案山子
「……でも、そうすると確かに…。
神寄せが正体不明の存在で在り続けるのも…、
……合点がいく。形跡が何も残らないからか。」
何かがスッキリと片付いたようで、梅村さんの声は暫くぶりに明るくなった。ずっと座っているせいで今度は足が痛くなってきていた俺は度々此方を見て議論する二人と一瞬目が合った。直ぐに何とも言えない空気に圧されて黙ったまま視線を外すと、のそのそと立ち上がり、多少の違和感を抱きつつも無視して大きく屈伸運動をしていた。
「本体の事だろ?そうだろね。後世では。
浮遊生命理論で考えるなら変化しないなんて、
あり得ない。エフは共鳴しない。証明されない。
故に関係無い。関連も問えない。価値が無い。
残されたものは諦めるしかない。」
「…痕跡に反応が無いのは何でだ??」
「さぁ。それは知らない。
普通に考えれば今の神寄せと性質が違うから。」
「つまり逃げた猫はまだ先代のもののままで…、
…その大きな回路から外れた?」
「俺にも解らない。蓬莱さんに聞いてみたら?
新発見の事実かもよ。」
「………。」
梅村さんが大きく胸を広げて両腕の運動をする俺をじっと見つめてくる。やる事が無い時に体操するのはいいアイデアだと思ったのでパクってみたのだが、気に障ってしまっただろうか…。
「俺は憑依にはあんまり詳しくないけどさ…。
完全に持っていかれたトランス状態と、
元の人格が残ってるという考え方と、
同時に語られてるのなんでだ?
ホントのところ、どっちが正しいのアレ?」
「どっちもじゃないかな、そんなの。
取り憑く神様次第としか言えないなぁ。
唯一無二のものが八百万…、
いや、もしかしたらそれ以上いるんだから。」
「……。あぁ〜〜、そういう……。
身も蓋もないけど、まぁそうなるのか…。
神寄せはどっちかってと、御使いより使者だ。
代理に何か出来る訳じゃないんだろ?」
「大事なことだから繰り返しとくけど、
全部蓬莱さんの解釈。というか…推論?
何にしてもエフが中心で神々に敬意が無い。
…半端に理論を当てはめないで欲しいよなぁ。」
「研究中なんだよ。何事も途中のものは半端だろ。
連盟だけじゃなくてウチの会社も否定してる。」
「じゃあ勝手に書き換えるのが筋違いだ。
美術品に新しい解釈付けてしゃしゃり出るのと、
何が違うんだよ。下心が透けて見える。
やるなら完璧に塗り替えろ、だ。
神様を舐めんなって話だろ?」
「お前さっきその書き換えに賛同してなかった?」
「……。親父が決めた事。古いのは本当。」
「………。」
「神寄せの説明も、だから中途半端に感じるんだ。
人間は神様じゃないんだから未来は分からない。
松尾君の代でルールが変わらないとも限らない。
変質するなら変様する可能性も十分ある。」
「!…それはあるな…。面白い。
もしかしたら俺等の世界で説明する方が、
真相に近いってことも無いとは言えない。
……古来の感覚に置き換えてみると、
幼少期から白羽の矢が立って決まる継承者…。
神様からのお告げか契約があった…、
その通りに聖域に参拝して力を得たなら、
神の御使いが憑依し顕現した…聖人か巫女。」
「その通り。新たな聖人の誕生。」
ミステリアスなワードと笑顔を装った木根さんは、どこか造り物みたいな美しさすらあった。聖人とか何とか言われても気味が悪いだけで嬉しいわけもない。神話とは、伝説とは、伝統とは、英雄とは、聖人とは、なんてことは何も知らないのだけど、ネタにしかならないものなのか?と不可解ではある。
怖い人とまでは思わないが、この愉快に笑う祈祷師には、いつか本当に罰が当たるんじゃないかとちょっと心配になった。
黙って立っている案山子の気分で何時まで居れば良いのかなと腰に手を当て限りなく広い文吾町の空を仰ぐ。成程と思った。この手の議論は入り難い。浮遊生命理論を少し聞いただけでも普段は使わない頭を使ったから覚悟をしていたのだけれど、思っていたのと全然違った。これこそ面子と建前の世界に見えるし、通す筋の性質が全く違う。解釈一つで意見の割れる世界はもう宗教そのものだ。法律なら証拠が無いならそれまでなのに、その先を論じ始めたらついて行けない。アッサリ諦めて毒を吐くと言われる俺には太刀打ち出来ない。まずそれをしようとも思わない。俺みたいなのは本来立ち入るべきではない領域だ。
…ルールが変わる…か。
それが出来たとしても能力者の意思じゃない…。
曾祖父ちゃんはアレでも意外と…つまり、
成り行きに任せるタイプの人だったのか?
曾祖父ちゃんは英雄だったかもしれない。神寄せの本体に間違いは無いのかもしれない。それでも俺は別の人間なんだから、其処に疑問を感じるくらいは許されるはずだと思う。




