出会い
二人兄弟の弟である森川は兎に角元気が良かった。小学校では外でも教室でも走って飛んで動き回るからよく怒られていたが、身体能力も高かった。自由にやりたい事をやり、流行りのネタにも詳しくよく喋る。俺から見れば今の時代を生きる子供の為のあらゆるものを存分に与えられているように見えた。余裕のある充実ぶりを見せつけられ、自分との違いを知らされると、単純に自分よりずっとハイセンスに先を行く人間なのだと考えるようになる。幼いなりに森川の家はウチの鬼ババアとは教育方針が違うのだろうと推測して納得した。俺は今も昔もそんなに変わらず、だいたい周りから少し浮いたマイペースなキャラで通っていた。小学校の最初の一年は緊張してずっとドキドキしていたし、二年生になると急に背が伸び始めた事は大きかった。一人だけ、どうも周りとは少し違う奴だという環境に自分自身が慣れてしまったのだ。
森川兄弟は揃って母親似の少し垂れた目をしている。髪の毛のカットは親がプロの腕前を振るうのではないかと知り合ったばかりの頃は少し期待したのだが、逆に兄弟揃ってスタンダードなスポーツ刈りから変化は無かった。どうやら中学校卒業まで他の髪型は許されないらしい。ココだけは厳格に決められているそうだ。理由は分からない。
お兄さんが弟とよく遊んで面倒見が良いことでも知られていた。森川と兄の維君とは五つも歳が離れている。忙しい両親の代わりに弟の世話をするのが当たり前になっていたのだろう。俺は遊びに行った時に挨拶代わりに声を掛けられる程度だったが、森川とはフザケた掛け合いをする仲であるのは何時も見ていた。単純に、そういう相手が家にいるのは良いなと思った。俺には兄弟がいないから、そんな風に家族の中で共感し合える仲間みたいな存在はいない。自分の立場に近い年長者が居てくれるのは頼もしく思えて、素直に羨ましかった。
ところが森川に話を聞くと、親のいないところでは殴ってくるし喧嘩になれば敵わないから大人しくしているだけだと言うので、一筋縄ではいかない現実を知った。流石に本気で殴れば無事では済まない体格差があったから手加減はしているのだろうが、ショックだった。維君はせいぜい人をからかう程度のお調子者だと思っていたのだ。決めつけるのは良くないとはいえ、大人の前ではやらないとなると本当ならたちが悪い。兄弟には喧嘩くらいは良くある事だろうけれど、五歳差は大きなハンデだ。思ったより大変だと察した時に、味方になってやろうと思った。
田端にも指摘された通り、思い返すと俺は結構昔から恥ずかしい奴なのかもしれない。再び言い訳させて貰うと、当時の俺はまだ小学三年生で、上から目線に特に理由は無いものの、純粋に友達だからそういうものだと思ったのだ。
理髪店の店舗は森川の自宅と繋がった造りになっている。小学生の頃は俺が遊びに来ると、森川の両親の仕事の邪魔にならないように出来る限り外で遊んだ。(小学生はそんなものだと思うが当時の俺に邪魔をしに来た認識はない。)店の駐車場の脇には芝生の生えた庭に続くちょっとした空き地があり、乾いた土の地面が程よく広がる良い遊び場だった。森川家の周りには畑しかないからボールを使おうが凧を上げようが自由だ。俺達はよくバドミントンやキャッチボールをして遊んだ。
ド田舎あるあるなのだけど、昔からの住民の家は敷地が広い。都会ならちょっとしたマンションが建てられるくらいの家もある。勿論価値が全然違うので並べて考えるものではなく、勘違いすると大変な事になるところまで知っておく必要がある。いつまで経っても何も出来無いまま寂れていく文吾町を見ていると、ド田舎の土地活用は難しい課題なのだろうなと思う。真面目に。
春休みにカットしてもらったきりで、学校や市街地とはウチから反対方向になるせいであまり近くを通ることも無かった森川の家には、以前は置いてあった自転車が無くなっていた。維君が使っていたものだ。高校卒業後に大学進学が決まって一人暮らしをしているはずだが、自転車は持っていかなかったらしく、置きっぱなしになっていた。
中学校でも森川と同じクラスになったのは一年生の時だけだったから、友人とはいえ家まで来るのは久しぶりになる。入学した時には既にそれぞれ仲のいい友人も違っていて、年齢的にも学校以外で遊ぶことはあまり無くなっていた。中学校では部活もあるので平日の自由時間は意外に少ない。決して溝があったとは俺は思わないが、小学生の頃とはお互いに様変わりしていたのは確かだ。
それでも俺はアイツに感謝している。自由に自宅から私物を持ち込む森川がいたからこそ、普通には起こらない奇跡的な出会いが可能になった。森川はわざわざ自分が好きな本や玩具を学校にまで持って来ることがあった。それだけいいものを持っていたのだ。一番仲の良かった小学校低学年の頃の事。ある時アイツは俺に自動車の内部が細かに描かれた本を見せてくれた。よく描かれた子供向けの事典だ。それを見た時の興奮は忘れない。今の俺の夢があるのは、森川のおかげなのである。




