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28.銀の証

 神殿の前の広場にも、朝が訪れる。

 朝の風が、死んだ生き物たちの血なまぐさい臭いを運んでくる。

 広場の入口近くで野営していた隊商では、三人が死んだ。

 そして、広場の前は狼の死骸があちこちに横たわっていた。

 朝日が登る中、皆が各々の荷物をまとめ、出発する準備をしていた。

 

 朝霧が太陽の光を反射して眩しい。

 イェルド達一行が支度を終えた頃、隊商の方から何やら言い争う声が聞こえる。

 ちらりと声のする方を見ると、どうやらヒュールとコランが隊商の一行と何か話しているらしい。

 何か揉めているようだね、とハンカーは呟く。重い荷物を下ろし、迷いもせずに彼は渦中へと歩いていく。

――厄介事に自ら首を突っ込むとは……。

 イェルドは呆れた。付き合っていられない、とばかりに馬に乗ろうと、少女に向かって手を伸ばす。

 しかし、視線の先の少女はこちらを見ていない。彼女はハンカーのことを心配しているようだった。

 出会ったばかりとはいえ、最早他人とは思えないのだろう。

 イェルドは小さくため息をつき、ハンカーの後を追った。

「だから、護衛はしてやると言っている! そいつらを捨てさえすれば、だがな」

「……できるわけがないだろう! 死者を谷底に見捨てて行けと!? それが貴様らのやり方なのか?」

「もうやめろ、コラン! お前はどうしてそう……」

 話を聞くに、どうやらこういうことらしい。

 隊商には護衛が三人付いていたが、そのうち二人は昨日の山狼との戦いで死亡し、一人は負傷して戦えない。そうなれば、新しい護衛が必要になる。そこで同じ野営地に居たヒュールとコランに白羽の矢が立ったというわけだ。しかし、コランは護衛をするための条件を提示した。それは死者の亡骸を谷底に捨てていくことだった。

「まったく、お前らバカか? 友でも妻でも死ねば肉塊だ。運んでいこうとすれば、次の街に到着する前に腐って悪臭を放ち始める。俺は鼻を失いたくない」

「コラン、言い方ってものがあるだろう!」

「運べば埋葬する前に腐って溶ける。置いていけばハゲワシに喰われる。せめてロワルスの王サマ達の手に委ねるのが”慈悲”ってもんなんじゃねえのか?」

「貴様……自分の身内が死んでも同じことが言えるのか!?」

 最も強く反駁するのは、隊商を率いる若い商人頭だった。ちなみにもう一人の死亡者は、その商人頭の弟ということだった。

 優秀な商人――例えばドワーフのシオ――なら迷わず置いていく判断をするだろう、などとイェルドは思う。

 しかし、亡骸を置いて行きたくない気持ちは分かる。一方、コランのような、おそらくロワルスをよく知る者にとってはこういうことは珍しくない。ロワルスの魔物は強く、危険だ。犠牲者は出るし、そういう時には迷わず亡骸を捨てる判断をする。

 急峻な山では、仲間の死体とて邪魔でしかない、というのが傭兵たちにとっての本音だ。

「くそッ、埒が明かない。おい、そこのデカいの!」

 黙って聞いているだけだったイェルドは、ピクリと眉を動かす。

「あんたはどうだ? 護衛をやる気はあるか?」

 言ってから、商人頭はイェルドのただならぬ姿形に気付いたようだった。

 熊のような背丈に灰色の髪、青い目。すなわち、力量は確かだが気性が荒いと噂の北方武人に違いない。

「あ、いや……五十……いや、六十出そう! 次の街まででいい」

 次の街までは二、三日といったところだろう。イェルドは少し間を置いて、ゆっくりと低い声で言う。

「なぜ俺が?」

 その表情からは何も読み取れないが、乗り気でないことは明らかだった。

「いや、嫌ならいい! す、すまないな」

「イェルド、彼らはお困りのようだ。少しくらい助けてやろうと思わないのかい?」

 何を思ってか、ハンカーが商人頭に助け舟を出す。イェルドはハンカーの目の奥を覗き込み、そこに何か深遠な意図がないかと探った。

 しかし、あったのはきらきらと輝く純粋なお人好しの目だけだった。

 イェルドは呆れた。

「みんな今朝の戦いで君の強さは承知しているところだと思う」

「そ、その通りだ。強い傭兵が居てくれたほうが心強い」

 隊商の他の商人や使用人たちも期待の眼差しをイェルドに投げかける。

 ハンカーのおかげで断り辛い雰囲気になってしまった。

 イェルドは腕を組んで考える。大勢で動くことには利点もある。獣にも盗賊にも、襲われにくくなるだろう。

「……五十でいい。ただし、その双徒も一緒に雇え。そうすれば俺が奴を説得してやる」

 双徒とは二人組の傭兵のことだ。いつも行動を共にし、雇うときは二人同時に雇う必要がある。ティンバーとリドも双徒だ。

「説得……? 何を……なぜ一度に三人もまた雇わねばならんのだ」

「しかし、今君の隊商の護衛は一人も居ないようだけど……」

 冒険家気取りのような服装のハンカーがそう言うと、商人頭は顔を顰めた。しかし、イェルドも続けて言う。

「そうだ。俺一人では荷が重い。全員を守りきれるとは思えん」

 商人頭は悔しげに唇を噛んだ。

「ナシか三か選べということか? まったく理不尽な……」

 イェルドはため息をつく。おそらく、騒動の根本的な原因はこの商人頭にある。

 山狼は強い。特にロワルスのものは。しかし、山歩きに慣れた狩人や傭兵なら、それほど苦戦せずに対処できる程度の魔物だ。

 しかし、奴らを相手に死んだということは、ロワルスに慣れていない、もしくは駆け出しの傭兵だった可能性が高い。要は、護衛傭兵への出費を渋ったのだろう。それがこんなことになった。

 銅五十というのも、ロワルス越えの護衛代金としては安すぎる。

 商人頭は不服そうに長靴で地面を叩いていたが、やがて言った。

「分かった。三人とも雇おう」

 コランはイェルドを睨みつける。

「で、俺を説得するって? どう説得するんだ。臭くて重いだけの死体を運ぶ理由なんかないだろう」

「お前が運ぶ訳じゃない。風上に居れば臭いも気にならんだろう」

「おいおい、俺は商人サマたちのことを思って言ってるんだぜ」

 コランは引き下がろうとしない。仕方なく、イェルドは奥の手を使うことにした。

 彼は黙って腰袋から、銀色の紋章を取り出す。それは北方なら誰もが知っている傭兵証。

「銀!?」

「おいおい、銀なんて始めて見たぞ……」

 隊商の面々からざわめきが聞こえる。

 北方の傭兵団連合が発行する、傭兵の階級を表す紋章である。

 傭兵の間に原則として序列はないが、位が高くなればなるほど特権を受けられたり、信用を得やすくなる。

 コランは尚もイェルドを睨んでいたが、ついに諦めたようだった。

「ちッ……仕方ねえな。引き受けてやろうじゃねえか。但し、俺が先頭を守る。いいな?」

「無論だ」

 それまで空気は最悪だったが、銀級傭兵が居るということで隊商の面々はいくらか安心したように見えた。

 銀という分かりやすい指標は、それほどまでに強力なのだ。

 ヒュール、コランの双徒、隊商、当然の如く隊列に並ぶハンカー、そしてイェルドと少女という順に並ぶ。

 当然側面からの攻撃には弱いが、道の細い山道ではこう隊列を組むしか無い。

 人数と荷物を確認していた商人頭は、少女を見てあからさまに顔を顰めた。

「おいおい、その子どもは何だよ……まあいいか。銀級っていうのは嘘じゃないんだろ? ただし、仲間が一人でも死んだら払わんぞ」

 イェルドは呆れてものも言えない。無茶苦茶だった。隊商の護衛は基本的に実際の護衛の旅程の前後に、半分ずつ報酬を支払うものだ。

 傭兵による護衛とは、危険と信頼の上にある仕事なのだ。ただ、傭兵稼業には不親切な不文律が多いこともまた事実だ。

 続いて、水くみに行っていたコランが先頭へ馬を歩かせてくる。

「イェルドさん。あんたみたいなのは群れたがらないと思ってたぜ」

 群れたいわけではなかった。それどころか、この騒ぎを横目にさっさと出発するつもりだったのだ。

 それが、結局巻き込まれてしまった。

「誰のせいだと思ってる」

「へへ、すまんね。ただ、あんたの剣は頼りになりそうだと思ったんだ」

「……何?」

 どうやら嵌められたらしい。

 イェルドはわずかに眉を潜める。コランはにやりと笑った。

「頼りにしてるぜ。ガキのお守りをしっかりしろよ、ミルジャン」

 最後のは、金という頂点に及ばない銀級傭兵を揶揄する台詞だ。

 イェルドは今朝何度目かのため息を吐いた。

お読みいただきありがとうございます。

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