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紫陽花


 一学期末のテスト明けには森川の方から声を掛けてきた。母親が勝手な事をしたと弁解してきたのだ。気持ちは解る気はするけれど森川が引け目を感じる必要は無い。親はこんな時どうするべきだとか、大人の常識はよく知らないので何とも言えない。自分に言えるのは、ただでさえ酷い目に遭った本人に余計な気を回させて焦ったことと、こんなに周りを気にしていては自分をすり減らすと思ったこと。森川は幼少期の性格からは正反対に向かっている。正直、行き過ぎも良くないと思った。

三人に囲まれたが、いじめのような執拗な暴力ではなかったからまだ良かったと森川本人は話していた。それはその通りだ。その通りなのだけど良かったという言い方は違う。そんな事を言うなと思ったが誰より悔しいのは本人に決まっているから何も言えなかった。俯いて目を合わせない話し方や表情からも回復途上のように思えた。あまりこの話はしたくないとも言っていたのでそれ以上は俺には知ることが出来ない。同じクラスにいた友人が良い奴だったようだから、後はそいつらが何とかしてくれるだろうと一先ず安心した。

ただ、この一件で森川家の親子を揉めさせてしまったかもしれないと思うと森川の母さんと顔を合わせるのが面倒臭くなり、髪を切りに行くのが億劫になった。今まで当たり前にしていたことでも、意外な側面を知って嫌になることもある。

担任の教師は全く何も変わらない日常を送っているように見えた。失望した後の俺は特に何も思わなかったが、一応は何かを感じ取っていたらしく、部活動で復帰してからは森川の頑張りを伝えたいとか何とかで先に述べた補習の話などを教えてくれた。テニス部に仲の良い知り合いはいなかったから部活動については夏休み明けに担任が教えてくれるまで情報が無かった。生徒の粘り強さを喜ぶ教師は悪いものでもない気がした。




 よく晴れた空と白い雲は濃く鮮やかな色彩を見せていた。夏が近い。本格的に夏が来る前に、俺にはやらなければならない事がある。まだ蝉も鳴かないし気分は乗らないが、暑くなってからではやる気も出ない。今年からは神寄せとして氏神様とやらに話をしなくてはならないのだ。

ちょっとよく解らないままの課題を抱えてぼんやりと考えながら涼しく半袖になった制服のワイシャツを庭の物干し竿に干していた。襟や脇の汗ジミを綺麗にする為に漂白したのだ。我が家の番長である母親から、洗濯機内で浸け置きしてあるから他のものは一切混ぜずに時間が来たらそのまま洗濯して自分で干せとの指示である。休日にはたまにそういった家事手伝いの司令が下り、母さんはパートの仕事に出掛ける。二世帯住宅の片側に於いては完全に取り仕切っているのだが、もう片側の祖父ちゃん祖母ちゃんが混ざってくると主導権を失うらしい。借りてきた猫とまではいかないが、年長者に対しては大人しいのだ。

 猫といえば気になる行方不明の猫がいた。まだ春先の話で、バイトを始める事が決まった頃から未だ見つかっていない。バイトでは特に何をするでもなく、殆ど突っ立って質問に答えているだけで給料が貰えるのだから有難い。連盟から連絡があるとラッキーだと思うくらいに、仕事自体は楽である。怖いのは関係者の話し相手になることだ。組んで貰うと言われた割に六堂と会う機会は多くはなかった。もう何も考えずに対話すると決めている。神寄せとしては信者さん達からは何の接触もなく、六堂も特に何も言うことは無いそうなので、ますます神寄せ信仰集団の謎は深まるばかりだ。ただ、祖母ちゃんからは行事や集会の時には行ってあげてほしいと言われていて、噂に色々と聞いている宗教の集会というものに自分が関わると思うと嫌なのだけど、自分の能力のことも考えると関わらずにもいられない。まさか変なアイテムを高額で売りつけたりはしていないだろうな…。流石にそういった集団なら断ろうと思う。

連盟にだけ繋がるということは出来ないものかと切に思う。観測者としては本来はそれでいいはずなのだろうが、神寄せというのが面倒臭い。大昔の誰かが始めた物語の続きに曾祖父ちゃんが関わり、その更に先に俺が据えられた感じだろうか。そもそも氏神様というモノをどう考えれば良いのか。以前にそれらしい存在と一応は会話をしたが、あんな恐ろしい体験をするのは嫌に決まっている。兎に角何でもいいから物語を話せということらしいので、流行りのアニメの粗筋でも纏めてみるか、などといい加減に考えている。怒られたら地域に祟りが起こるなんて恐い話ではないはずだ。そんな一大事ならお稲荷さんの御使いである留奈さんが、きっちり注意喚起してくれるだろう。多分。

「………。」

ふと、何処かで変な音が聴こえた。珍しくもない、何かの鳴き声だ。

「…まさか…。」

まただ。猫の鳴き声だ。よく聞く声だから近所の猫かこの辺りを彷徨いている野良猫だろう。威嚇ほど強くはない、呼びかけるような鳴き声が聞こえる中で、庭に植えてある水色の紫陽花の陰から白と黒のぶち猫が現れた。鳴き声は他の猫のものだ。ぶち猫は鳴いてはいない。我が家の庭の入り口から住居に繋がる通路をマイペースにトットと歩いている。

ぶち猫には思い当たる事があった。しっかりと確かめるべきだと思い、サンダルを履いたまま気付かれないようにそっと猫に近付いた。

「?」

猫は歩くのを止め、俺が近付くのを待っているかのようにじっと此方を見ると方向を変えて来た道を少し戻った。そして急に走り出すと、あっと言う間に道を逸れて草むらに隠れてしまい、見えなくなった。

「……??」

庭の出入り口から道路に目をやると、人が立っている。田舎では珍しい事だ。来客かと思ってじっと見てしまい、相手に気付かれて気まずくなった。


「!!………あ。どうも。

 ……あの、松尾さ、何か…変な光見なかった?」


オドオドしながら尋ねてきたのは、久しぶりに会う水池だった。

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