不謹慎
「………。」
とにかく何かを口に出さないことに集中した結果、俺はただ黙って目線を外した。そのまま踵を返してその場から居なくなろうとした。
「もういいの?」
何でもない顔で畳み掛ける担任教師は素直に受け取れば話を聞こうとしていたのかもしれない。けれどこの時の俺は担任に対して、自分の発言に生徒が怒りを感じている理由すら理解出来ない教師なのだと考えた。森川と仲のいい人間だということは知らなくても、親から話を聞かされている時点で気付かないのかと疑問でもある。過ぎたことだから自分でも言葉に出来る。つまり俺は、担任の教師に失望したのだ。
「…いい。…何とかします。」
もう何を考えて言ったのかもよく覚えていない。取り合う気が無いことは分かったからもういいと、勝手に拗ねただけだったのか、この担任よりは自分の方が何かが出来ると本気で思ったのか。頭にきた状態ではどちらもあり得るから多分両方だった。状況を見ればすぐにも必要なのは冷静になることだったけれど、自分が怒りを収めなければならないことにも不満がある。納得がいかない。担任のこんな態度が、あんな台詞が正しいとは俺は認めたくはない。
教室の空気と自分の意志とを天秤に掛けて、どちらを取るのか、ぐらぐらと頭の中が揺れたまま、話していた教師用の机の近くから廊下に向かってふらふらと暫く歩いた。様子を伺っていた女子達の横を通り過ぎると小馬鹿にしたような声と怖がる声が入り混じって聴こえてきた。これが駄目だった。そんなに怖いか、馬鹿にすることか、と思わず去り際に教室の一番端の誰のものかも解らない机を両の掌で思い切りぶっ叩いた。所謂台パンだ。パンというよりバンとかバシンに近い、思った以上にデカい音が鳴って自分でも少し意外に思った。掌は痛いが知らないふりをした。後を振り返ることなく教室を出てしまったので周りの反応は分からなかった。
文吾中学校では昼休みの後は掃除の時間になっている。何時もなら真面目に掃除するはずが、この日はずっと二階の階段に座り込んで階段掃除担当の下級生の邪魔になりつつ、わざとサボった。直ぐに戻って何か言われても面倒臭い。掃除の時間を挟めば少しはマシだろうと適当に想像して、その間に自分は落ち着こうと思ったのだ。
ウチの担任は森川の件を把握している。ならば学年主任が知らないわけがない。直接話す機会の少ない学年主任にまで会いに行く必要が無いことははっきりした。自分の心配は流石にあの担任にも伝わったはずで、全く収穫が無いわけではなかった。しかしこれ以上に自分が目立てば学校に来れていない森川も同時に目立ってしまう。それは避けたい。一番良いのは一組で森川と一緒にいた奴等が気に掛けて動いてくれることだ。考えてゆくうちにふと、周りが異変に気付けばそれは自然に起こることに思えてきた。ようやく落ち着いてきた自分に気が付いた。逆に言うと、やり過ぎたかもしれないと気まずくもなった。
教室に戻った自分を待っていたのは、クラスでもよく目立つ仕切り屋タイプの女子だった。俺の机に尋問官の如く両手を置いて待ち構えるそいつを先頭に、一歩下がって立っていたのはついさっきまで担任と話していた女子の中の二人だった。
「…来た。オイ松尾ちゃんと謝れよ。
何の恨みがあってマヨの机叩いたん?」
「………。」
どうやらそういうことだ。叩いた机は偶然にもあの女子三人のうちの誰かの物だったらしい。それを聞いて、不謹慎にも俺はなんだか可笑しくなってきた。
「あんなこと言うからや。」
俺の言葉に尋問官は訝しげな顔をつくり、机の持ち主に振り返って尋ねた。
「何か言った?」
「や、…怖いな、って。一組も、暴力も。
でも別に、松尾に何か言ったわけやない。」
「………。」
やり過ぎたというより、頭にきて何か勘違いしたという方が正しかった。非常に分かりやすく、謝罪ルートはきちんと見えていた。
「悪いけど誰の机かも知らんかった。
日頃の行いが悪いんじゃないの。」
それでも悪あがきをしたせいで俺は自らの首を絞めた。想定内ではあるが、尋問官は"どうする?コイツ。"等と俺の処遇を話し合っていた。机の持ち主は、あからさまにジト目で俺を見ていた。
「…いい。悪いのが分かってるなら。
謝らせたいわけじゃないから。大丈夫。」
「いいの?」
「うん。びっくりしただけやし。…みゆ優しい。」
「…まぁ、ならいいわ。」
「あ、でも……ありがとう。」
礼を言われて驚いたらしい。目を丸くして笑うと、尋問官は一先ず下がって暫くチラチラと此方を気に掛けていた。
「大事な事なんやからちゃんと話せばいいのに、
って思っただけだから。私は。」
「あ…そう…。」
この時の机の持ち主が水池だった。しっかりと脇に控えていたのが堀井である。




