第13話 結。(最終話)
この一年は忙しくて、あっという間だった。
僕と国産眼鏡の共同経営者になったローゼは年が明けると、旦那と愛人が住んでいた家を改装して、事務所兼店舗として整え始めた。その愛人はローゼの親戚のおじさんのところに養女に入り、一年間みっちり教育を受けるのだそうだ。
デビューはこの12月の舞踏会の予定。
それから離婚と旦那の再婚。
ローゼは隠し立てすることが無くなったから、何でも話す。
旦那のアードリアンが眼鏡をかけて戻ったローゼにびっくりしていたこと。
…まあ、別人だからね。目が。
実はぱっちりとした深いブルーの瞳。ツルペタと評した体格も、それなりになったし。
愛人と住んでいた家を引き払ったから、屋敷の離れで同居生活が始まったのだが、ローゼの話からすると…
「なんだか気を使って、お出かけしようとか、一緒に食事を、とか言ってくるのよ!もう面倒だから、お気遣いなく、って言ったのよ!」
…相当、後悔しているみたいに聞こえるけど…。ローゼ本人はいたって何も気にしていないようなので黙っていた。
エルヴィン教授のところでの卒業論文は、今回立ち上げた国産眼鏡の販売について書いていた。見せてもらったが、良く書けていた。あーでもないこーでもないとうなっていたので、少しアドバイスはしたが。
そうそう…ローゼが実は既婚者だと知って、教授が興味を示した。なんていうの?女として?
もともと、彼女自体を面白いと思っていたところに、既婚者、っていうところが引き金になったんだろう。あの人の趣味もよくわからない。
しょっちゅう夕食に誘われだしたらしい。
「あらま、先生、メラニーさんとでもどうぞ。」
今のところ玉砕してるみたいだけど。ぷぷっ。
さて。眼鏡のレンズはローゼの兄がフールに職人を何人か連れて修行に行っていた。
今は戻って、試作品を作っている。
フレームについては教授の実家の領地の職人が自信満々なサンプルを送ってきたし。
僕はローゼの事務所の脇に眼鏡の調整と接客ができる専門員を育成する専門校を作った。今、10名ほどが学んでいる。教官はフールから引き抜いてきた。
今は…最初に販売する国産眼鏡の販売価格についてローゼと話し合っている。
あまり高く設定すると、庶民は買えない。が、あまり安くすると投資した分の回収が難しくなる。これから仕入れの支払いと、人件費の支払いがあるしね。
「どうする?」
「うーーーーーん。まず原価がこのくらい。そこに移送費。人件費。設備投資費の回収。…これくらいでどう?」
「これで利益が出るの?うちはボランティアでやってるわけじゃないよね?」
「利益…。デスヨネ。」
「お前だって生活していくし、僕も投資した分は回収したいし。次の設備投資への貯金も必要でしょ?」
「うーーーーーん。」
頭をボリボリと搔きながら、僕の共同経営者がうなっている。
退屈しない子だな。教授の気持ちもわからなくもない。
「じゃあさ、気分転換に、ケーキでも食べに行かない?」
組んだ足を下ろして、ローゼを誘う。
そう。既婚者なので目立つ場所で男の人と居るのはちょっと、と言っているローゼは僕とはどこにでもお出かけする。
今日もローゼに絶賛されたシンプルなワンピース。
ロングコートを肩に羽織って、近くのカフェに出かける。
*****
「へえ、教授、あんなに嫌がっていた舞踏会に出るんですか?」
「ああ。お前も行くんだろう?ちょうどよかった。俺にエスコートされて行け。」
まあ、僕は奥様方のお付き合いもあるので、毎回出席している。
御用達、なので、ちゃんと招待状も来るしね。
前回の12月の舞踏会で、ローゼが壁の花になっているのも見たし。
流行の最先端。着こなしや、宝飾品の合わせ方…勉強になるし。それに…。
今回は面白いものが見れそうだしね。
教授と同伴するとなると…ドレスは紫ね。
宝飾品は銀に変更かあ。少し地味になってしまうから、大きめの石にしようか。
迎えに来た教授と、舞踏会会場に乗り込む。
銀ぎつねのファーを受付に渡して、教授にエスコートされて入る。侯爵家は割と早い入場。まだ伯爵家のローゼは入場待ち、ってところか。
首元は細かいダイヤを施して中央にはアメジストがついたチョーカータイプ。
ドレスは予定通り紫。あまり広がらないタイプの大人っぽいドレス。下品にならない程度に空いた衿元。髪は左半分をアップさせて銀の髪飾りで留めて右側に流してみた。
この髪飾りは来年ヒットしそう。
教授とあちこち挨拶を終えて、シャンパンを飲んでいると、ローゼと旦那が入場して来た。ドレスは旦那に合わせた薄いブルー。宝飾品は去年お買い求めいただいたもの。遠慮せずに買ってもらえばいいのに。
やっぱりね。エスコートしている旦那は着飾ったローゼにぽーーーっとしてるじゃないか?はは!
これは…意外な展開になるかもね??
家で去年合わせた眼鏡は、ドレス姿でも違和感がない。ここが売りだね。目の悪いご令嬢は見てくれを心配して眼鏡なしで臨むので、動きがどうしてもぎこちなくなる。
ふむふむ。いい宣伝になる。
ちらり、と、お隣の教授を見てみると、ローゼをガン見している。おやおや。
どうしましたか?女泣かせの教授らしくありませんね。うふふっ。
ダンスが始まるまで、あちこちの奥様方にご挨拶。
教授はいつものように女の子に囲まれて身動きが付かないようだ。
ダンスが始まる。一曲、仕方がないので教授と踊る。
ヒールを履いているので、僕の方がほんの少し背が高い。そんなことを気にも留めずに優雅に踊る教授。さすがだね。女の子たちの視線が物凄いね。うふふっ。
ローゼは旦那と踊っている。旦那の愛人は…燃えるような赤い髪?いたいた。養父と踊っているようだね。
一曲終わると、ずかずかと愛人の子がローゼの旦那のところにやってきて手を差し伸べる。度胸が据わってるね。旦那のご両親が目を真ん丸にしている。まだ未練がましく手を離さない旦那を振りほどこうとしているローゼ。どうしよう…爆笑しそう。
「どうぞカミラさんと心行くまで踊ってください。私は身を引きますわ。」
お、始まった。事務所で暇があると練習していた。
「いや、ローゼマリー、待って、その、僕は君を…君とやり直したい!」
「あ、ちょっと待って。こんな旦那やめて、俺と結婚しないか?」
おお、教授乱入。意外な展開か?教授の爆弾発言で、押し寄せた女の子たちから悲鳴が上がる。口に手を当てて、笑いそうなのをやっとのことでこらえる。
「まあ、アードリアン様、私、カミラさんを応援しておりますのよ?あちこちで愛を語る不誠実な独身主義者より、一人の方を愛して、こういう方法しか取れなかった不器用なアードリアン様の決心は素晴らしいと思います。カミラさん、いいですか?安易に流されやすいアードリアン様の手綱を締めて、良いご家庭をお作り下さい。」
「え?ローゼ…。」
「え?」
あらま。二人そろって、バッサリですね。
「では、短い間でしたがお世話になりました。離婚届にはもうサインを頂いておりますので、これにて失礼いたします。」
そう言って、深々とお辞儀をして幕引き。大根だけどね。
観客は大勢集まっている。なかなか面白い寸劇だったね。
「さあ、参りましょう、ローレンツ。忙しくなるわ!」
「????」
「ローゼ、その人は?」
「私の人生のパートナーですの!」
お前…言葉の選択、間違ってるぞ?まあ、いいか。
ローゼマリーに手を引かれて会場を駆け抜ける。