普通の家
滞りなく全てが終わったのは午後の四時過ぎだった。自分の目の前で行われていたのは、例えるならばマンガやアニメでよく見る警察の現場検証のようなものだったのだと、大人達が一連の作業を終えて帰りの車の中で今日の感想を聞いてきた時にようやくぼんやりと思い当たった。現実が朧で何に集中すべきなのかもよく解らなくなっている。そんな自分の状態に気付いたのもこの時だった。
留奈さんが以前に言っていた"事件"というのは、こんな感じの出来事なのだろうか。やけに物騒な言葉を使うから変わり映えの無い文吾町には場違いなだけの異音でしかないように聴こえたのだけど、梅村さんから聞いた呪いの話が本当ならば、この手の事件というのは意外と見えない所で日常的に起こっていても不思議ではないものだ。俺が知らなかっただけで、そういうものだったのだ。きっと。もっとずっと前から其れは其処ら中に在った。そして今も無くならない。だからこそ伝統的霊能者が大昔から存在し、その技術が絶えることなく受け継がれているのだろう。
水池は変わったところはあるが特段目立つわけでもない平凡な女子高生で、水池家の事は良くは知らないけれど文吾町では特に知られる必要も無いくらいには昔からあるごく普通の家で、蛇や鼠や蛙と呼ばれるような、運に左右される物事の吉凶を占ったり厄を払ったりする霊能者にとっては今回の件も珍しくもない仕事の一つに過ぎないのだと思う。昔からよくあることの一つだったのだ。よくあることで済む程度の被害であったのなら、もう心配は要らないと言っていいのか…。結局何も知る術が無いので放置するしかない。粘着質に調べようものなら今度は俺がストーカーまがいの不審者となってしまう。
梅村さんが言うには、俺が水池の姿を見つけて会話した時には既に曾祖父ちゃんのぶち猫が蛇を片付けていたということらしいから、俺には記憶にないどころかはっきり言って何の実感も無い。曰く"確かに痕跡は蛇が這った跡みたいにも見える。先人達も同じモノを見たのかもね。"だそうだ。ぶち猫の力で、まるで分解されるが如く拡散したと思われる痕跡は、その力が蛇の全身?を巡った跡であり、超強電力で灼かれた後の焦げ跡の様なものだと考えたら良いとの事だ。朗らかに話す梅村さんだったが、説明されたイメージは結構怖い。実際に怖いところがある力だということかもしれない。
ぶち猫がどうして出会い頭に蛇をやっつけたのかは結局は解らないままだ。本当に蛇なら、よくないものなのだから見つけたら潰すのは神様や御使いには珍しくもない事だという。俺は蛇がいた事も、それが悪いものだとも認識していない。あの時は猫の鳴き声がいつまでも続いていた。反響して鳴りやまない鐘の音を聞いているようだった。
恐らく蛇と呼ばれるモノだったと推測される痕跡の主が、もしも表象を成していたならば、何かしらの意図を伝えるメッセージが届いた可能性もあったと蓬莱さんが教えてくれた。…いつものことだけど何のことを言っているのかよく解らない。俺に直接話したい事がある奴だったということか?留奈さんみたいに話が出来るタイプだったら確かにそれも可能だ。つまり蓬莱さんは、浮遊生命体表象の中には神寄せと接触を図りたいと考える奴もいると教えてくれている。…そんなのにいきなり来られたら怖いな…。
ぶち猫の力については木根さんが気になる事を話していた。丁度梅村さんが俺に痕跡の説明を終えたところだった。辺りを見回し、軽自動車の車内でタブレットを使って何かに打ち込んでいる蓬莱さんを見つけたところで、"ちょっと行ってくる。"と断ると、足早に軽自動車の方に歩いて行った。恐らく痕跡に反応が無い事を報告する為だろうと俺は思っていた。
「今。と、今じゃないもの。…厳正な時間の感覚。
…せいぜいその程度の差異だと思うけどね…。」
背を向ける梅村さんには到底聴こえない音量の木根さんの声がした。俯き加減に、まるで自分の右足に話しかけるような素振りで独り言ちると、そのまま上目遣いに此方を見てきた。
「見えないんでしょ?…本質だよ。鷹男の言う。
本質が何処にあるかという基準が変わったんだ。
能力者が新しく入るだけで焦点も変わる。
それまでの法則すら書き換える。」
「?」
「君は超常を手に入れたけど、
それは君の限界を超えられない。
君の理解する以上の事が出来る訳じゃない。
これは憑依状態でない限り、
大抵の霊能者に言える事。俺も例外じゃない。
ぶち猫は、だから自ら外れたんだよ。
全体の為に。神寄せとしての機能の為にね。」
どうやら俺が原因らしい。自業自得でポテンシャル依存のパフォーマンスが落ちたという話に聞こえた。というか…唐突に難しい。勘弁してくれないかなと困惑しながらも必死に謎めいた台詞の答えを考えた。
「…機能の為…ですか…。」
そして何も浮かばなかった。無理なものは無理だ。今更だけど木根さんて賢いな。
「きっとこれからも助けてくれる。
そしていつか帰って来るよ。多分ね。」
「…あ…はい。覚えときます。」
「ぷ。…はは…いい返事だな。」
素直に答えただけで何故か変にウケた。全然狙ってなかったのが逆に良かったらしい。何とかその場は助かった。それにしても本気で何が正解なのかサッパリ解らない。
悪い人じゃないんだけど……疲れる…。
なんだか話すだけでげんなりしてしまい、何かが吸い取られてしまったみたいだった。




