通過儀礼
暫く誰とも話したくない気分にさせられてしまったというのに今日は初めて会う人とも話さなければならない。駅舎の改札前には見たことのない顔ぶれが三人も揃って来ていた。近くには六堂と能勢さんの姿が見えたが蓬莱さん達は見当たらない。連盟の二人と一緒に居るからには協力してくれるという他の団体の人達だろう。せいぜい一人か二人だと思っていたので予想外の状況に若干緊張してきた。
向こうからも自分の姿が確認出来たらしく、六堂が此方を見ながら周りに話し掛けている。遠くからだとその辺の大人と同じに見えるだろうに、よく判別出来たものだ。俺は二人を見分けたのではなく、単純に駅前で立ち尽くす集団の中に小柄な男子を見つけたから隣のファッショナブルな男性は実は能勢さんだろうと当たりをつけただけである。そもそもこんな辺鄙な場所で休日に待ち合わせをする人間などそういない。逆に俺は一人だから偶々やって来た乗客の可能性は十分に有るのだ。
六堂は本当に目が良くて瞬発力がある奴だとは前から思っていて、その能力には素直に感心する。今は何をやっているのか知らないけれど、小柄なのを動きでカバーすればバドミントンも上手くプレー出来るのではないかと思う。そういえば森川や堀井も授業中は眼鏡を掛けていたが、俺は左右の視力に少し差があり向かってくるものの距離が捉えにくい。目の良い奴はそれだけで違う世界に住んでいるように思える、とはコンタクトレンズを入れている野々原の言葉だ。俺はまだ何とか裸眼で過ごせているので、そういった別世界級の差を感じる視界の状態というのが想像出来ない。確かに、視力が落ちていくと世界が何となく昏くなる感覚はあった。自分が鈍くなるしかないのかという諦めもあった。妙に攻撃的な六堂の尖り方は五感の鋭さや敏捷性も関係しているのかもしれないな、などと緊張から逃げるように他事を考えていた。
位置的に見知らぬ三人から先に話すことになりそうだ。初対面のやり取りはどうも落ち着かない。基本的には相手の事など何も知らないのだから余計な考えは巡らせない方が無難だと思っている。人生経験も浅いのに観察して何が解るものかと、自分の判断や直感に自信が無いからだ。この手の努力は俺には向いていない。せいぜい自分にとって愉快か不快かくらいの感想しか出てこない。
顔の見える距離で此方を見る三人の視線を受けると、ぎくりとして徐々に首の動きが固まってくる気がした。一番奥に居る男性は嬉しそうに笑ってくれているのだけど…多分俺が思ったよりデカかったからではないかと思う。
「あ…どうも。こんにちは。」
「おはようございます。」
「…こんにちは。」
「ども。宜しくお願いします。」
先程否定されたので、こんにちはと言ってみたら三人共に別の挨拶を返された。もし此処にさっきの婆さんがいたら三者三様に合わせて忙しくキレ散らかすのだろうかと、どうでもいい想像をしてしまった。なかなか切り替えが出来ずに引き摺る性格は何とかしたいとは思っている。会話の間が悪くなる原因でもある。
三人は一人が女性で全員が俺より年上に見えた。
「視覚観測者の方ですね。初めまして。
見学で来た赤沢真実です。」
「木根です。」
「…梅村といいます。」
最初に女性が話し、次いで並び順に近い方から男性二人が名乗った。笑っていた人はウメムラさんというらしい。
「…全然判らないですね。観測者って。
何か私…見えますか?」
「え?や…何も。」
アカザワさんからの質問の意味を理解するのに時間がかかった。どうやらアカザワさんは能力者ということらしい。初対面のはずだが話が違うとでも言いたそうに何かに驚いている。
「…技能者なんですか?」
「聴覚観測者です。
私、能力者が判ると思ってたんですけど、
難しいこともあるんだって初めて知りました。」
「?…はぁ…。」
つまり俺からはそれらしい音?が聴こえないということか。そもそも能力者が能力者を判別出来るという話を初めて聞いた。
「…これが神寄せ…。」
俯き加減で下から睨むように何処かを見ているアカザワさんは感嘆するように息を吐いて呟く。暫く目を閉じると何故か鼻をくんくんさせて匂いを嗅ぐ動作をし始めた。音を聴いているのだと思っていたのだけど…嗅覚でも何か解る人?
「収穫あった?」
少し不思議な雰囲気を醸すアカザワさんの横からキネさんが尋ねた。質問には僅かに首を振って答える。
「多分違う。そもそも違うルートの力だ。」
「違うルート?…ルーツ?」
「ルート。多分本人に理由が無い…。
誰より見える人が全然聴こえないって…。
……変過ぎる。」
「………。」
ウメムラさんは二人のやり取りを黙って見ている。
「分かった。すみません突然。
ご協力頂いて、ありがとうございます。」
「あ、いえ…。」
毎度そうなのだけど、礼を言われる程のことでもないし、そもそも俺は協力するとも言っていなかった。蓬莱さんから聞いたことだが、どうもこういった行動は連盟の人達にも共通して見られる能力者同士の流儀みたいなもので、初めて会う能力者とはこんな感じにお互いの能力を使って感覚を共有したり、相手との相性を確かめる為に少し様子を見る。俺が曾祖父ちゃんの家で体験した事も通過儀礼みたいなものらしい。最初は戸惑うが慣れれば挨拶の様なものだ。考えてみれば動物的な仕草にも思える。
俺は実は小羽田さんと能勢さん以外の観測者と会ったのは初めてだった。観測者として参加しているから、一緒に仕事をするのは技能者ばかりなのだ。だいたい空き家やら森の中や河川の近くなど、悪いものが有りそうと言われている所に行っては、苔や虫やこびり付き汚れにしか見えないモノの位置を教えるだけである。俺には本物との違いが判らないので、兎に角目に移るモノを片っ端から言葉にする。其処に在る全ての可能性の中から散り散りに拡散するべきものを見つける、ということになるのだろうと思う。後は技能者がそれぞれのやり方でエフを動かして自然に返してくれる。自然に返すという表現が適当かどうかは怪しいのだが実際に何をしているのかと尋ねられても俺には正確には把握出来ていないので答えられない。fsは現状では光でも熱でも重さでも捉えられない何かであるから、概念みたいな感覚で語るしかないのだ。
それがどうして俺に見えるのかと言われても自分でも分からないし、蓬莱さんくらいの専門家でもなければ説明する事すら出来ないのである。正直に言うと俺は説明されても今だによく解っていない。到底何も知らない他人に信じられるものではなく、信じないなら仕方がない。俺は責められない。
聴覚観測者のアカザワさんは六堂と同じタイプだろう。恐らく氏神様の言葉は聴こえるはずだ。それでも能力者同士は理解出来るとは限らない。俺は視覚と聴覚の観測者ということになる。それなのにアカザワさんが不思議な人に見える。
自分達は何を信じて何を疑うのが真っ当であるのか、自分の感情や気持ちは何処から来るのか、この世界では何を理由にして自分自身に胸を張れば良いのか。なんだかだんだんと揺らいできている気もするし、一から頑丈に作り替えている最中という気もする。




