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21.奴隷商エルモン

 門番は先ほど追い返したはずの大男と奴隷の少女が契約書を携えてきたのを見て怪訝な顔をした。

 だが、ついてきたエルモンが奴隷商証を見せると納得してくれた。

「改めて見ると、やはり目鼻立ちの整った子ですね」

「……ああ」

 正直、イェルドにはよく分からなかった。

「しかし、髪がぼさぼさです。鬱陶しそうですが?」

「知らん」

「なんですか、その興味なさそうな反応は。次の街に着いたら髪留めくらい買ってあげたらどうです?」

「余計なお世話だ。こんな些細なこと」

「些細なことかどうかはこの子が決めるのですよ」

「……そうかもな。しかし、なぜ他でもないお前がわざわざ奴隷の心配をする? 」

「奴隷商のくせに……そうおっしゃりたいんですか?」

 イェルドは答えなかった。エルモンもしばし黙った。彼は下を向いて、何か考えているようだった。

 やがて彼は徐ろに口を開く。

「私がなぜ奴隷商なんかになったと思います?」

「さあな。大方、金稼ぎだろう」

 そうですね、とエルモンは言う。彼は山牛の隣を歩き、その動物にくくりつけている商人にしては少なすぎる荷物を見ていた。

「私には以前、妻と娘が居ました。でも、仕事人間で家のことなんかよりも少しでも多く商品を売ることにしか興味がなかった。それである時、私が商いで失敗して、日に日に食事にもありつけない状況になっていきました。後々それは取引先の不正が原因だったことが分かったのですが、後の祭りです」

 エルモンの声は少し震えていた。

「――――あろうことか、私は娘を貴族に売ってしまったのです」

 身内を売ること自体は、珍しいことではない。我が子への愛着にも勝る飢餓がそうさせるのだ。

 ――それほど迄に過酷なのだ、北の国々は。

「妻は怒って家から出ていきました。当然です」

「……それで、どうして奴隷商に?」

「私は後悔しました。彼女たちを失ってから、私には安定した暮らしなんかよりも前に妻と娘のほうが大切だったことにやっと気づいたのです。私は娘を買い戻すために自分が奴隷商になることにしました。多くの奴隷に出会う機会があるのは奴隷商ですから。もともと商売の心得はありましたから、それほど難しいことではありませんでした」

 言葉通り、エルモンはあの街ではそこそこ成功しているように見えた。店構えもしっかりしていたし、上等な服こそないものの奴隷たちの身なりはきれいに整えられていた。

「奴隷商になって、自分の過ちをありありと見せつけられて来ました。奴隷は、本当に人ではないのです。そういう扱いをされる。片目が潰された者、指が数本無い者、そして命を落とす者……奴隷への暴力を禁じる法はありますが、形だけです」

 イェルドは足元に縋る少女を見た。それが、他に寄る辺なき幼子の振る舞いに過ぎないのだと分かっている。

 もし彼女を火事の中から連れ去っていなければ――どうなっていたことか。

 分かっていたことだが、奴隷はモノでしかない。

「娘は見つかったのか?」

「いいえ、まだです」

「そうか」

 エルモンの顔には焦りのようなものが見えた。

 彼が見てきた通り、一度奴隷になれば、どんな仕打ちを受けるかわからない。

「娘はどんな姿をしている?」

「その子と同じような金色の髪ですが……もう少し濃いような気がします。目は栗色で、失くしていなければ妻があげた瑪瑙の首飾りをつけているはずです」

「わかった。もし見つけたら手紙か何かで知らせよう」

 エルモンは目を丸くしてイェルドの顔を見上げた。まさか手伝ってもらえるとは思っていなかったのだ。

「本当ですか?」

「借りがあるからな」

「……ありがとうございます。こんなことを依頼しても無期限の依頼になってしまうので旦那に頼むのは諦めようと思っていました。私はしばらく王都を拠点にして家族を捜すつもりです。手紙はエルモン・フェルナーに宛ててください」

 エルモンは丁寧にお辞儀をして礼を言った。それから、後ろを歩いてついてくる少女を、目を細めて見つめた。

「……その子くらいの子どもを見ていると、娘のことを思い出すんです。今頃もっと大きくなっているでしょうけれど」

 イェルドは黙って少女を見た。大人の男二人の後ろを――まだ痛むのだろう――覚束ない足取りで懸命について歩いて来ていた。少女は二人の視線に気づいて目を伏せる。

「……マヤに会いたい」

 エルモンはほとんど無意識にそう呟く。

 イェルドは彼の背中を軽くたたいて、言う。

「そろそろいいか」

「ええ、私はゆっくり行きますので。またどこかで。」

 エルモンはイェルドに向き直っていう。

「その子を引き受けた以上は、責任を持って面倒を見てあげてください」

 その言葉は単なる頼みではなかった。

 彼自身への戒めと、少女の幸せへの祈りが込められていた。

「……ああ」

 イェルドは短く応えた。

「アウルバスのご加護があらんことを」

「ああ。あんたにもアウルバスの加護を祈る」

 少女は別れの挨拶の代わりにエルモンに向かってぺこりとお辞儀をした。

 エルモンは優しく笑って、またね、と言った。境遇を知ったからか、彼の笑顔には疲労と翳りが見えた。

 イェルドは少女を馬に乗せ、再び馬を走らせた。

 日はまだ傾き始めたばかりだった。これなら、日が落ちる前に次の村に到着することができるだろう。

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