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願かけ


「あの子、氏神様祀ってる神社の子やろ?」


暫くコンビニの店内に視線を送っていた留奈さんが遠くの誰かに尋ねるように静かに呟く。真意が分からず何も言えないでいると、自転車の荷台に腰掛けたまま口元に笑みを浮かべ上目遣いに俺を見た。

「ああ……うん。合ってる。」

俺の返事が終わるよりも早く荷台から小さくジャンプして留奈さんは地面に降り立った。タン、という衝撃と重みを表す音にジャリッというコンクリートに触れる音が重なって聞こえる。その瞬間、感覚が非日常から日常に移行した。なんとなく輪郭に明瞭さが与えられる。圧力と緊張感が生き物に酷似する。昔から馴染みのある留奈さんだ。その正体を知るまでは目の前にある物が実体であることを自分が何処で識別しているのかなんて考えたことも無かったのだけれど、こうしてみると人間の感知機能や情報処理能力は意外に多彩でそこそこ使えるものに思える。

ところでどうして在り様を使い分けるのだろう。店の外に他の誰かがいる訳でもない。どうせ俺以外には見えないのに。

「…大門と会わせる為に待っとったの?」


「そうそう、大門君。会わせる為というか…、

 まぁ廻り廻って重くんの為やね。

 私は重くんに味方する側の御使いやから。

 氏神様と同じで。」


「お稲荷さんは味方ってこと?」


「いやいや、まさか。無い無い。

 そんな使命でやってることやないよ。

 それならこんなふざけたこと出来んわ。」


「…そうなんや…。」

薄々勘付いてはいたけれど、やっぱりふざけていたらしい。そうだろうと思った。ずっとからかい半分の感じだったからな。


「此処のお店の子、知ってる?女の子。」


「?へ?……田端のこと?」

急に話題が変わって咄嗟に追いつけない。何の関連があるのだろう。


「ん〜お店がそうやからあってるかな。タバタ。

 その子な、ちっちゃい頃から時々やけど、

 ウチのお社に願かけしに来る事があってさ。」


「へぇ。願かけ…。」

しおらしい印象の行動だけど、そんなに驚かない。確かに田端は占いとかジンクスなんかは気にするタイプかもしれない。どちらかと言うと勝負事に積極的というか、勝ち気なイメージがある。


「この前なんか冬のめちゃくちゃ寒い日に、

 わざわざ雪の中来たことがあってね。」


「…願かけって、ちゃんと聞くの?」

冬というと、受験の合格祈願だろうか…。


「ん〜、御利益があるかないかは…、

 人の子の信心次第としとこうか。

 不可能を可能にするもんやないし、保証はない。」


「あ〜、まぁそうか。…で?」


「大門君に告白するから上手くいきますように、

 やって。」


 ………………。

 !!!はぁ???


「でもな、結果は教えてくれんのよ。

 気になるやんね?重くん、知ってる?

 上手くいったら報告するとか、人の子の間で、

 ルールが徹底されてるわけでもないやろ?

 どうなったんかな〜〜。」


 ??どうなった??

 どうって…??はァ〜〜〜???

 知らんけど!?


「?重くん?」


留奈さんが覗き込んで目を合わせてきた。俺はついあからさまに顔を逸らす。

「…いや、何も。…聞いたことない。」


「あ〜、そっか〜〜。」


残念そうに首を傾けて溜め息をつくと、留奈さんは再び自転車の荷台に手を掛けた。僅かに荷台が揺れる。


「まぁそれなら、また今度何か聞いたら教えて。」


「ああ…けど多分、アイツ今彼女おらんよ。」


「え、本当に?…なら駄目やったかなぁ…。」


「この辺、カップルでいたら目立つし。

 …地元民同士なら噂くらい聞くと思うけど…。」


これは本当だ。決して留奈さんを信用しないわけではないけれど、この話は真偽の程を正確にしておきたい。…そうは思うものの、今ちょっと頭を回しただけでは、どう切り出したら本人から聞き出せるのか良いアイデアが浮かばない。彼女がいるかどうかくらいは聞いてもいいだろう。しかし俺が何の為に…。

「本当に、田端やった?大門の名前言った?」


「あら?疑ってる?

 私等はね、言葉より深いところが解るの。

 名前を差し出すのは人の意志でしかない。

 私等はもっと深く存在を判別してるんやで?」


「…ふぅん。」

意味は良く解らないが、なんとなく…人間の事などお見通しだと言いたいのかな…。

俺は何も知らなかった。頭の中ではつい最近会った田端との会話が思い出されて再び憂鬱になる。

「てか結果知りたいだけって、

 それ俺の為でも何でもないやんか。」


「私がスッキリ気分良くなるのは地域の為、

 そしてそこに生けるもの総ての為。」


「…あ。…そうですか。」

まぁ…神様は存在が傲慢な設定だから仕方ないか。


「ワリィ、遅くなった。」


大門は自動ドアが開くと同時にその場から声を掛けてきた。伝統的な野球部員は声がデカくて強いものである。やけに時間がかかると思ったら、やはり菓子だけでは足らないと結論付けたらしく、コーラと焼きそばパンを手に持っている。

「…………。」

俺は無言で菓子袋を返そうと差し出した。


「なにそれ。犬?お前んちの?」


自転車に近寄ろうとした大門が何かを見ている。同じ方向に居るのは留奈さんだ。

 !……もしかしたら、

 観測者としては大門の方が正確なんじゃないか?

「それ多分、狐。」


「狐!?嘘やろ、こんなとこに!?」


大きな目を更に丸くする大門を見て満足そうに笑うと、留奈さんは俺に見えるように右手の人差し指を起こして口先に当てた。悪戯っぽく肩をすくめ、足取りも軽く去って行く。バイバイと手を振りながらお稲荷さんのお社に向かう後ろ姿は、大門にはどう見えているのだろう。

 




       〜第一章「春の狐」 終〜


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