傘の中、君の距離
もっとうまく書けるようになりたい、もっと精進したいなと思うそんな作品でした。
―雨の日は嫌い
髪はぐちゃぐちゃになるし、服は濡れるし、ほんと最悪
ずっとそう思っていた―
だけど、そんな雨の日が少しだけど、そう、ほんの少しだけ嫌いじゃなくなったのはきっとあの日から
「あれ、傘が無い」
私は、いつもより少しだけ遅くなった放課後、靴を履いて帰ろうすると自分の傘が無いことに気が付いた。
「誰かが間違えて持ってったのかな」
とは言いつつ、今日の予報は午後から雨模様、外を見ると予報通りしとしとと雨が降っている。流石に傘無しで歩いて帰れる天気じゃないな、と困っていると
「あれ?どうしたの?」と後ろから声をかけられた。
私が振り向くと、そこには同じクラスの男子の姿があった。
「えっと、傘が無くて、それでその」少し俯きながら伝えると、彼は少し悩んだ様子だったが、暫くすると
「良かったら使う?」といった。
私は一瞬、何を言われたのか理解するまでに時間がかかってしまった。
その沈黙を彼は迷惑だとでもとらえたのか。
「もちろん、そっちが嫌じゃなければだけど」と頭を掻きながら続けてくる。
「あ、ごめん、嫌とかじゃなくて、私に貸すと貴方が濡れちゃうから」
「大丈夫大丈夫、俺は家近いし走って帰るから」そう言って笑うと、彼は私に傘を半ば強引に押し付けると雨の中を走って行ってしまった。
帰り道、雨が傘を叩く音を聞きながら彼の事を考える。
この雨だ、いくら家が近くて走って帰ったとしても結構濡れるだろう。
本人は大丈夫だと言っていたけれど、風邪は引かないだろうか…
私の脳裏からは、なぜか雨の中走って行った彼の後姿が消えないのだった。
それから数日が経ち、傘の一件も忘れかけていたある日の放課後、私がいつもの様に帰ろうとすると、困ったように外の様子をうかがう人影を見かけた。
その後ろ姿に見覚えがあった私は、思わず声をかけていた。
「あの、どうかしたの?」
突然声をかけられたことに驚いた様子の彼だったが、私の姿を見かけると困ったようにふっと微笑んだ。
「あぁ、今日雨って知らなくて、傘忘れたからどうしようかなって」
そういって頭を掻く彼の様子に、以前傘を貸してもらった時のことを思い出す。
「今日は走って帰らないの?」と少しからかうように返すと、「あの時はそういう気分だったんだよ」と慌てたような、そして少し照れたような感じで返事をしてきた。
そんな彼の様子に少し悪戯心が芽生えた私が「じゃあ傘使う?」と提案してみると、彼は「貸してくれるの?」と聞いてくる。
「1本しかないから、一緒に使う事になるけどね?」そういうと、彼は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、「いや、それは、ちょっと」と先ほどよりも大げさに慌てていて
そんな彼の様子が可笑しくて、思わず笑いながら「ほら一緒に帰ろ?」と彼を急かすのだった。
―私のちょっとした悪戯心で、彼と使う事になった一つの傘、雨の中を歩くその空間は思っていたよりもずっと狭くて、雨に濡れないようにと、中心へ近づくと彼の肩にぶつかる―
その度に私は謝り、彼は気にしないで、と言ってくれた。
これといった会話も無く、ちょっとぎこちない帰り道だったけど、何故だか不思議と嫌な感じではなかった。
別れ際、彼は「助かった、ありがとう」と言って傘を渡してくる、そんな彼の後姿は片方の肩だけが濡れていた。
それに気づいた私は彼を見送りながら
「カッコつけちゃって、傘、意味ないじゃん…」
思わず、そう呟いていた
それからの私は、自分でもわかる位、なにかと彼を目で追う事が多くなっていた。
斜め前の席に座っているクラスの男子
私と彼はただのクラスメイト
―本当に?
そんな気持ちを抱えたまま、私は日々を過ごしていた。
そんな日が続いたある日、また雨が降った。
学校のチャイムが鳴り帰り支度をしている時、ふと私は彼の事が気になった。
傘は持ってきているのだろうか
彼の方を見ると、そんな私の杞憂とは裏腹にちゃんと持ってきているようだ。
それを見た私は、安心したような、少し寂しいような気持だった。
「ねぇ、良かったら一緒に帰らない?」
普段特別話しかける事のない私だけど、ちょっと勇気を出して声をかけてみた。
声をかけられて少し驚いた様子の彼だったが、声の主が私だと分かると、微笑んでいいよ、と答えてくれた。
―その笑顔を見た私の心も少し温かくなるのがわかる
それから私たちは二人で傘を差し、一緒に帰り道を歩く。
この前の違うのは別々の傘を使っているという事。
それなのに何故なのだろう、この前一緒に帰った時よりドキドキしないのは
彼が話かけてくれる内容に返事をしつつ、分かれ道まで来た。
「また明日」そういって彼の背中を見送る。
―そんな彼の後姿は濡れていなかった
その日の夜、ベッドに置いてあるぬいぐるみに話しかける。
今日、彼と一緒に帰ったんだ
だけどね?どうしてか前に一緒の傘で帰った時みたいにドキドキしなかったの
彼のことは好き、だと思うんだけど
これって、どうしてなのかな?
そんな私の独り言に返事がある訳がなく、時計の針だけが静かに進んでゆく。
それから、私と彼は一緒に帰る事が多くなった。
普段の教室でも今までより話すことが増えたし、帰り道での会話も弾んでいるような気がする。
彼と一緒にいる時間が楽しい。
でも、私の心の中で、どこか物足りなさを感じていた。
「今日は午後から雨か」
天気予報を見た私は憂鬱な気分になりながら学校の支度をする。
いつも通りといえばいつも通り、彼の様子を自然と目で追いながら授業を受けたり、他愛もない会話をする。
下校の時間になった。
私は彼に話しかける「ね、今日も一緒に帰らない?」
最近の日課になりつつあるせいか、驚いた様子もなく、彼も「いいよ」と言ってくれる。
彼が傘を差して待っていてくれている、私は折り畳み傘を取り出そうとして、やめた。
ここ数日感じていたモヤモヤの正体を知りたくて、私は思い切って聞いてみることにした。
「傘、忘れちゃったみたいなんだけど、一緒の傘、入って良い?」
驚いたような、何か言いたげな彼の様子がうかがえる。
少ししてから、しょうがないなといった様子で、入れよって言ってくれた。
やっぱり狭い、一つの傘を二人で使う。
肩が触れそうな、いつもの帰り道とは違う彼との距離にドキドキしながら道を歩く。
雨が傘を叩く音だけが、二人の間に響いている。
いつもより会話も無いけれど、この沈黙と雨音が心地よい
濡れそうになると肩がぶつかりそうになり、その度に胸のドキドキが早くなるのを感じる。
彼に聞かれないかな?なんて思って様子をうかがうと、目が合った。
―慌てて逸らす
恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。
彼は何とも思っていないんだろうか?
チラッと様子をうかがうと、顔を逸らした彼の耳は心なしか赤くなっている気がする。
分かれ道まできた、いつもならここで別れる所
―離れたくないな
そう思っていると、不意に彼が
「傘、一緒に使うのは良いけど、今度からもうちょっとうまく誤魔化せよ」
と言ってきた。
その表情は照れていたけれど、でもこの状況が嫌ってわけではなさそうな、そんな感じだった。
私はバレていた事にバツが悪くなりながら、それでも入れてくれた彼に感謝をしつつ
「うん、ありがと」
と返事をすると彼を見送った。
そんな彼の後姿はやはり片方の肩だけが濡れていて
その姿にいつもの姿とは違う胸の高鳴りを感じるのだった。
―雨の日は嫌い
髪はぐちゃぐちゃになるし、服は濡れるし、ほんと最悪
ずっとそう思っていた
でも、彼とこうして一つの傘を共有して歩くこの時間だけは、好き、そう思えるようになっていた―
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
気に入ってくださったら、コメントや評価などして頂けると励みになります。
よろしくお願いいたします。