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11.鉄の山ディヴァス

 イェルドは後方から来る隊に神獣出現の報を伝えた。

 その後、イェルドが迂回路を通って街に着くころにはかなり遅れを取っていた。


――シオたちの隊商はもうディヴァスに着いている頃だろう。急がなければ。


 神獣出現によって後方の隊商は大幅に遅れることになるだろう。

 一方、イェルドは契約主であるシオの隊商に早急に追いつかなければならない。イェルドは岩山の道を、馬を駆って進む。

 彼の馬はメルーという名の黒毛の馬だ。大柄なイェルドを乗せて高山を走ってもびくともしない頑強さを備える頼もしい相棒である。主に北方の山間地帯で育つロワルス種であるメルーにとって山は得意分野と言って良いだろう。




 二日ほど馬を急がせて進めば、やがてディヴァスの街が見えてきた。

 近付くにつれ、人の往来が増えていく。行き来する者の中には行商人、隊商、そして傭兵や狩人も多いようだ。

 門まで歩くと、門番の兵士が通行手形を確認した。門番は巨大な馬の背に乗るイェルドの通行手形を確認するために背伸びをして、言う。

「通ってよし。鉄の街ディヴァスへようこそ!」

 イェルドは通行手形を仕舞うと、門番に尋ねる。藍色の薄い布で頭を覆っている髭面の男だ。

「最近ドワーフの商人の隊商は通ったか?」

「ドワーフの隊商ね、そういえば隊商は昨日三回しか来なかったんだ。いつもならもっと来るんだが。何かあったのかね。昨日来た隊商はノールっていう若いぼっちゃんの織物商と、デクルってやり手のじじいの隊商――今回は酒と香辛料だとさ、高いが品はいいから鉱夫でもわざわざ買うんだよな――と、あとはまあ、ドワーフの商人の隊商といえば、シオさんのか? ああ、やっぱりそうか。それなら一昨日通ったが……」

 イェルドは門番のおしゃべりに少々うんざりしつつ尋ねる。

「今はどこに?」

「それなら北門近くの宿に泊まってるはずだ。名前は、確か熱き岩亭ってとこだ。あそこはもともとそこそこ名のある鍛冶師の家だったんだが、そいつが死んだ後は引退した狩人が宿をやってるんだ。なんでも、その元狩人がそこの鍛冶屋の親父が打った剣でもってひと財産成したんだと。それで、鍛冶師に敬意を払ってそんな奇っ怪な名前の宿屋になったんだ。まあ、いい話だよなあ」

――長い。しかし、こういう奴の口から何か有益な情報が飛び出すこともある。

「そんでまたそこのかみさんが美人でねえ、あんな年下美人の嫁――くぅーッ、羨ましいぜ! その嫁さんも狩人に危ないところを助けられたって話だ。俺にも傭兵か狩人になれるだけの腕がありゃあなあ……」

「そうだな。それで、その宿にはどう行けば良い」

 イェルドはもうかなりうんざりしていた。

「坑道近くの歓楽街を抜けていけば早く着くぜ。歓楽街はうちの名物だからな。夜は鉱夫やそれこそ傭兵、狩人の汗臭い男どもが酒と女をひっかける賑やかな楽園よ! 大体の酒場は昼でも美味い飯出してくれるぜ。ちっとでもいいから見てってくれよな! もちろん夜にも行ったほうが良い。俺のような下っ端でも一時の夢を見られる。俺はなんてったって”金鉱の薔薇亭”の黒曜の瞳、アリア・ニレオだな! あの瞳を一目見た時から俺は――」

「もう十分だ。感謝する」

「おうよ! 楽しんでくれ!」

 ため息をつき、イェルドは離れる。

 情報は多いに越したことはないが、宿屋の名前の由来とか、門番のお気に入りの娼婦の情報が傭兵の仕事に役立つことは少ないだろう。

 イェルドは馬の歩みを歓楽街のほうへと向けた。あちこちから金属を叩く甲高い音や、威勢のいい掛け声、荷車が行き交う車輪の音が聞こえてくる。

 鉱山から石を運び出す奴隷の姿も多い。イェルドは奴隷の中に背中にミミズ腫れの痕がある者を見つけた。どう見ても奴隷の労働環境はよくない。路地を少し奥に行けば、あちこちに家を持たない孤児が歓楽街の残飯を漁っているのが目に付く。

 ずっと進んでいくと、道端で家を持たない子どもが旅人に物乞いをしているのが見えた。旅人は鬱陶しそうに子どもを振り払う。転んだ子どもはめげずに立ち上がり、他の旅人を探そうと辺りを見回す。そして、イェルドに目を留める。

「――っ!」

 彼はすぐに目を逸らした。こんな大男を見れば無理もない。

 イェルドはいつも通り物乞いの前を通り過ぎようとして、馬を留めた。彼は少し考えてから馬を降り、革袋の紐を解いた。

 彼は黙ったまま、銅貨五枚を男の子の手に握らせる。他の子どもらに目をつけられないようにするにはそれが限界の数だった。

「……あ、ありがとう」

 男の子は感謝の言葉を言うと、どこかへ走っていった。裸足で、薄い服一枚しか来ていなかった。頬はこけて腕も骨と皮しかないような細さだった。イェルドはまたあの少女のことを思い出した。

――考えても無駄だ。

 ディヌーンに彼女を渡したのは、自身の選択なのだから。彼は馬に乗り、シオたちが泊まっているという宿屋へ向かった。

 門番の言う通り"熱き岩亭"は歓楽街を抜けた先の大通りに面した場所にあった。馬を停め、荷物をすべて持って宿屋に入る。

「いらっしゃい」

 壮年の男が帳場に立っていて、笑顔でイェルドを迎える。男は体格のよい筋肉質な身体で、捲った袖の下には大きな切り傷の痕があった。いかにも勇ましい風体である。

 一階の床はすべて切り出した石で作られている。たしかにかつて鍛冶場だったことが窺える。

「ああ、イェルド殿! 心配していましたよ」

 ちょうど上の階から降りてきたのはティンバールートだった。相変わらず鉄の兜をかぶっていて顔は見えない。

 彼は鎧の金属音を立てながら階段を下まで降りてくると、帳場の前でイェルドに相対した。

「しかし、貴殿に心配など不要でしたね。ここまでお急ぎだったでしょうに、微塵も疲れている様子をお見せにならないとは。恐れ入りました」

「そうでもない。これでも疲労は溜まっている」

「左様ですか。それなら今日はお休みになるといいでしょう。出発は明日ですから、今のうちに」

 話を聞いていた宿屋の主人が口を挟む。

「シオさんの隊商の一員かい? そんなら安くするぜ。うちはそこそこいい宿だと自負してるが、通常七枚のところ五枚で泊めてやれるぜ」

「ありがたい、では頼んだ」

 イェルドは革袋から銅貨を数えて七枚、そしてもう五枚取り出した。 

「それと、これで何か作ってくれないか。腹が減った」

 もう昼を過ぎている。昼時には賑わうであろう宿屋一階の酒場だが、今はもう労働者たちもまばらだ。

「おうよ。イーシャ! このデカい傭兵に飯を頼む!」

 店の奥から、はいよー!と元気な声が聞こえ、顔立ちの整った金髪の女性が顔をのぞかせる。門番の言っていた若い美人だろうかなどと思いつつ、イェルドは適当な席につく。ティンバーはイェルドの正面の椅子を引いて座った。

「そう言えばリドはどうした?」

「彼は傭兵組合に依頼を受けに。働いていないと気がすまない性分なんです。安い仕事でも簡単に請け負いがちなので、彼の相棒としては困ったものですが」

「なるほど」

 彼は多分、性根から誠実で心優しい男なのだろう。

「シオは?」

「シオ殿も仕事です。まったく、二人共熱心なんだから。街に寄っているときくらい休めば良いのに」

「いつもこうなのか?」

「そうですよ。シオ殿はセノ殿と仕入れに行きました。本当に商売魂が逞しいですね」

 イェルドはティンバーの顔を見た。しかし、甲冑の下の顔は見えない。彼は腰帯に差した剣を抜いて机の脚に立てかけた。

「しかし、リドが翼人を助けに行った時は驚いた」

「そうでしょうね。彼は傭兵に向いているとは思えませんが、困っている人や窮地にいる人を助けるのはいいことだと私は思います。でも、そんなのは一時の気休めにしかならない」

「ティンバー、そう言う貴方はリドやシオに比べてどこか冷めているようにも見えるが」

「そう……かもしれませんね。私には、この仕事は生きるための手段でしかない」

 顔は見えずとも、声が少し沈んでいるのがイェルドには分かった。

「そういう貴殿はどうなんですか? 貴方とて、リドが行かなければ翼人を助けようとはしなかったのでは?」

 イェルドは黙った。確かに、あの時はそうだっただろう。

 少しの間、二人の間には無言の時間が流れる。おそらく、ティンバーも口数の多い性格ではないのだろう。外の喧騒と、他の席に座る旅人の雑談、そして奥の厨房から料理の煮える音が聞こえる。

 イェルドはふと門番の話を思い出した。

「そういえば、ここの門番から歓楽街のことを聞いた」

「ああ……ええと…………そうだ! あの門番のことですよね? 門の右側の、青い頭巾の。あの方は本当におしゃべりですよねえ。さすがのリドもうんざりしていましたよ」

「だろうな」

 甲冑の頭を縦に振って頷き、彼は話を続ける。

「それで、歓楽街のことでしたよね。ディヴァスの歓楽街は確かに有名ですね。なんでも、地下街は昔使われていた坑道を再利用しているらしいですよ。娼館や賭博場はもちろん、奴隷や希少な鉱石、珍しい魔物の素材、本の闇市なんかもあります」

「行ったことが?」

「ありますよ」

「意外だな。そういうものには興味がないと思っていたが」

 いえいえ、と彼は今度は首を横にふる。

「女性や賭博には惹かれませんが、魔物の素材や書物なんかは仕事に役立ちます。私はそこで剣術の指南書を見つけてつい買ってしまいました。イェルド殿には……そうですね、魔術書なんかも探せば少しはあるかもしれませんよ。私は大して魔術を使えないので、見つけたらお教えします」

「それは助かる」

 イェルドはまた少し外の方を見て言う。何か、たくさんの壺を積んだ荷車が通り過ぎていく。中身は薬草だろうか、それとも酒だろうか。ふと、イェルドは隊商の積荷のことを思い出した。あそこには奴隷が入っていたはずだ。

「そういえば、運んできた商品はどこに?」

「今は歓楽街のそばの倉庫です。積荷の奴隷の数人はここで下ろすらしいですよ。大方、娼館にでも売られるのでしょう」

「娼館に?」

「ええ。こんな長く険しい道のりを運んできて鉱山奴隷になんてされたら商売上がったりですから」

「……そうだな」

 鉱山で働く奴隷は労働力として必須だが、それでも身体が強ければ誰でもいい。その分、鉱山で働く奴隷は安く買い取られる。有名な歓楽街の娼館には、ある程度容姿が優れていれば高く買い取られることもある。

「はーい、お待たせっ! 冷めないうちにどうぞ!」

「ああ」

 元気いっぱいな声とともに、料理が運ばれてくる。料理を運んできた女性は、門番の言うように確かに美人と言われる部類だろう。運ばれてきた料理は当然出来立だ。湯気が上がっている。

 頃合いだとばかりにティンバーが席を立つ。

「それでは私はこのあたりで失礼します。少し鍛冶屋に剣を見てもらいたいので」

「ああ、またな」

 イェルドは匙を取り、料理に向き合った。見ればすぐに分かる。申し分無い。料理は大麦と豆と野菜の煮込みに燻製肉を添えたものだった。空腹が限界に達しそうなイェルドはすぐさま食事にとりかかる。

 煮込みを一口食べてみれば、薄味ではあるがその素朴さがかえって心地よく感じる。香ばしい燻製肉の塩辛さと合わせればいい塩梅だ。ノクサルナのような北の、しかも山間であるディヴァスでは、こういう量が多くて塩気のある食事が頻繁に提供される。結局、こういう食事こそが仕事で疲れた身体にはよく沁み渡るのだ。

 イェルドはあっという間にすべての料理を平らげるのだった。

お読み頂きありがとうございます。

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