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貴重な話


 昼食を食べている間に俺を含む四人以外の人達は既に公民館を離れていたようだった。見慣れた人が中に居ないと知ると、一時は活気を得たように思えた公民館の建物も再び冷たく寂しい場所に戻ってしまった。灯りが点いては消える様に似ている。それは多分、建造物に宿るものではなくて、人間が勝手に抱く感情でしかないのだろうけれど。

来た時に降りた場所とは車道を挟んで反対側に立つバス停の近くには他に待っている人はいなかった。午後の日射しは益々強く感じられて、リアルな暑さと不快感が今から対峙するオカルトじみた現象のイメージから神秘性や恐怖を取り払っている。こんな真っ昼間に怪談を聞いても大して怖くない、というような心理効果とも言えるし、ある種の誤魔化しの様にも感じられるから正直に言うと気持ちが悪い。心理効果に騙されるのも情けないけど、自分を誤魔化したところで後が怖いだけだ。それをちゃんと知ってはいても今居るこの道は避けて通れない。それどころか進まなくてはならない。気持ちが悪いのは自分が弱いことを自覚しているせいだ。

怖い物知らず程怖いものはないとウチの祖母ちゃんは言う。未知の何かが怖いのは当たり前だ。それでも怖い物を未知から既知に変える為には知らない者が知るしかない。祖母ちゃんは怖がる割に何も教えてくれない。こういうところが迷惑だと思ってしまう。つまり祖母ちゃんは、何と言うか、結果的には、他人が未知のものを知ることを怖いと言っている。それこそ身勝手な感情論でしかない。まるで牽制しているようだ。知っているより知らない方がずっと不幸に決まっている。俺は自分を誤魔化してでも進まなければならない。まだ何も知らないからだ。知ることが怖ろしいなんて言っていたら、馬鹿なままで死んでしまう。

暴力は恐い。それに対しては弱いとしか言えない。けれど知性や知力は諦める訳にはいかない。俺にはなりたい職業があるし、将来もあると信じている。多少気分が優れなくても、何とか乗り越えなくてはならない。



 本数の限られたバスの時間は事前に確認済みで、きっちりと間に合うように昼食から戻って来ていた。もう暫く待てばバスは来る。自分なりに意を決して、ずっと喉に引っかかっていた疑問を吐き出した。

「あの、蛇の呪いって…、

 実際どんなことが起こるんですか?」


バス停に並んだのは蓬莱さん、木根さん、梅村さんの順だった。俺は一番後ろで、仕事の話などをしていた三人に何の前置きもなく質問した。顔を見合わせた大人達は俺の予想通りに解答を梅村さんに任せた。

梅村さんは俺と身長があまり変わらないので、並ぶと相手の顔が近くにある。文吾町内で暮らしていると滅多に無い事だから何だか新鮮だ。暫く首をあちこち捻って考えを巡らせていたようだったが、俯いて一つ溜め息をつくと、顔を上げてゆっくり丁寧に説明してくれた。


「軽いのなら治りやすい病気や怪我。不仲。

 あと子供の例だと虐待とか。

 悪いのだと難病や精神疾患、事故、障害。

 色々ある。…本当に呪いの類いなら、

 不幸は家が離散しない限り続く。

 他になすり付けるか祓ってもらうしかない。」


真面目なトーンで話すと大人しい印象の人なのかと思って聞いていたら、単純に内容が暗いだけだった。重いというべきか…。

「…ちょっと話しただけじゃ分からない…、

 そういうものですか?」


「精神的なダメージは分からないかもね。

 何にしても程度による。

 呪いってのは例えだから、現実には、

 悪いものが人間を操るわけじゃない。

 エフで考えたら、家猫より弱い蛇だとすれば、

 悪い循環を生む何かが其処に住み着いた結果、

 …ということになるのかな、多分だけど。

 その影響を受ける事で不幸が作られる。

 勿論、其処で生まれた事も考えられる。

 僕達の考え方で語られる蛇は、

 住み着きやすい環境に寄っていって取り憑く。

 環境ありきだけど、一つを壊してまた次に、

 伝播するとも取れるし…諸説ある。

 …心配なのは分かるけど焦っても仕方ない。」


此方を慮ってくれているのは、恐らく実際の例を知っているからだろう。…つまり、水池の家にはその環境があった。そして、悪い何かが取り憑いている。飼い猫に追われていた光が、その正体だったのなら…それはあの後何処に行ったのだろう??

「……。具体的に、何をするんですか?」


「御祓いして神様にやっつけて貰うか、

 まじないで対象を逸らすか、身代わりで騙す。

 相手がちょっと馬鹿なら誘き出して、

 遠くからでも捻る事が出来る。

 まじないって、尻尾掴めば勝ちだから。」


「…?」


「この国には神様はどこにでもいる。

 悪い奴が尻尾出しましたと報せたら、

 自然と力のある神様達に嫌われて力を無くす。

 極稀に逆の効果を産む場所もあるけど、

 人間が住んでる所なら大体そうはならない。

 …呪い師が呪いを祓うっていうのは、

 打ち克つんじゃなくて足元を崩すんだよ。

 彼奴等も神様の恩恵無しには居られない。

 基本的に雑魚に限る。呪い師の扱うのは。

 だから、本当に不味いのは、祈祷師の仕事。」


「や、でもな?

 本当に不味いのなんてそうそう無いって。

 皆そうやって勝手に思い込んで来るだけで…。」


隣の木根さんが愚痴るように割って入って来た。どことなく疲れた表情をしている。


「殆どが人間の闇だから。

 霊験あらたかなとか関係ない。

 呪い師を頼る人の方が現実解ってると思う。」


「……。何とも言えんけど。

 能力の話してるだけだからさ、俺は。

 常識的な範囲で普通の事言ってるだろ?」


「解る。でもさ、ご先祖様には悪いけど、

 看板が重いってこともあるってこと。

 頼るの祈祷師じゃなくて警察だろって人もいる。

 ……や、ごめん。邪魔だな。松尾君の。」


「あ、いえ…貴重な話で…。」

驚くほどに唐突に、本当に勉強になる貴重な話を聞かせてもらった。人間の闇を知らなきゃいけない仕事をしていたら、それは言いたいことも色々あるのだろう。それでもやっぱり、知ることが怖ろしいとは俺は思わない。それはきっと敵を知ることでもあるのだ。そう考えれば良い。寧ろ、そう考えて知る選択をするのが良いんじゃないかと俺は思う。

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