
「まだだ、まだ止めないよ。それに言うだろ、出来るかどうか分からない時は、出来ると思って努力しろってね」
呆れ顔のグレイが肩をすくめた。ずっと打ち込みを続けているのに彼は汗一つなく、息も乱れず、涼しい顔をしている。
一方、僕は口では強がったけど全身汗びっしょりで、息をする度に肩が上がっている状態だ。
訓練を開始して結構な時間も経過した。
日は傾いて夕暮れになりつつあるし、僕とグレイしかいなかった訓練場に城内で働く給仕や兵士達に囲まれている。
「アテム様がグレイ様にここまで打ち込むなんて……」
「グレイの奴、アテム様の悪戯を防いで怒らせたのか」
「いや、どちらかといえばアテム様がグレイに挑戦しているように見えるが……」
「何にせよ、朝に打ち込みを始めてもう夕暮れだぞ。アテム様は何を考えているんだ」
メイド達は心配そうにこちらを見つめ、兵士達は僕とグレイを交互に見て訝しみ、給仕の男性達は怪訝な表情で赤く染まりつつある空を見上げた。
丸一日という約束だから、日が沈んでも挑戦することはできる。
「ぐ……⁉」
ふいに足の力が抜けてふらつき、思わず片膝を突いてしまった。
ただし、それは体力が続けばの話だ。
悪戯をして走り回っていたから、体力には少し自信があったんだけどな。
ちょっと甘かった。
木剣を支えにしてゆらりと立ち上がると、周囲からどよめきが起きる。
でも、グレイはため息を吐いて頭を振った。
「アテム様、体力も尽きておられるではありませんか。このまま続けても『焔斬り』は習得できません。どうか諦めてください」
「……いやだね。絶対」
僕は木剣を構え、グレイを真っ直ぐに見据えた。
「諦めたら、そこで全てが終わってしまうじゃないか。『諦めたら、そこで試合終了だよ』って、有名な言葉を知らないのかい?」
「初耳です。良い言葉とは思いますが『人生、諦めが肝心。諦めは心の養生』とも申します。アテム様の専属護衛は私でなくても務まるでしょう。ここまでする必要はないかと存じます」
「残念だけど、そういう訳にいかないのさ」
僕はちらりと周囲にいる皆を見やった。
アステリオン王国滅亡を防ぎ、ここにいる皆が破滅する未来を変えるためにも、ここで妥協は一切許されない。
『人生、諦めが肝心。諦めは心の養生』
じゃあ、諦めたら国の滅亡が防げるのか。
皆が平穏無事に過ごせるのか。
父上や母上、アルテナの未来は明るくなるのか。
諦めたら、僕の心は休まるのか。
答えは否。
断じて否だ。
家族を救い、国を救い、邪神ペルグルスを倒さなければ僕の心は安まらないし、バッドエンドなんて冗談じゃない。
目指すは皆でハッピーエンドのエンディングを迎える……それが僕の『ラグナロクファンタジー』で到達すべき終着点なんだから。
幸い、『ラグナロクファンタジー』は前世の僕がやり尽くしたゲームだ
僕が『悪戯王子』だろうがなんだろうが、国と家族を滅ばされるなんてまっぴら御免だ。
諦めるのは死ぬときだけ……それまで全力で抗ってみせる。
「……そうですか。では、私もアテム様の決意に応じましょう」
グレイはそう呟くと、僕の目の前から消えた。
「あれ……⁉」
目を瞬いたその時、背筋がぞくりとする。
「どこを見ておられるのです。後ろですよ、アテム様」
背後から声が聞こえ、木剣の風を切る音が聞こえてきた。
僕は咄嗟に振り返りながらグレイの斬撃を木剣で受けるが、勢いに負けてそのまま吹き飛ばされてしまう。
「ぐあ……⁉」
僕は受け身をとりながら訓練場をぐるぐると激しく転がった。
止まった時には、全身に強い痛みが走る。
口の中では鉄の味がじんわり広がって、砂のじゃりっとした感覚に襲われた。
「アテム様⁉」
「ご無事ですか⁉」
「グレイ、これはいくらなんでもやり過ぎだぞ」
周囲にいたメイドと給仕の男性がこちらに駆け寄ってくる足音。
そして、兵士がグレイに向けて怒号を発したのが聞こえた。
僕は咄嗟に顔を上げ、凄みながら叫んだ。
「誰も来るな。これは僕がグレイに挑戦しているんだ。グレイに反撃するなとは言ってないし、こんな怪我も承知の上だ」
「あ、アテム様……」
メイド、給仕の男性、兵士達。この場にいる誰もが目を丸くしている。
僕はそんなことを気にせず、砂だらけになった上着を脱ぎ捨てた。
少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
ブックマークや高評価を頂ければ幸いです!




