第3話 新しい生活。
兄の専攻は工業系のものだったが、私は経営学を取ろうと思っている。
加工技術やノウハウはあるのに、家の領が一向に豊かにならないのは、経営に問題があるんじゃ?そんな素朴な疑問から。
アカデミアは門戸が開かれているので、貴族用の学院から上がってくる人もいるが、志と基礎学力さえあれば、一般にも学ぶ機会は与えられている。
いそいそと出かけた入校式。選択科目の確認。
オープン講座で目星はつけてあるので、さくさくと選択科目を決めていく。
そうでなくてもよく見えないので、目を細めてよく見ようとすると、いつも通り私の目はほぼほぼ一本の線にしか見えないらしい。
先日、お初にお目にかかったカミラさんに、醜女、と言わしめた、そんな目である。聞こえるように言うのはどうかと思うけどね。
目を細めてよくよく見たカミラさんは、出るところが出ている美人さんらしいね。
まあ、比べられても仕方ないので、笑ってごまかしておいた。
楽しみにしていた授業が始まる。
まず。朝、書類上旦那様になったアードリアンが離れにこそっとやってきて、何食わぬ顔で本宅での執務に向かう。本来ならそろそろ爵位を継承できるはずだが、あまり真面目に取り組まれていなかったようで、継承はまだ先のようだ。今更だが、お義父様に仕込まれている。
それをわざとらしく見送った後、ささっと着替えてこれまたこそっとアカデミアに向かう。もちろん伯爵家の馬車は使わず、乗合馬車だ。
経営学基礎講座から始まって、午後は選択科目の産業再開発講座。
選択科目の小教室に入ると、妙に女子率が高い。
そうね。昨今では女性領主も増えてきたし、旦那様と共同参画される方も多いと聞く。なるほどね。
「この講座を選んでくれてありがとう。担当するエルヴィンだ。みんなよろしくね。」
黒板がよく見えないので前の席に行きたかったのですが、この講座はやる気が多い方が多いのか、始まるずいぶん前から、前の席は埋め尽くされていました。
教授のあいさつに、黄色い声?きゃー?人気講座なんですね?
目を凝らしますがよく見えないので、配られた資料を見ることにしました。
成功事例はシェーザル家。あそこは侯爵家でしたね。鉱山もお持ちです。
かつては金物加工で武器を作っていた。平和になった今は、そのノウハウを生かして、鉄工芸品・金加工品、具体的には懐中時計やオルゴール、生活雑貨に至るまで…。なるほどなるほど。
金物加工でも、鍋や窯、農機具どまりのところは多い。
付加価値…ここでしかできない技術、を持つことが強みなんだわね。
もちろん、ここでしかできない鍋、ってのもあり。ありですわ。
原材料の調達、加工、技術の添付、流通・販売のノウハウ…。
資料の余白に書き込んでいく。
「・・・では、この領地におけるメリットとデメリットは?え、と、そこで寝てる子?おい。」
まあ、こんなに面白い授業で寝ている子がいるんですのね?
「お前だ、お前。」
くすくす笑いが聞こえます。その方はまだ起きないんでしょうか?
丸めた資料で軽く頭をたたかれたのは…私???
「起きてます。目が細いだけです。」
「あ、失敬。」
「お前ではありません。ローゼマリーです。まずメリットですが、領内に鉱山を持ち、現材料が調達できること。武器加工で培った金物の加工技術を持っていたこと。そのつてで、王家とつながりを持っていたこと。
どなたか…転用を考え出したのは才能だと思われます。そういう次世代に敏感な方がおられたのかと。」
「・・・・・」
「デメリットは、あそこの領地は王都から遠いことですね。今はよほど街道が整備されましたが、以前は精密機械を運ぶには適さない道路条件でしたでしょう。苦労なさったと思います。」
「・・・へえ…。」