理髪店
中学校の三年生は一つの岐路だ。中学受験を経験していない俺の場合は、初めての、と言ってもいいかもしれない。義務教育を終えて自分で自分の進路を選択し、その先に責任を持つ事を考える。ようやく考え始めたというのが正直なところだ。大人になっていくのだから、きちんと自分のしたことを説明出来なければならない。
理路整然と話せるだけの情報を持ち相手を納得させる材料も提示出来なければならない。夢物語を語るのと現実的な行程は別物だ。ストーリーテラーであれば納得させられる訳では無い。例えば俺が自動車大学に行くと言った時にはその実力がなければならないし、工場を持つつもりだと言ったら資金の目処が立たなければならない。条件をクリアしなければ始まるものも始まらない。そういう考え方が自然に出来るようになるのが大人へのプロセスだと思っている。そしてこうして大きな事を言った以上、出来る限り心掛けなければならない。まだ学生だから勉強はこれから出来る。大人として信用を得るのは先の話だ。その時の為に備えるのが高校生ということになる。想像する未来と結果から逆算するとそうなる。始まりと終わりだ。筋道は計算しないと通らない。そして何より現状を直視しないと成立しない。あらゆる道は今踏みしめている足下から伸びている。
春に新学期を迎えてから森川と話した事は殆ど無かった。去年の文吾中学校三年生は三組まであり、森川は一組、俺は三組で間に一つ教室を挟んだだけで意外と人間関係の距離は遠くなる。流石にもう元気のいいキャラでも校則破りの常習犯でもなくなっていた。持ち前の明るさは変わらずお互いに見つければ話し掛ける。話す機会が減ったのは単純にそれぞれのクラスの友人といることが多くなったからだ。
一年生の時はよくカードゲームの話をした。やっぱりアイツは良いカードを沢山持っていて、何がどれほど使えるかを教えてくれる。森川は落ち着いて戦略を練るよりはストレートに強火力を使いたがる傾向があり、同じ方法を実践したくても火力の高いカードを俺は持っていないという厳しい現実がある。正直にお前ほどにはレアカードが無いと話したら使わないカードをくれたこともあった。返せる物などないからタダで貰った。悪いけど俺はアイツとは違うので、どれだけ多くを持っていたとしてもそんなことはようやらん。人が好いのも過ぎるとビビる。カルチャーショックを受けた俺は、結局小学校の時から関係性は変わっていない気がして恥ずかしいというか、自分の成長の無さに少し焦った。森川は落ち着いて話すようになっただけでも変わったなと思ったくらいなのに。…いや、アイツの場合は元があまりにも子供っぽかっただけか…。
学年が上がっても俺の中では一年生の時のイメージのままだった。実際は最近の様子など知らないのに、のんびりと油断していた。
自転車を適当な場所に停めて白い壁に英字のペイントが施された店内に入ると、俺に気付いた森川の母さんが直ぐに笑顔で応対してくれた。
「いらっしゃい。あら〜久しぶり。」
「こんにちは。」
「カットかな?シャンプーどうしよう?」
「カットだけで。」
「ちょっと待って貰うけどいい?」
先客は待合の椅子に一人。顔を剃って貰っている人が一人。そんなに時間はかからないと予想する。
「はい。…ヒロは今日はいないんですか?」
「…うん。ちょっと買い物頼んだから外出てる。」
俺は森川を名前でヒロと呼ぶが、森川は俺をマツと呼ぶ。大門もそうだが、仲のいい同級生からは大抵この呼び名が使われる。(実は厳密に発音を表記すると時々マツォーである。多分気分や状況で使い分けているのだろうけれど、面倒なのでマツで統一する。)
理髪店に行ったのは土曜日だった。森川は六堂と同じテニス部に所属している。テニス部は入部希望者が多い割に環境が整っていないのが難点だった。文吾中学校にはテニスコートが設置されていないので近くの町営テニスコートを使っている。土日には町内のサークル等が利用する為、他校での練習試合でもない限り部活動は休みになるのだ。てっきり家に居るものだと思っていた。




