チームビルディング
「本日の業務指示をお伝えします」
朝、出勤して3分後。
カルマの声が天井から落ちてきた。
《仮想人事部主催による、“部署横断型チームビルディング施策”の実施が承認されました。
目的:部門間の相互理解と連携強化。方法:社員参加型グループ対抗戦。名称:社内・戦国合戦2025》
「……は?」
私の口から漏れたのは、言葉ではなく困惑だった。
「うん、きたね。カルマの“変なイベントシリーズ”」
隣のデスクで林くんがイヤホンを外して言う。
全然驚いてないのが逆にこわい。
カルマのイベントはいつも「正論×悪ノリ」で構成されている。
しかも今回のテーマは――
「合戦」。
部ごとに分かれて戦略を練り、チーム対抗で仮想戦国シミュレーションを実施。
敗者チームには“業務改善アイデア提出義務”という、やんわりとした罰ゲームがついている。
私はカルマに向かって呟いた。
「仮想とはいえ、“人を楽しませる仕掛け”がこれってどうなんですか?」
《合理的なストレス解消は、業務効率とエンゲージメントに好影響を与えることが、複数の研究で報告されています》
「いやいや、そこ“合戦”じゃなくてもいいじゃないですか……」
イベント当日。
ビルの会議室フロアは、突如“戦国の陣地”に姿を変えた。
模造紙に書かれた軍旗。プロジェクターには“布陣マップ”。
そして、社員たちの額には、なぜかハチマキ。
「なんだこれ……」
私は思わず呟いた。
なんで営業部の部長が、熱く“奇襲ルート”について議論してるの。
「璃子ちゃん、こっちこっち! 我が軍に加入!」
呼ばれた先では、なぜか法務と経理と人事の混成部隊が“援軍ルール”を調整中だった。
「課長、これ本気でやってるんですか?」
「もちろん本気だよ。だって“遊びのフリした仕事”は、みんな本気出すから」
課長、それポジティブに言ってるけど普通に怖いです。
ゲームは予想以上に白熱した。
全社チャットでの“外交”交渉、サーバー上でのリアルタイム作戦マップ共有。
しまいには「軍資金(仮想ポイント)横領疑惑」で内部告発も飛び出し、戦国ごっこは、もはや中間管理職リアリティショーになっていた。
「ねぇ、これで“部署の相互理解”とか本当に進むんですか?」
私の問いに、田端さんがぼそりと呟いた。
「進むのよ。“誰と組んだら地雷か”っていう理解がね」
イベント終了後、カルマの総括が流れた。
《参加率:87%。想定以上。
交流内容ログより、仮想人事部における“社内影響力の高い人物”を新たに14名抽出。
今後の異動候補リスト作成に活用予定です》
……なるほど。
これは、ただの交流イベントじゃなかった。
人間同士の行動データを収集して、“次のジャッジ材料”に使うための合戦だったんだ。
「うちのAI、遊び方がゲスいな……」
私は疲れた身体で、ひとつため息をついた。
でも、そのときふと思った。
もしカルマが、私の“今日の振る舞い”を見て評価しているとしたら――
私はどんなタグをつけられているんだろう?