美談
「…光の球…大きさ解る?何か言うとった?」
「や。……?あれ?球??」
待てよ、そうだったか??
何か俺、勘違いしてないか??
人前で話すことに精一杯で正確に伝える事には集中していなかった。言葉に神経質な性格ではないから大事な時に粗が出たのだ。急いで正確に、忠実に思い出す。
「……違う。球じゃない!
すみません、球じゃないです。
俺が勝手にイメージしただけで…!」
「おお〜、何やった?」
「光…です。光としか言ってない。」
「光。形や大きさは不明。そういうこと?」
「そうです。」
「そうかそうか。ありがとう。」
「………。」
怒られるよりずっと良いけれど、間違えたのに御礼を言われるのも複雑な気分だ。
「今はいいの。間違えても。
証言はこれから確かめられる。
それは大人の仕事だから何も心配はいらない。
貴方方はヒントを与えてくれるだけで十分。」
「…はい…。」
蓬莱さんの言っていることは今の俺には難しい。多分もっと世の中の全体が見えてこないと解らない事だと思う。想像出来る範囲を超えている気がする。
「ちょっと勉強会どころじゃなくなったなぁ。」
軽い調子で言いながらも海塚さんは眉根を寄せている。隣の八角さんは切れ長の目を伏せて静かに息をついた。
「違和感なく生活出来てるなら、
私等が出る幕じゃないですよ。
ただ…本当に蛇なら…、
私は祓ってあげたいですけど。」
「決まりは決まりだから。」
「そうですね。此方からは動けません。」
海塚さんの台詞にもぎょっとしたが、八角さんの暗い表情を見ていると、自分の勘違いが思ったよりも甚大な違いを生んでいるように思えてきた。光と光の球の違いだけではない。最初から全部、何もかもを考え直さなければならない事態なんじゃないか…。
…祓ってあげたい…ということは、
水池は何かに"取り憑かれた"状態だった…??
「…あの、その"蛇"って、害があるんですか?」
誰でもいいから教えて欲しくて大人達をぐるりと見回し、目を合わせてくれる人を探した。木根さんと梅村さんが二言三言言葉を交わすと、その様子を見た海塚さんから説明を頼まれている。答えてくれたのは梅村さんだった。
「…ある。しかも期間が長いから可哀想な例。
原因が特定されづらい。」
「?…期間…?」
「僕等は色んな要素から…例えば蛇神憑きとか、
蛇の祟りと呼ばれるものだと判断するけど、
実害が多様で本人に覚えが無い事も多くて、
特定するのが遅くなる。
猫が追うようなものの中では…鼠とか蛙より、
蛇が最も怖くてたちが悪い。
そう言われる理由が、家に由来するから。
蛇は家単位で呪う。
…ええと…悪い事が起こる。そういう現象。
こういうのは、最も弱い人間に向かうから、
子供、特に女の子の被害者が多い。」
「初心者に説明するなら逆からの方がいい。
決めつけてるみたいに聴こえる。」
横から木根さんが口を挟む。
「…解る。解るけどそれが難しい。」
「変わるわ。一回言って貰ったからやりやすい。」
「ああ…逆から。頼む。」
説明するのも面倒臭い話のようだ。どうやら専門家には常識過ぎて逆に難しいやつかな…。
「…つまり、何か悪いことが起こった時、
どういう種類のものかで僕達は分類してる。
梅村さんの言った蛇、蛙、鼠は、
実際にいる動物ではなくて、
それらの被害や原因を元に付けられた、
只の名前だと思って貰っていい。
症状から割り出す病名みたいなもの。
猫が追い掛ける理由は実は解ってなくて、
霊感が強いっていうのが本当なのかも不明。」
「…何か悪いことって…例えば…?
それに長期間、って…?」
知らなかった。というか、水池に長期間に渡る悪い事が起こっていたとしても俺がそんなの知るわけもない。
「話聞かないと何が起きてたかは分からない。
ただ、蛇は家に取り憑くものの例え。
鼠はお金。蛙は運。皆良いものにも転じる。
お金や運に比べれば、だけど、
傾いているのが分かりづらいのが家。
しかも説明された通り弱者に向かうから、
酷いと気付かれない。
幼すぎて本人が気付かない時もある。」
「そう。赤ちゃんなんか何も言えないしね。
蛇は本人が悪くなくても、
家の中で最も弱い人間に悪い事が起こる。
皺寄せが押し付けられる形で、最悪。」
「本当に。…誰にでも関係する物事だから、
身近にいる動物に例えられるんだろうけど、
家猫に追われるのは悪い方のやつ。
動物はまだまだ不思議な働きを持ってて、
飼い犬が吠える事もあるっていう話もある。
逆に良いものなら掘り当てるとか。」
「観測してるらしい。…研究進まないけど。」
「凄いんだけどなぁ。」
「動物相手は大変なんだろうな。
本当に出来る人じゃないと難しい。」
「まぁ…エフの考え方だと色々と矛盾すると思う。
これは昔から在る僕達みたいな一族に、
伝えられてる例え話のようなものだから、
現代的に分析すると印象も違うかもね。」
木根さんの解説に梅村さんが合いの手のように補足してまた木根さんが解説を続ける。次々と出てくる知識に追いつけなくなりそうだ。
「…何となく、解る?」
「……はい。…何となく…。」
梅村さんが問いかける意味が、やっと分かった。俺は何にも解っていなかった。俺の世界に水池が現れたんじゃない。大人達から見れば、水池の被害を俺が……いや、もしかしたら曾祖父ちゃんのぶち猫が引っ張って来たのだ。俺としては全くそんなつもりはなかったのだけど。
長期間…。どれくらいだ??
何年もずっとそうだったってことか…??
愕然とした。そうだとすれば今さっき(直前に)考えていた事にまず無理が見つかる。
…助け合える…?
森川を助けたのは水池じゃない。俺でもない。アイツはクラスメイトに支えられて自力で頑張った。俺と水池は何も出来ずに報告だけを聞いていた。
それだけで何かした気になってた…。
よくよく思い出せば、そもそも水池が心配していたのは森川個人ではなかった。自身が被害者になった時の事を心配していたのだ。その後の様子を知りたがっていたのは、その延長だと考える方が自然だ。
…助け合うどころか、両方が被害者だった…。
何を都合良く美談にすり替えようとしていたんだ。知らなかったとはいえ結果的に最低だ。




