日常
気付けばもう夕暮れの時間だ。建物の中に居たことと、暫くの間は雲が日差しを遮っていたせいもあって自分の感覚よりもずっと長い時間が過ぎていた。
…疲れた…。
また明日からは学校が始まる。自転車を漕ぎながら次の一週間を想像すると、平日もバイトをしながら学校に通っている人達の体力と気力は相当ヤバいことに気が付いた。俺とは比べものにならないくらいに鍛えられているのだろう。デカいだけの人間と言われたくなければ社会勉強を積む機会は多い方がいいのだろうけど、今日会った連盟の人達は、何と言うか、あまりにもイレギュラーだ。将来の為に何か活かせるかと言えば、少なくとも俺の思い描いていた平穏な日常には関わりの無い人達である。正直に言うと、あまり関わらない方が平穏で居られる種類の人達のように思う。留奈さんや土地神様や猫達のおかげで俺もその一員となった自覚を得たわけだが俺は諦めない。それは成りたい職と望む生活を諦める理由にはならない。
勉強は実力で何とかするしかないけれど、そこまで悪くはないはずだ。一番の不安要素は接客スキルである。自力では何のアイデアも浮かばないので、やはり遊び人の雰囲気のある野々原にでも学ぶしかない。お客さんの中には神職さんのような厳つい見た目の人も、蓬莱さんのような自由な人もいるわけだから。…しつこいようだが、大門は真似出来ない。
噂をすれば影。嘘から出た真。こんな言葉を使ったのは今日は何回目になるだろう。明らかに異常だ。勘が良いなんてものじゃない。何かが憑いているとしか思えない。曾祖父ちゃんの家に行ってから、いや、その前からだ。
…留奈さんの正体を見てから…?
お稲荷さんの御使いの悪戯か何かだろうか。帰り道に通った交差点近くのコンビニから見慣れた顔が現れた。みらいマートの駐車場に自転車を停めて何かの菓子の袋を眺めているのは間違いなく大門だ。その近くには何故か以前とは洋服を変えている留奈さんも居る。こうして普段の日常の中で姿を見るのは何年ぶりだろう。小学校の低学年が最後だったと思う。
大門にはどうやら見えていないらしく、留奈さんは肩がぶつかりそうな程に近い距離を平然とすれ違った。
!
その瞬間、大門が此方を向いて顔を上げ、俺は直ぐに見つかった。文吾町内ではこのデカい見た目は結構目立つ。直ぐに気付いたようだった。アイツらしく腕を上げて菓子袋を掲げている。何が言いたいのか解らないが、表情が明るいので何かいい事でもあったのだろう。
留奈さんは俺の方に向かって歩いて来ていた。ものすごい違和感を感じる。俺は自転車を漕ぐ足を止めている。目の前の道路を横断しようとして、車が通過するを待つ為だ。留奈さんは道路の向こう側の大門の近くに居たはずで、まだ少し離れていたはずなのにその距離が急にぐっと縮まったように感じる。多分、歩幅と歩き方がおかしい。目に見える動きが進む速度に合っていないのだ。行き交う車も無視した驚異のタイミングで道路を渡り切りズンズンと近寄って来た。
「後ろ、乗っていい?」
唐突に聞かれて戸惑ったが、御使いの要望を断る勇気が無い。
「いいけど。」
「重いよ?…嘘ついて浮こうかな。
あの子のところまで行くんやろ?」
「え?」
「ほら、渡れるよ。今。」
留奈さんは荷台に腰掛けて俺の服に掴まっている。服は全く動いていないし、自転車は全然重たくない。見た目にはいつもの光景なのに、今ここにいる留奈さんは俺の日常に存在していない。ベージュの長袖に黒い小花柄のスカートを履いている。普通に考えれば自転車の後輪に裾を巻き込んでしまう。そんなのは関係ないのだ。




