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【完結】学校をサボって駅に行ったら隣のクラスの男子がいたけど、恋ははじまらない(友達になった)  作者: 奏ゆう


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6 そして、月曜日。さらには卒業



 土曜日の私の無断欠席は、風邪で病欠という処理がされていた。月曜に担任に、そう訊ねられたのだ。担任はいちおう家に電話を入れたらしい。誰も出なかったのは、病院に行っていたからだろうと。そういうことにしたい先生に、私は逆らわなかった。

 受験も近いからしかたない。この期に及んでサボりなどと、担任としては許せるものでもないのだろう。

 べつにいい。真実は、私が知っていればいい。誰にも詳細を話す気はない。私があの日、なにをしていたか。なにを考えたか。

 親は、私の不登校を知らなかった。わざわざ波風たてることもないので、黙ったままでいる。

 ちなみに兄の受験はすでに終了し、私といっしょにテレビを視ていたりもする。余裕めいた私の様子に母はため息をついたが、両親とも、なにも口にはしなかった。あきらめているのか、過信しているのか。これで不合格の通知がきた日には、小言のひとつももらうだろうが、私はあまり気にしなかった。もう、どうでもいい。

 理子は、日曜日に様子を見に来た。でも、彼女にも話さなかった。教えたのは結論だけだ。

 公立の受験はやめる。

 それだけ。おなじ学校には行けないと、謝った。もちろん、いまから受験の取り消しも、教師や親への相談も、するつもりはない。ただ、会場には行くけれど、受からない答案を提出するつもりであると、私は理子に打ち明けた。

 予想していたとおり、理子はけっこう怒って、少し泣いた。その怒りは、私の判断を責めるものではなくて。むしろ、なぜもっと早くに相談しなかったのか、というところに向いた。彼女はむろん、ともに進学するのがベストだと思っていたのだ。

 「無理強いなんて、したくなかったよ」

 私に無理をさせていたことに、怒りながら理子は泣いて、けっきょく、いっしょになって私も少しだけ泣いた。笑える青春ドラマぶりだと、なんとなく思ったけど、黙っていた。

 私の選択に理子は反対せず、なっとくして帰っていった。最後に小さく、ごめんねとささやいて。

 「話してくれて、よかった。このまま進学しなくて、よかった」

 卒業後は、離れてしまうけれど、しかたないよねと笑った。

 「距離なんて、関係ないよ」と私はつぶやいた。




 彼のほうは無事に往復できたらしく、月曜の昼休みに私を探して教室までやってきた。そのまま、屋上へとつづく階段をあがり、ふたりで扉のまえで話をした。床にタバコの跡がちらほらと残る場所。いちおう窓はあるけど、明かりがつかない。どことなく薄暗く、早春の空気がなお冷たく感じられる。

 彼はポケットから、私の財布を出した。みんなのまえで出さない配慮があってくれてよかったと私は失礼な思考をした。もっとも、ふたりで消えてるんだから、階下でどんな噂が流れはじめているかは想像するまでもない。……まあ、いいけど。

 「これ、助かった。あとでちゃんと返すから」

 「ちゃんと会えた?」

 うなずいて、彼は笑う。もっとこうやって笑えばいいのにと思わせる笑みだ。友達も増えるだろうに。べつに、いらないのかもしれないけど。……たったひとり以外は。

 「私も、ちゃんと云ったよ」

 それだけ報告した。彼はまたうなずく。少ないことばだけでも、理解してくれるひとがいるのは、なんとなく心強い。

 話すことはなかった。

 返済の期日とか、受験がどうだとか、べつに必要のないことだ。

 ふと、足許を見た。微かな外からの明かりにも見える、いびつな焦げ跡。クリーム色のリノリウムが、ひしゃげて黒っぽく変色している。

 「もしかして、ここでも吸ってる?」

 これには首を振る。彼は扉にもたれて座り込んでいた。ちょうどその右手に、焦げ跡は多い。段があるので座りやすいんだろう。考えることは、誰でもおなじらしい。

 「学校では、やってない。あれ以来。なにが起こるかわかんねえし」

 それに、と彼はつづけた。もう、あまり吸う気もないのだと。じっさい、彼はタバコを持ってはいなかった。

 「金、ためようかと思って」

 ふつうにうなずくつもりで、けれど笑ってしまった。彼が、なんだよ、という顔をする。

 「地道でいいだろ」

 高校に入ったらバイトをする気ではいるが、そんな無駄金を浪費することもないと結論したらしい。賢明だ。ようするに、今回、資金がなくて往生したのを反省しているんだろう。

 「……呼吸、できる?」

 心配なことを問いかければ、あっさりと答えが返った。

 「してるだろ」

 それは、まあね。そういうことではなかったはずだけど。

 でも私の思いとは裏腹に、彼は、わかったんだよと笑う。あんなものには、頼らなくていいのだと。

 「誰かと話してりゃいいんだよ。それで、わかる」

 うわ……と思った。これはけっこうキた。殺し文句を吐いた本人は、その威力を把握してはいないらしい。

 「話す相手にもよりけりだけどな」

 「……そうだね」

 耐えようとしても顔が笑う。なんか、ものすごく嬉しい気がする。

 私はどうも、このひとのなかで、けっこうな位置を獲得しているらしい。こうストレートに来られると、かなり照れる。

 私と話したから。

 だから、わかったんだろうと。もちろん彼は云わなかったけど。私はそう受けとった。

 「誰かと話した?」

 即答だった。

 「榛名と赤城、ほか数名」

 ……また微妙な人選で。理子も、なにを理由に話しかけたんだろう。私、土曜日に彼といたことなんて、匂わせてもいないのに。

 赤城くんとは隣の席なので、これまでにも話しかけられてはいたそうだ。あまり、まともに返していなかっただけで。

 秋に放火の疑いをかけられてから、クラスじゅうに彼は敬遠されていたのだが、赤城くんは、はなから噂を信じていなかったらしい。彼を疑ってもみなかったということ。

 真実を知ったら、はたしてどんな反応をするんだろう。怒るか笑うか、赤面するか。けれど、彼を軽蔑しはしないだろうと予想できた。そういうひとなのだ。

 今回、赤城くんが問いかけたのは、土曜日の休みの理由。受験も迫ったこの時期に、風邪でもひいたのかと心配したらしい。

 「わりと似てる友達がいるって、話したよ。土曜日に、会いに行ってたって」

 サボりを明言したわけだが、赤城くんが反応したのは違うところだった。比べるなよな、と云ったらしい。俺は俺だから、おまえのその友達とは違う。でも、とつづく赤城くんの台詞は、彼を閉口させた。

 「『それ、俺のこと、けっこう好きってことだよな』――だぜ。バカか」

 いらだたしげに彼は吐き捨てた。

 気持ちはわかる。……恥ずかしかっただろうな。わりと図星だからこそ、余計に。この彼にそれを云えてしまう赤城くんの素直さは、ほんと、尊敬すべきかもしれない。

 「榛名も土曜のことと、あと受験だな。受けるとこ、いっしょだから」

 知らなかった。私が進路を変えなければ、彼ともおなじ学校だったのか。私の受かっている私立は女子校で、いっしょの可能性なんて微塵もなかったから、考えもしなかったけど。

 なんにせよ、彼が会話を断ち切らないでいるのは、いい傾向だと思う。

 話題を変えた。

 「あの音さ、なんだかわかる?」

 彼は怪訝な顔をした。土曜日に駅で聞いた、あの音。正体は、思いがけず、その夜のニュース番組で眼にできたのだが、彼は知らなかった。駅でも見なかったらしい。

 「蒸気機関車だった」

 戦中から動いていなかった蒸気機関車が、五十年ぶりに復活するという、記念すべき日だったそうだ。どうりでカメラを持ったひとが多かったわけだ。鉄道ファンなんだろう。

 ふーん、と彼は興味なさそうに相槌を打った。私も、蒸気機関車には、ことさら興味はないけれど。

 でもなんとなく、思うところはある。それは、彼によって声にされた。

 その正体がなんであれ、

 「旅立ちの音、ってカンジだよな」



     ×××



 予告どおり私は公立の受験にて舐めきった答案を提出し、結果を待たなくとも本人は不合格を知っているという、ひじょうに晴れ晴れとした数日をすごした。

 ふつうに受験した理子がぶつくさ文句を云ったくらい、試験後、私は脳天気な顔をしていたらしい。

 とくに心配はせずとも、理子ならば合格しているに違いないので、彼女も落ち込んでいたり不安な顔をしていたりはしなかったが、卒業式までの短い期間、たまの登校日に教室では、悲喜こもごもといった風情で、いろんな顔があった。もっとも、結果は式の翌日に発表なので、決定的な悲哀を見ることはないけれど。

 彼も理子とおなじく、平然と結果を待っている。

 彼とは、よく話をするようになった。べつに、タバコ替わりのつもりはないんだけど。それこそ、なんとなく。

 ふらっと彼がうちの教室に来たり、廊下で会ったりすれば、そこで会話を交わすようになっている。飾らなくていい相手なので、いっしょにいて、ひじょうに楽だ。

 やはり彼と私とがいきなり仲良くなっていることについて、いろいろ外野に取り沙汰されたが、まあ、放っておいている。もう三年は授業もないし、すぐ卒業だし。

 なにより、そんな事実がないのは、本人たちがよく知っている。

 私たちは、恋愛をすることはないだろう。ただ、互いに、二番めくらいに位置する友人。そんなとこだ。

 いきなりランクが高いところにいるが、これまで不動のいちばん以外はなべておなじだった、その結果だ。

 卒業式当日。二年の後輩たちに廊下で胸に花をつけられたそのあと、どこか呼ばれているような気がして屋上に向かえば、やはり彼がいた。

 外へとつづく扉によりかかって座る彼の胸にも、赤いリボンでできた花が咲いている。

 式のあとに会わないかと声をかけたら、軽くうなずいた。

 「榛名から聞いてる」

 クラスの会合もなく、式のあと即解散なので、仲のいいグループで、それぞれに散っていくのだ。

 私は理子の声で集まった十数人でボーリングに行く予定。このジジむささが一部で受けての決行だった。

 中学生なため、呑みにも行けなければ、資金にも困るのである。カラオケかボーリングが無難な線だった。

 「ボーリング、好き?」

 「百三十くらい」

 一般的に、うまいと云われるレベルだ。スコアが百五十を超えるくらいから、マイボール持ちが増えるらしい。

 「……ふた桁で、わるうございました」

 「コツ、教えてやるよ」と彼は笑った。

 「俺のクラスから、ほか、誰参加?」

 「――赤城くん」

 へんに間を空けてしまったなと後悔していたところへ、容赦なく彼はつっこんできた。

 「好きなの」

 真顔で訊ねられるから、妙に照れてしまいそうになる。殊更、ふつうに答えた。

 「……きらきらしてるじゃない、いつも」

 かえって恥ずかしいことを云っている気もする。けれど、そうだな、と彼もうなずいた。

 「私とは違うんだなって、……あこがれる」

 べつに彼女になりたいとかではなくて。そのままでいてくれるといいな、と思う。そばにいるよりは、眺めていたいひとだ。

 彼はそれ以上は訊ねなかった。立ち上がり、階段を下りはじめる。わずかにも窓から振り下ろす光が、彼の背を照らした。

 当然ながら、その背中に羽はない。一段一段、ゆっくりと彼は進んでいく。しっかりと、その場を踏みしめながら。

 もう、あの日のように、世界から乖離しているような、儚さはなかった。それを残念なようにも、嬉しくも思った。

 「もう、いらないよね」

 つぶやきには、肯定の返事。

 行きたいところがあって、帰るところがある。

 だからもう、彼も翼を夢見ない。そういうことだ。

 うぬぼれさせてもらっても、いいだろう。

 私は、彼の杭になったのだ。

 現世へと彼をつなぎとめる、それは心ひとつで肯定的にも否定的にもとられるものだけど。彼がわずらわしく思っていないのなら、しがらみとは違うのだ。

 誰かとつながっているから、ひとは、独りでは消えられない。それが残酷であったりもするけれど、救いにもなったりする。

 私はもう、生きていることを無意味だとは思わないだろう。現実から逃げたくなるときは、もちろん、あるだろうけど。平気だと感じた。弱くもなるけど、きっと、強くもいられる。

 理子がいる赤城くんがいる、彼がいる。この世界ならば。

 「……夏になったら、海に連れてって」

 彼の生まれたところへ。理子も赤城くんもいっしょに。呼べるならば大勢で。彼の友達にも会いに行こう。

 これは、逃げじゃない。前へとさらに進める、一歩だ。

 彼は肩越しに振り向いて、少し笑った。私は彼を追って、階段を駆け下りた。

 とりあえずはまあ、卒業式に出よう。ときに逃げ出したかったこの場所で、泣いたり笑ったりするのも、今日で最後だ。




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