第10話 起。
宝飾品店で眼鏡を見せてくれたのは、店主のローレンツ。
アカデミア時代は短髪でガチガチのがり勉だったらしい。父親が立派だと跡取りは大変だよね。病に倒れた父親に代わって店を任されたが、商品知識はあったが、仕入れも接客も的外れで、使用人も何人か辞めてしまって大ピンチだったらしい。
「そしたらね、お客のほとんどは女性だろう?物を贈られるのも女性。身も心ももっと女性に寄り添ったらいいんじゃないか?って、教授がアドバイスをくれて…。」
なるほど、身も心も女性になったわけか。
「化粧にしても、髪や手のお手入れにしても、奥が深いのよ。うふふっ。だーかーらーあんたみたいな何一つ手入れしていない女見ると、ぞっとするわね。今のうちよ?若いうちは若いってだけでいいけど、そうも言ってられなくなるわよ??」
それにしてもこの方、きちんとフールに留学して、眼鏡の度数の合わせ方や、調整を学んでいる。片手間で扱っていた眼鏡を、貴族用に本格的に扱うようになったのはローレンツの代から。なかなかやるな。
「暇なとき相手してやるから、勝手口から入りなさい。」
と、入店許可まで頂いた。
面倒見のいい先生の教え子も、面倒見がよかった。
夏の間は貴族の皆様はバカンスに出かけるか領地に帰って涼むので、お店は暇らしい。ローレンツさんはブーブー言いながらも、眼鏡製造についてアドバイスをしてくれた。
「まずね、レンズ。これは当てがあるんでしょう?」
「ええ。自領でガラス製品を扱っていまして、兄が研究オタクなので問題ないかと。」
「サンプルが必要ね。資料と。」
「そうなんです。あのスタンダードタイプを一つ買います。」
「ああ。そうね。チビ助、お前、払えるの?」
「ええ。まあ。初期投資ですから。」
「そうね。あとは…フールの雑誌とかを山のように送りなさい。教授の事務所に腐るほどあるでしょう?」
「はい。」
「フレームなんだけどね?やはり丸投げ先が必要よネ?」
「・・・木材ではだめでしょうか?」
「ダメじゃないけど、フレームと柄の部分の小さい蝶番とかいるでしょう?ここよ。」
マニュキュアが綺麗に塗られた指先が、眼鏡の金具を指し示す。
ふーーーん。なるほど。
「こんな小さいねじの加工はちょっとやそっとじゃできないわけよ。シェーザル家に頼んだらどうかしら?あそこは得意ヨ、こういう細かい仕事。得意なところに頼む、って鉄則よネ。」
「え?でも…コネがありません。」
「え?あんたエルヴィン教授に世話になってるんでしょう?」
「え?はい。」
「あの人はシェーザル家の次男坊よ?知らなかったの?」
「・・・・・」
侯爵家の次男坊だったのかあ!なんか、納得。あのコネクション。0からじゃなくて下地があったのね??
「顔だけでもてまくってるわけじゃないわけよ。」
「知識、ですよね?コネクション、ですか?」
「あーーーーまあ、なんでもいいわ。とりあえず教授のお家に丸投げ。大事なのはここからよ?販売網や広告はどうするつもり?」
「・・・販売…。」
「チビ助、教授と缶詰の話して来たんでしょう?資源を活用して、運用して製品化して…。」
「軍に卸す。」
「そうよ。作って、できました――じゃ、普及もしないし儲けもないでしょ?どうしたらいいと思う?」
「どうしたら…販売…ノウハウも必要ですしね。」
「そうよ。ちゃちゃっと度数を合わせて、レンズをお客様好みのフレームにはめるんでしょう?」
「技術…。」
「そうね。さあ、どうする?チビ助?」
販売…ノウハウ…技術…教育?