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甘く響く、ふたりの鼓動  作者: ブラックコーヒーを甘くしたい
2/10

君の好きなものを教えて(オムニバス版)

この作品は、同タイトルで短編として投稿したものを加筆、修正してオムニバス形式として読めるよう連載小説の中に投稿した物になります。

ご承知の上ご一読頂けると幸いです。

普段、本を読まない僕が、どうしてその日の放課後、学校の図書館に足を運んだのか――。今思えば、その理由なんてもうどうでもよくて、ただ一つ言えるのは、あの日、僕が図書館に行かなければ、栞との関係がただのクラスメイトから変化することはなかっただろう。




「その本、面白い?」




窓際の席に座っていた少女のことが、どうしてか気になった僕は、そう声をかけていた。




最初は自分に声をかけられたとは思っていなかったのだろう。そのまま本を読み続けていたが、再び声をかけると、ようやく自分に対してだと気づいたのか、ゆっくりと顔をあげた。




本を読んでいたのは――同じクラスの栞だった。




「え? あ、はい、面白いですよ」




少し戸惑いながらも答えると、栞は穏やかに微笑んだ。




「どんな本が好きなの?」とか「いつも図書館にいるの?」なんて質問をすると、栞は最初は戸惑っていたが、ゆっくりと答えてくれた。




「僕、全然本を読まないんだけど、おすすめの本ってあるかな?」




そう尋ねると、栞は「そうですね……」と少し考えてから席を立つと、本棚から1冊の本を持ってきてくれた。




「これなんかどうですか? 学校の教科書にも載ってたりするんですけど、あれって一部分しか載ってなくて、一度全部読んでみると面白いかもしれませんよ?」




僕は渡された本の表紙を眺める。教科書で見たことがある気はするけれど、全編読んだことはなかった。




「じゃあ、これを読んでみようかな?」




そう言うと、栞は「どうぞ」と優しく微笑みながら本を差し出した。



教科書に話が載っている本なんて面白いのだろうか?


国語の授業が嫌いで、まともに教科書すら読んだことが無かった僕は、真面目に本を紹介してくれた栞に対して、少し気まずさを感じながらも、それを受け取り、ページをめくり始める。


最初はただ文字を追っているだけだったが、しばらくすると、意外と内容が頭に入ってきていることに気がついた。




ふと顔を上げると、栞は静かに自分の本を読んでいた。


本のページをめくる音だけが静かに響く、普段の放課後とは違うこの空間が、思いのほか心地よく感じられた。




-----




次の日も、僕は自然と図書館に向かっていた。


昨日、栞に勧められた本が思いのほか面白くて、その続きを読んでみようと思ったのだ。



いつもならスマホをいじったり、友達と話している時間。でも今日は違った。


静かな図書館で、本の世界に没頭する――そんな時間が、意外にも心地よかったのかもしれない。


図書館に入ると、昨日と同じ席に栞がいるのが目に入った。


僕は、彼女の邪魔にならない様に、少しだけ離れた場所で本を読み始めた。



「続き、気になります?」



不意に声をかけられて顔を上げると、そこには僕の様子をうかがう栞の姿があった。


どうやら僕がいる事に気づいたらしく、声をかけてきた。


クラスでは物静かで目立たないので分からなかったが、本の事になると意外と積極的なのかもしれない。



「うん、意外と面白い」



素直な感想を言うと、栞は少しだけ目を丸くした後、ふっと微笑んだ。




「それは良かったです。本を読むの、嫌いじゃなかったんですね」




「まあ、食わず嫌いだったのかも。昨日までは、活字が多いだけで避けてたけど」




「じゃあ、これを読み終わったら、次も何かおすすめしますね」




栞はそう言って、自分の本に視線を戻した。


僕もそれにならって、再びページをめくる。




静かな時間。


でも、一人でいるときとは違う、心地よい空間。




昨日と同じように、ページをめくる音だけが響く。


でも、今日は違った。




本の内容だけじゃなく、時折、栞の存在が気になる。


僕はいつの間にか、本を読むことそのものが楽しくなっていた。




-----




「最近、よく図書館にいますね」




本を開いていた僕に、栞が声をかける。




「まあね。読んでみたら意外と面白くてさ」




僕がそう言うと、栞は嬉しそうに微笑んだ。




「あの本、もう読み終わりました?」




「今読んでる所、今まで来たことなかったけど図書館って静かでいいね」




「よかったです、私もこの雰囲気が好きでいつも来てるんですよ」




そんな会話をしつつ、僕らは最近の定位置になっている場所で本を読み始めた。




「ん、面白かった」


少し固まった体を伸ばしつつ呟くと、栞と目が合った




「凄いですね。今まで読んだこと無かったのに、そんなに集中して読めるなんて」




「気付いたら夢中になって読んでたよ」




本を読まない僕が、こんなに夢中になるなんて。


自分でも不思議だったけれど、読んでいる時間は嫌いじゃなかった。




「じゃあ、次はこれなんかどうですか?」




そう言って、栞はまた新しい本を僕に差し出した。




「今度はどんな話?」




「今話題のドラマの原作になっている小説なんですけど」




「あ、これって……あのドラマの?」




タイトルを見て、すぐにピンときた。最近よく話題に上がるドラマの名前が、表紙の帯に書かれていた。




「そうです。原作はもっと細かい心情描写があって、ドラマとはまた違った面白さがありますよ」




「へえ……じゃあ、読んでみるよ」




本を受け取ると、栞は満足そうに頷いた。




この時間が、僕の日常の一部になりつつあった。


昼休みや放課後、気づけば僕は図書館に足を運ぶようになっていた。


本を読むのが楽しい。


けれど、それだけじゃない。




ふと顔を上げると、栞が静かに本を読んでいる。


窓から差し込む陽の光に照らされた彼女の横顔は、とても穏やかで、綺麗だった。




本を読むことが好きになった。


でも、それはきっと、本だけじゃない。




いつの間にか見ていたのは本ではなく、彼女の横顔だった。




それでも、その時の僕はまだ、自分の気持ちの正体に気づいていなかった。




-----




いつも通り図書館に入ると、ふと違和感を覚えた。




静かな空間、本の匂い、規則正しくめくられるページの音――


いつもと変わらないはずなのに、何かが足りない。




「……あれ?」




いつもの席に、栞の姿がなかった。




不思議に思いながら席につき、習慣のように本を開く。


けれど、ページをめくる手が進まない。




(おかしいな……昨日までは、あんなに楽しく読んでたのに)




文字は目の前にあるのに、頭に入ってこない。


話の内容も、登場人物の気持ちも、ぼやけたフィルターがかかったように、曖昧にしか感じられなかった。

まるで、国語の授業が嫌いだと言っていた時の僕が、本を読んでいるかのように。



本が好きになったと思っていた。


でも、違ったのかもしれない。




本を読んでいる時間が好きなんじゃない。


栞と一緒にいる時間が、好きだったんだ。




それに気づいた瞬間、胸がざわつく。


彼女に会いたい。話したい。


その気持ちは、じわじわと強くなっていく。




(……明日、ちゃんと会えるよな?)



その日は、本のページをめくることは殆どなく、会いたいという気持ちとは裏腹に、一抹の不安を抱えたまま、図書館を後にした。




-----




翌日、栞は休んだことには特には触れず、僕もいつも通りの会話が出来たと思う。




それからも、僕は図書館に通い続けた。




新しい本を読むたびに、栞と感想を話し合う、そんな時間が楽しみだったから。




「こっちの主人公のほうが共感できたな」




「え?でも、こっちの方がリアルじゃないですか?」




本の好みは違っても、話している時間は心地よかった。


クラスメイトの栞、特にクラスでの接点は無く、お互いに話しかけることはない。


休み時間の図書館で、こうして読んだ本の感想を言い合うだけのクラスメイト。


彼女はどんな本が好きで、どんな場面で心を動かされるのか。 少しずつ知るたびに、僕は彼女という存在そのものを知っていく気がした。




そして、そんな時間が増えるほど、僕の中での気持ちが大きくなってゆくのが分かる。




そんなある日、栞がふいに呟いた。




「私、最近、好きなものが増えたんです」




「へえ、何?」




本の話かと思って軽く聞いた僕に、栞は少しだけ間を置いて、そっと微笑む。

だけれどその表情は、どこか、いつもより緊張しているように感じられた。




「……君と話す時間」




一瞬、息が詰まる。


栞の言葉は、まるでそっとページをめくられるように、僕の心に静かに響いた。


彼女はそのまま少し照れたように続けるー




「この前、私、休んだでしょ?あの時いつも通り家で本を読んでたんだけど…その時間が前ほど楽しくなかったの、その時は体調が悪いからだって、そう思ってあまり気にしなかったのだけど、こうしてまた君と過ごしていたら、その時の気持ちに気付いたの」




その言葉を聞いた瞬間、僕の口から自然と彼女の名前が出ていた。




「栞」




「うん?」




僕はその名前を呼ぶと、彼女の目をしっかりと見つめる。




「僕も…最近、好きなものが増えたんだ」




「なに?」




その瞬間、図書館の閉館を告げる放送が流れ始める。




「──閉館の時間となります。お忘れ物のないようご確認ください」




放送の声が響く。その声が、まるで僕の言葉をかき消すかのように空気をみたしていった。




どことなく不安そうな顔をしていた栞は、少し驚いた表情で僕を見つめた後、目をそっと伏せ、言葉を口にした。




「私も」




その声は、まるで放送の音に紛れるように小さく、けれど確かに僕には届いた。




彼女の口元が少し震えているのがわかる。周囲の音が、誰かの足音が、遠くで響く雑音が、すべて僕たちの間の静けさを包み込んでいるようだった。




他の誰にも聞こえないように、彼女のその言葉は、ただ僕にだけ届いている。




彼女のその一言が、僕の心の中にあった迷いをかき消していく気がした。




「今日はこの辺で解散かな?」 僕はそう言って、少し照れた笑みを浮かべた。




「……明日も図書館で会える?」 栞が、少し緊張したような声で尋ねてきた。




「もちろん」 僕は答え、栞と一緒に図書館を後にした。




いつもと同じ帰り道、だけど少しだけ違う距離感に照れつつもこう願う。




栞と過ごす時間が、今や僕にとってかけがえのないものになった。そのことに気づいた瞬間、僕の胸は少しだけ高鳴る。これから先、どんな未来が待っているのかはわからないけれど、ただ一つ、栞と一緒にいるこの時間がもっと増えていくことだけは、変わらないのだろう。



最後まで、読んでいただきありがとうございました。

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