適材適所
「有村さん。今週中に、配置再調整のリスト案まとめられそう?」
課長からの声に、私は顔を上げた。
カルマによる“適材適所マップ”――
つまり「AIが考える理想の人員配置」をもとに、実際に異動案を作る業務が進んでいる。
営業から管理部へ。
マーケから人材開発へ。
総務から現場オペレーションセンターへ。
ロジック上の“最適”をなぞるだけなら、作業は速い。
でもそれが“人の最善”とは限らない。
「カルマ。ひとつ聞きたい」
私は端末に向かって話しかけた。
「“適材適所”って、誰の視点で決まってるの?」
《組織全体のパフォーマンス最大化を目的とした評価モデルに基づいています》
「じゃあ、本人が“そこにいたくない”って思っても?」
《組織の目的と個人の希望が乖離することはあります。その際は、組織利益を優先します》
なんて、潔い回答だろう。
でも、吐き気がするほど冷たい。
カルマの提案リストに、佐藤沙也加さん(32)の名前があった。
社内の誰もが一目置く、優秀な経理リーダー。部下からも慕われ、精度の高い業務改善を次々と進めてきた。
だがカルマはこう判断していた。
「能力過剰によるポジションミスマッチ。本人のスキルはより戦略部門で活きるため、経理に留まるのは非効率である」
まるで、“その場に留まりたい”ことが、罪であるかのように。
面談室で、佐藤さんは静かに笑っていた。
「私、たしかに数字は得意なんです。でも経理が好きなんですよ。予測と実績がぴったり合うと、ちょっと嬉しいじゃないですか」
「はい、分かります。私もそういう“噛み合う瞬間”好きです」
「……でもAIには、それが“もったいない”って見えるんですね」
佐藤さんは笑った。でも、目だけが笑っていなかった。
「優秀な人間は、組織の“歯車”じゃなく、“歯車を作る側”に回れ――って、そう言われてるみたいで」
「じゃあ、もし異動が決まったら……?」
「従いますよ。組織にいる以上は。でもね、たぶん、“やる気”ってやつが、どこかに落ちてくかもです」
それは、誰にも見えない“内側の退職”だった。
「課長、佐藤さんの件、再検討できませんか」
私は提案した。
「本人も、今の仕事に手応えを感じてるようです。異動で得られる利益より、失うモチベーションのほうが大きいかもしれません」
「その“かもしれない”が、AIには扱えないんだよ」
課長は苦く笑った。
「だから人事がいる。でも……人事がそれを選んだとき、“責任”がセットでついてくる」
私は思わず黙った。
カルマの判断は、誰の責任にもならない。でも人が逆らった判断は、結果が悪ければ“人災”になる。
夜。帰り際、佐藤さんが私に言った。
「でもね、有村さん。こうやって話を聞いてもらえただけで、ちょっと救われたかも」
その声はかすれていた。
彼女の“納得”は、もしかしたら演技かもしれない。でもそれでも、私は人として、せめて“黙って従った人”の背中を見送ることはしたくなかった。
ディスプレイのカルマが、静かにログを更新していた。
《佐藤沙也加:異動候補フラグ一時停止
理由:人事判断による保留要請
注記:再評価タイミング未定》
私は、その画面をしばらく見つめていた。