家族会議
「"連盟"っていう互助会みたいなもんがな…。」
コタツに入って座ったら、直ぐに祖父ちゃんが話を始めた。父さんが話すものだと思っていたから意外だったが、曾祖父ちゃん関連の話はやはり祖父ちゃんでないと知らないことも多いのだろう。大まかには六堂と留奈さんから聞いた内容と矛盾するものは無かった。
「蓬莱さんは、その連盟の人。
実は親戚でも何でもありません。」
は?
祖父ちゃんが急におかしなことを言い出した。
「重紀には叔父さんが二人おるけど、
叔母さんはいない。
父さんは弟がおるだけなんや、本当は。」
は??
父さんが、合わせたように変なことを真面目な顔で俺に告げる。
いや、無いだろ。親戚を捏造するとか。そんな事平気で子供に出来るの、普通じゃないだろ。
「……ウチ、何か、…そういう宗教の家やったの?」
そう言われるとなぁ…。と言いにくそうに祖父ちゃんが首を傾ける。難しい顔のまま何かを思案しているようだ。
「……わかった。そういうことにしておこう。
祖父ちゃんは、少しだけな。」
そういうことにしておく、って何??
祖父ちゃんにはよくある事なのだが…駄目だこれ。後で父さんに説明し直して貰うか、もう一度留奈さんに相談しよう。
「…それがな、親父とは、お前の曾祖父さんとは、
要するに合わなくてな。…まぁまぁ、
言ってみりゃ宗派みたいなもんだ。
それで、あの人から家を出てったんだわ。
もう俺が仕事して、嫁さん貰う話も出た頃だ。」
「俺は入らないよ。」
これはハッキリと言っておかないと。
「わかっとる。大丈夫だ。そもそも違うから。
まぁとにかくあの人は、曾祖母さんも置いてさ、
一人で家を出て暮らす事を選んだんだ。」
そもそも違う??
ところどころ使われる言葉に違和感はあるが、今迄聞いていた話と大きくは違わない。違うのは、祖父ちゃん自身も何かしら、反発するだけの信仰の持ち主だったということだ。どういう意味だろう。冠婚葬祭は普通に出席して、ウチでも曾祖母ちゃんの葬式や法事はお寺の住職さんに頼んでやって貰っている。何が違うのか俺には分からない。
「最後まで口を出すなっていうのが、
お前の曾祖父さんの…まぁ遺言みたいなもんだ。
俺等も追い出されるのが分かっとるのに、
こちらからは近づけんからな。」
「…頑固な人だったのよ。」
祖母ちゃんが話を挟んだ。
「私まで遠ざけて。何も知らないのに。
親子喧嘩なら、嫁の私は関係無いのにね。」
「お前は俺の側だからだろうが。」
祖父ちゃんが抑えたが、祖母ちゃんは、私には私の意志があるのに変でしょう、と負けずに言い返した。ウチの祖母ちゃんは正社員で定年まで勤め上げた"働くお母さん"だった人だ。ただでは退かない。この辺りに住む祖母ちゃんと同世代の女性の中では珍しい経歴なのだが、仕事を辞めてからは地域おこしのイベント等にも参加するようになり、今ではすっかりおばちゃんコミュニティの一員となっている。(製作中のあみぐるみも地域のサークル活動で教えて貰ったらしい。)
「父さんの世界で語っても重紀にはわからんわ。」
今度は父さんが口を出した。
「分かりやすく言うと、
まず、宗教法人なんか関係ないんや。
曾祖父ちゃんは特殊な能力のある人で、
でも祖父ちゃんにも俺にもそれが無いから、
何のことやらわからんのや。さっぱり。」
「……ふ〜〜ん。」
特殊な能力というのは、例えば留奈さんが見えることだろう。俺も曾祖父ちゃんと同じか似たようなものを持っていると考えていい…のだと思う。確かに、使う言葉にピンとくるのは父さんの方だ。
「何のことかわからんから、
祖父ちゃんは曾祖父ちゃんを否定して、
曾祖父ちゃんは仕方ないから…、
理解されんのはしゃあないって、出て行った。
…そういうことやろ?」
父さんが祖父ちゃんに話を戻す。
「否定なんか出来るか。あんな時代に。」
「でも、だから出て行ったんやろ。
追い出したんやないんやから…。」
「追い出すような人やないわ。そりゃ…。
俺が追い出したみたいに言うな。」
「言ってない。けど必要性を感じたから、
祖父ちゃんの方から引いたんやないの?」
「そんなもん、こっちにしてみれば、
連盟とか何とか言うて、
いきなり来た怪しい団体なんか信じられるか。」
「本当に祖父ちゃん見てくれたんやから、
怪しいこともないやん。もうさ。
重紀もお陰で助かってたんやし。」
「そんな子が産まれると分かってたら、
そりゃ俺だって仲良うしとったわ。」
「なら、もうええやん。何も違わへんやろ。」
??
何故か今更ながら父さんと祖父ちゃんの間で小競り合いが起こっている。話は合わせているんじゃないのか?
そういえばウチは二世代で同じ家に暮らすようになったとはいえ、キッチリと居住空間は分けられていて実際に深く立ち入る事はしてこなかった。母さんがパートを始めた頃には俺は一人で留守番も出来る歳だったし、風呂もトイレも別だし、俺の感覚では昔住んでいたアパートのお隣さんとそんなに変わらない。
父さんと祖父ちゃんが仲が悪いようには見えなかったけれど、逆に何でも話す仲と言うには言葉を交わす機会がまず少ない気がする。
無言の母さんはずっと俯き気味で聞いていた。父さんと祖父ちゃんが少し落ち着いたのを見て、祖母ちゃんにお茶でも淹れますかと話を振っている。
家に居てこんなに緊張するのは初めてだ。てか、思った以上に家族会議の内容が驚きの連続で、自分の境遇をどこかのツールで発信してみたら面白い反応が来ないかなと妄想に逃避を始めている自分がいる。発信しても頭オカシイ〇〇〇〇で終わりだろうけど。
もう言ってる意味は分からんし混乱と困惑で疲れてきた。入学式から二週間以上が経つと新入生の学校生活もそろそろ本格始動し始める時期だ。俺まだ宿題終わってないんだけど。どうしたらいいんだ、この状況…。
「…あの、俺の話を…してるんだよね?」
「そう。連盟って呼ばれてるのは、
要するに特殊な能力のある人と、
その存在を信じる人とで構成された団体。
わかるやろ。お狐様と話してきたんやろ?」
「…そう言ってた。」
父さんは完全に俺の言ったことを信じているらしい。まだ俺が小さい頃から、だろうか。普通そんな幼児の言う事なんか信じられるだろうか…。
「それが神様やから話が拗れてんのや。
変なのが多いのも本当やから。
祖父ちゃんの時代は酷かったんやって。」
「…あ〜〜。成程。」
「神様なんか語ってる奴は碌なもんじゃなかった。」
吐き捨てるように祖父ちゃんが言う。
「……なら、俺も?」
「阿呆。何も知らん小さな子供が、
そんなもんと同じなわけがないんだ。
だから直接連盟に連絡とって、
蓬莱さんに監督を頼んだんだろうが。」
「そういうこと。」
「監督…。」
喧嘩していたと思ったら急に息を合わせてくるの、なんなんだろう。結局やっぱり仲は良いのかな。
「…この期に及んで何が違うの?父さんには。」
「俺には確認出来んからな。
重紀には解るらしいがな、俺は知らん。
わけの分からんモノを信じられるか?」
「神様自体は信じるやんか。」
「神社には参る。祟られたくないからな。
…やから宗派の違いみたいなもんやろ。」
「………。成程。…やとさ。
だいたい解ったか?重紀は。」
「…まぁ、だいたいは。」
とにかくウチの家系は表面を取り繕って家族をやっているということは、だいたい解った。