未来
六堂の考え方はウチの祖父ちゃんにそっくりだ。曾祖父ちゃんの信者と息子が似ているのは、何か理由が有りそうで怖い。違うのは信仰として掲げたか否か。祖父ちゃんは能力者ではないから、六堂の言う"本物"を知る事が出来ない。そのせいで信者とは違うと反発したのかもしれない。それでも結局、違いはそれだけじゃないかと思うくらいに似ている。まるで自分が全てを握っていると思っている。そう見える。
よく知りもしないのに、決め付けてるか…?
神寄せの信仰については、文吾町の一般人の理解と六堂の言う内容は大して違わなかった。なのに明らかに俺と六堂の信心は違う。恐らく、信じることの目的が違う。神寄せを信仰すると公言して神事を行っている熱心な信者だけが、何故か感覚がおかしいということになる。妙だ。
一応、俺も神様を信仰対象だと思っている。俺だけではなく、文吾町の人間は大抵親しんでいると思う。神主さんや神職さんに無礼な事は出来ないし、大門はなんだかんだ言っても、この地域を支える人間になるのだと考えている。これはお寺の住職さんも同じだ。身内はちゃんとお見送りしてもらわないといけない。良識ある文吾町民ならば神にも仏にも信心を大切にするし、大変な役目なのも少しは想像が出来る。昔から地域で支えている関係があるからだ。
例えば神社の後継ぎである大門が神道の知識を披露した事など数える程しかないし、俺はアイツを凄いと思っているわけでもない。陽キャの神社マニア(改めて言葉にすると凄いバランス感覚だ。)くらいの認識だ。それでも俺は大門をむやみに馬鹿にしたりはしない。今後も余程の馬鹿をやらない限り無いと思う。もしも今、急に大門が神主になったと聞いても否定することはない。大変だな頑張れよとか、何とか頼むぞとか言うだけだ。お前はまだ何も知らないだろうが、とはならない。アイツ多分教義なんかそんなに深く知らないとは思うけど。唯のぼんぼんじゃねぇか、ともならない。それが本当の事だとしても。…それはまず100%ない。神道なのだから。
…自分で選んだ信仰ではないから、か…?
馬鹿にするのは俺が愚直だからだろう。リターンの望めないものを有り難がるのが愚かしいという、よく有る考え方ではないかと思う。けれど信じる心なんてものはそもそも何の見返りもないものだ。見返りがなくとも、信じることに価値があると考えて明るく未来を見据え将来に役立てる。ポジティブに言うと多分そういうことだ。きっと今は護られる、その先に光はある、望みや願いは叶う、等々と考え方を前向きにする為のものだ。神道の中の神様達はそういう人間の為に居てくれると俺は勝手に思っている。神様からすれば居るだけで勝手に人間が救われているということになるだろう。
俺がそういう救いのある人間かというとかなり怪しいけれど、いざという時、思わぬ災難に遭った時には助かるかもしれない。要は、上澄みだけ掬う程度に理解しているに過ぎないのだが、大門ならもっと正確に神道の世界を語れるはずだ。その役目を継承する立場に生まれた人間だから、俺のような軽いノリで一応信じていると考えている輩は軽率にアイツを馬鹿には出来ない。そういう意味で、大門は未来の先生みたいなものなのだ。
とはいえ俺は熱心な信者ではないから特に敬意は払わないし、有り難がりもしないし、勘違いし始めたら容赦なく言葉でぶった切ろうと思う程度の知り合いに過ぎない。これは間違いない。
俺はそもそも詳しくない。それでも文吾町の一般人は神寄せはアニミズムに由来する信仰であり、ベースには神道と同じ思想があるのだと常識として考えている。だからこそ六堂の異質が際立つ。取り敢えずそれはない、というところだけが違っているのだ。意味が解らない。コイツの頭の中ではどういうことが起こっているのだろう…?もしかしたら、その周りの環境ごと何かおかしくなっているんじゃないだろうか…。
……いや…違う。正位置に戻せ。逆だ。
六堂は信者だ。実態を正確に知っている。体現している。何も知らないのは俺だ。つまり一番妥当なのは俺の方がずっと勘違いしていたというオチだ。…またかよ。けれどこれは俺だけではないはずだ。ほとんどの一般人が勘違いしている事になる。俺はそこまで世間ズレした人間ではないはずだ。
だとすると今この文吾町で信じられている神寄せとは、その信者とは何なんだ。俺達の知らない何か、なのだろうか…。
神寄せは、地元民に伝わる定義を簡潔に言うと"この世界に数多ある神様達に覚えて頂いている方"だ。どうやらその力を借りることが出来るらしいという伝承のようなものは広く知られている。但し俺は実際の活動を見たことは無く、その実態は噂程度のものでしか知らない。具体的に何をするのかも信者のマナーやルールも全く知らない。知らないからこそ、例えその神寄せが幼稚園児だとしても、それはそういうものなんだなとしか思わない。否定など出来ない。地元民にとっての神寄せ信仰は神秘であり不可侵の領域なのである。
神職さんですら御参りに来た俺を否定はしていなかった。ちょっと物分りが良すぎる気はするが、連盟と繋がりがあるのなら全て知っているはずだから、神寄せは神道の神様ではなくfsを見て操っていると考えているのかもしれない。(事実それが正しい気がする。)それを神様と呼んでいるのなら、それはそれで別の信仰だ。…もしかしたら神道は何かを神様と呼んで信じることそのものを否定はしないのだろうか。それが何だろうとも…。
俺に言えることは、六堂の語る現代の神寄せ信仰は、大昔からこの地方に伝承され広く知られているものとは別物だということだけだ。いつから、何があってそうなったのか、今は全く分からない。
…曾祖父ちゃんは、何をしていたんだ…?
そして俺は一体これから何をやらされるのだろう。




