第12話 転。
ぼんくら旦那がお義母様に言われて呼びつけたドレスショップの店員さんによる仮縫いのサイズ合わせ。旦那の色に合わせて、淡いブルーのドレス。
・・・こんなことにお金を使うのはもったいないですよね?
もちろん、口には出しませんが。
年に一度、王城での舞踏会には出るしかないので、致し方ありません。そういう約束ですし。ヘラさんが力を入れて磨いて下さるので、髪もお顔も爪も…ピカピカですし。
そう…12月の舞踏会に向けての準備です。
お義母様が、宝飾品の少なすぎる私に、宝石を買いに行こうと言って下さったときは、心底ご遠慮しましたが…。
「あら、まあ。遠慮しなくてもよろしいのよ?うちの嫁なんですもの。そうねえ、アライダ通りのアロイジウスに予約を入れましょうね。」
いえ…。その店は…。
「王室御用達の看板も頂いているお店なのよ。商品に間違いはないから、少々お高くても良いもの揃いなの。」
「・・・・・。」
デイドレスでお店に出かける。
「グンター伯爵夫人、ようこそお越しくださいました。どうぞ。」
よく教育された従業員が招き入れる。お義母様の後を顔を伏せて入店した私を見て、みんな一瞬、ぎょっとした顔をした…気がした。良く見えないけど。
「あら、お待ち申し上げておりました、ゲンター伯爵夫人と…」
「あら、うふふっ。息子の嫁ですの。息子が家から出したがらなくてね、12月の舞踏会が初のお披露目になりますのよ。今日はうちの嫁のネックレスとイヤリングを見に参りましたの。」
「初めまして。ローゼマリーと申します。」
伏し目のまま、ドレスのスカートをつまんで挨拶する。
何やってんだかな…。まあ、ひょっとしたらばれないか。眼鏡かけてないし。先生も言ってた。眼鏡ありと無しは別人級だ、って。目の大きさが。
「初めまして。店主のローレンツと申します。以後お見知りおきを。」
「あ、はい。」
何事もなかったように、ドレスの色合いを聞かれ、いくつかのおすすめ品がビロードの布の上に広げられる。
「このあたりがよろしいのではないでしょうか?お肌も白くて映えそうですわ。どうでしょう夫人?」
「そうね。ローゼ、つけてみる?」
「はい。」
こうなりゃ、どうとでもなれ。秘密にしたわけじゃないし、言う必要がないと思ったから言わなかっただけだし。
「いかがでしょう?」
そっと…白い手袋をしたローレンツがネックレスとイヤリングを着けてくれた。
「あら、いいわねえ。」
「奥様?若奥様に必要なのは、宝飾品より前に眼鏡の様ですよ?良く見えていらっしゃらないようですし。」
「まあ。そうなの?ローゼ?大変!じゃあ、眼鏡も買っていったら?」
「え…?」
「ここは眼鏡も扱っていますものね?お願いしますわ。」
「・・・・・」
「では、若奥様はこちらに。奥様はお茶をお出ししますのでお待ちいただいてもよろしい?」
「あら。お願いね。」
先を行くローレンツのあとにとぼとぼと続く。
気が付いてないのかしら?うふふっ。
「さあ、若奥様、こちらにおかけください。」
「・・・・・」
「ちょうど、私の知り合いに合いそうなフレームが入ったので、レンズもあらかじめ調整してありますの。こちらをかけてみてくださいね。」
あ、普通だ。やっぱりわかんないんだ。
「まあ、ぴったりですわ!お似合いですよ、《《若奥様》》?」
「あ、あら、ほんとね。おほほほほ。」
とても細いフレームにレンズがはめ込まれており、眼鏡かけてます、って感じがしない。もちろん視界は良好。鏡越しによく見えるローレンツは…相変わらず美人。今日はリボンタイが付いたブラウス。肩と袖口がふわっとしてかわいらしい。今まさに流行の形ですね。さすがです。ローレンツが着るときりっと見える。そこに長めの二重のネックレス。
「何がおほほほだ。お前…共同経営者に対して隠し事…でかすぎない?」
「ごめん。ちょっといろいろあって。」
「いろいろあって?…実は伯爵家の若奥様の趣味のお手伝いなのか?」
「・・・ごめん。もちろん、そんなつもりはない。片手間でもない。大まじめだから。前払いの慰謝料も使いこんじゃったし。元、取りたいし。なんなら人生かかってるから!!」
「は?」
かいつまんでこれまでのいきさつを説明する。
「まあ、そんなわけよ。」
「そんなわけって…おまえ…そうじゃなくても嫁に行けそうにない容姿なのに、バツイチになんかなって…犠牲部分多すぎない?」
なにげに失礼な奴だな。相変わらず。
「あんまり結婚願望もなかったしね。ぼんくら旦那のおかげで、毎日楽しいよ?」
「・・・お前のそのぼんくら旦那な、この前来てたぞ。真っ赤な髪の女連れで。最近結婚したとうわさは聞いていたから、ついに噂の恋人と結婚したのかと…。で、真っ赤なルビーを買って帰った。」
「で、しょうね。気にしないで。カミラさん、あ、旦那の愛人がね、12月の舞踏会に行けないからへそを曲げたらしくてね。なだめるのが大変、って言ってたから。」
「・・・まあ、お前がそれでいいなら。」
「いい。すごくいい。いろんな形があるわけよ。うん。」
「なにが…?」
「まあ、そんなわけだから、今後も今まで通りお願いね。ね?」
「はあ。」
「あ、ローレンツさんに、男でも女でも、恋人ができても今まで通りでよろしくね。私は共同経営者なわけだし。慰謝料を使い込みしてしまったから、2年間は契約通りにいくしかないしね。あ、お義父様とお義母様は知らないことだから、秘密ね!」
「・・・はあ。」