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16.忠告

 イェルドはおぼつかない足取りで歩き、少女のもとへ戻った。

 少女は気を失っているようだった。無理もない。

 イェルドはまた彼女の身体を外套ごと持ち上げ、街の北門へ向かってまたよろよろと歩いた。

 急激に魔力を使いすぎたのだ。動悸が収まらない。息も苦しい。

「イェルド殿?」

 背後から声がした。城壁を降りてティンバーが戻ってきたのだろう。

「ああ、ティンバーか」

 イェルドは立ち止まらず歩き続けた。ティンバーはイェルドに駆け寄り、横を歩く。

「イェルド殿、あの魔物……あれが今回の火事と地揺れの原因でしょうね。先程の魔術は本当に素晴らしかった。あそこで普通の攻撃魔術を使えば、火蜥蜴の魔力塊と反応して大爆発を起こしていたでしょうから」

「そうだな。だが、おかげでこの有り様だ」

 イェルドは苦しげに顔を歪め、言葉を続ける。

「俺はどうということはない。しかし……」

 彼は胸に抱えた少女をちらりと見る。彼女の顔色は悪い。

「ええ、その子が心配です」

 実際、ティンバーは幾度も死線を越える戦いを生き抜いてきたであろうイェルドのことよりも、彼が胸に抱く死にかけの少女のことを気にしていた。

「イェルド殿。その子ども、首に印が……奴隷ですね? とても弱っている。生気がほとんど感じられません」

「ああ」

 ティンバーは少しの間黙っていた。

 しかし、やがて何か言葉を探すように言う。

「もしやとは思いますが、隊商の荷車の中にいた奴隷ですか?」

「そうだ」

「なぜ門へ向かっているのですか?」

 イェルドは黙って歩いた。

 ティンバーは質問をやめない。

「イェルド殿、手当てをするだけならまだしも、他人の所有物である奴隷を無断で連れ去るのは窃盗罪に当たります」

「この奴隷は今、誰とも契約していない」

「だとしてもです。関係ありません。娼館に居たのならそこの主人に、奴隷市ならそこの奴隷商人の持ち物です」

「知ったことではない」

「イェルド殿」

 ティンバーは足を止めた。

「ご自身の身を滅ぼすことになります。犯罪は容認できない」

 イェルドは構わず歩き続けた。そして、ティンバーが剣の柄に手をかける音を聞いた。

「魔術が使えることを隠していたことも、私には納得できません。正直、今のあなたを信用できない」

 背後からただならぬ気配を感じる。熟練の武人のそれだ。

「今ここで試合をやり直すか?」

 イェルドも立ち止まり、少女を胸に抱いたまま剣の柄に手を伸ばす。

 ティンバーは答えなかった。

 二人の間に緊張が走った。

 

「待てよ、お二人さん」


 二人は同時に声のした方を見た。

 そこにいたのはリドだった。

「ティンバー。お前がイェルドの敵に回るってんなら、俺はイェルドに味方するぜ。こいつにも譲れねえ、大切なもんってのがあるんだ」

「……そんな大層なものではない」

「おうおう、言ってろ。とにかく俺はおまえと似た考えの持ち主ってことよ」

 ティンバーは剣の柄から手を離し、やれやれ、と首を振った。ひりついた空気はもう鳴りを潜めていた。

「冗談ですよ。ただ忠告したかっただけです」

「……ティンバー」

「怒らないでくださいよ、リド。実際、彼が危険な橋を渡ろうとしていることは明らかです」

 リドは腕を組み、イェルドに鋭い視線を送る。

「それはそうだな」

「承知の上だ」

 ティンバーはイェルドに向き直って、真剣な様子で言う。

「その子は奴隷です。奴隷は契約主がいなければもっと弱い立場になります。その子をどうするおつもりですか?」

 実態がどうであれ、契約主は奴隷を守るものだ。他人の持ち物を傷つけてはいけないという理屈に基づいた決まりだが、これによって奴隷の主人は社会的な立場の弱い奴隷にとって唯一の拠り所であり、同時に最大の枷となる。

「……新しい主人を見つける」

「…………そうですか」

 ティンバーもリドも、少女とイェルドが以前会ったことがあるということは知らない。ティンバーもリドも納得がいかない様子だった。

 しかし、リドは気を取り直して言う。

「まあ、まずは今からどうするかを考えようぜ。あっちはだいぶ守りが堅そうだ」

 門の方を見ると、四人の衛兵が門の警備に当たっていた。門は固く閉ざされ、蟻の子一匹も通さないといった様子である。

 ティンバーは関心した、とでも言いたげである。

「なるほど。ここの領士は賢いですね。こういう非常事態にこそ、門の警備を強化する。この騒ぎに乗じて不審な輩が出入りするのを警戒しているのでしょう。例えば、火事場泥棒とか」

 イェルドは非難するようにティンバーを見た。

「ティンバー、貴方は冗談が下手だな。笑えない」

 リドは二人のやり取りに呆れてため息をついた。

「…………何にせよ、今日脱出を目論むのはやめておいたほうがいいだろうよ。別の宿をとろう、シオたちにも知られない方がいい」

「そうですね、イェルド殿。その子を連れて街から脱出する方法を考えましょう。あなたは娼館の主人に顔が割れています。なるべく出歩かないようにしてください。リドは薬と食べ物の調達を。私は脱出経路の探索と情報収集をします。シオ殿にはひとまず、貴殿が隊商を降りる旨をうまく伝えておきます」

「俺は隠密行動にも慣れている。俺も情報収集に――」

「いいえ、イェルド殿。あなたはその子についていてあげてください」

 ティンバーはきっぱりと言う。リドも同意見だとばかりに大きく頷く。

「その子はひどい怪我だ。しかも、瀕死のところまで痛めつけられて……悪意のある暴力だったに違いない。きっと心の傷も大きいはずだ。そばにいてやれ」

 イェルドは黙って頷いた。

お読みくださりありがとうございます。

何週間もお休みしてしまって申し訳ありませんでした。

言い訳ですが、投稿の遅れはリアルの生活が激変してとても忙しかったのが原因です。

最低でも週に一回は投稿したいという気持ちだけはありますので、どうか暖かく見守ってくださると幸いです。次回も土曜日に投稿予定です。とは言っても気分次第で平日夜に投稿するかもしれません。

いずれにせよ今後も(不)定期に投稿は続けていくつもりですのでよろしくお願いします。

気に入っていただけたらリアクション、評価、ブックマーク等をしていただけると、とても励みになります。(2025.09.27)

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