薄氷の上
最初から一緒に連れて来るにはfsが"動く"リスクがあるけれど、大丈夫そうだと解ってから連れてこようと思うと、ド田舎の移動には乗り物が必要になる。蓬莱さんは規定を守ったり守らなかったりする人らしいから、ノゼさんは車を用意する為にわざわざ呼ばれたようなものだろう。
とにかく田舎の仕事は距離と範囲が大き過ぎて時間と労力がかかる。全般に不便だから体力も技術も胆力も必要だ。天候の影響は大きいし地形も独特、虫や獣との知恵比べと言ったら笑われるかもしれないが実際に対峙すると気持ちとしては命懸けである。田舎町の風景が長閑に感じられるのは掃除の後の教室が綺麗なのと同じだ。田舎の土地など何もしなければあっという間に草木に埋もれた荒れ地となる。穏やかに暮らす為にはのんびりなどして居られない。むしろ人間は自然を相手に、仕事だらけで悩みが尽きないものなのだ。
傍からの視点で物を見れば田舎者にはすべからく手枷足枷がついている。傲慢だろうか。けれどそれが自然の前に小さな存在である俺が感じる現実であり、克服の難しいハンディキャップだと思っている。
勿論、やってきた事に何の成果もないわけではなく、資質と環境さえ揃えば知識と体力は自然と身に付くから有利だと考えることも出来る。これは恐らく都会でもそう変わらないだろう。結局は場所が変わっても人間の社会はそういうふうに出来ているのだ。
そして資質と環境が揃わない田舎者はひたすらハンディキャップを背負う。闇の世界に堕ちる選択肢は大人になる程に身近に感じられ、貧困は人を追い詰める。職も少ない地方では昔からある程度は起こってしまう事なのだと言われている。
全然関係ない話になるが中学の頃に、美人は薄氷の上であるから守らなければならないと言っていたオタク女子がいた。他人に夢を見ていないでお前も目指せば良いと言ったら、無理だと言ってその理由に資質と環境を持ち出した。多少の無理も出来ない、つまりは何も持たず頑張れない奴が何でも持っていて頑張る奴を守ると言う気持ちが解らず何を言ってるんだとその時は思ったが、連帯という言葉を知って理解出来た。例えるならばノゼさんのような存在はソイツのヒーローであり、ソイツはヒーローを応援する俺と似たようなものではないかと思ったからだ。
ソイツは水池という名前で、とある事情で迷惑をかけてしまってから少し話すようになった。純粋で大人しいのに、意外と考えることは恐ろしい奴だった。
ノゼさんと蓬莱さんはどうやら打ち合わせをしている。 その間も蓬莱さんは時折何も無い処をチラチラ見ていて、もしかして俺と同じように視覚観測出来るのだろうかと考えた。蓬莱さんの視線の先を追ってみたが俺には何も見えず、それなら虫でも飛んでいるのかと思ったが何もいなかった。
何かが解るらしいがその根拠が曖昧で理解されない人を今迄も見たことはある。漫画やアニメの評論をしたりプロスポーツ選手の将来性を語ったりアイドル界の今後を占ったりするクラスメイト達の中では議論が紛糾する展開も珍しくはない。(アイドルは真相を明かさないものとの判断から勝手に占うという表現にさせてもらった。)
ようやく母さんの考えたことが分かってきた。連盟については母さんも何も知らないはずだと思っていたが、重要なのはそこではない。母さんの考えの中には他人が自分を想像してくれるという前提が無いのだ。そしてそれは厳しい意見などではなく、現実的な感覚だった。他人には解らないのだから理解されない。観測者などとてもじゃないが胸を張って語れないだろう。当事者同士でも全てが共感出来るわけではないのだから。
廊下に上がってもいいかと尋ねて蓬莱さんから了解を得ると、六堂は靴を脱ぎ、高過ぎる玄関の床に驚くこともなくそれを踏み越えた。その先でぼんやりと宙を見つめる小羽田さんに立ったまま話しかける。
「久しぶりスね。髪形変えたんスか?」
「ん?ああ、伸びただけ。」
「はは…だと思った。
ボブなんかわざわざしませんよね。」
「…嫌いなん?」
「や、でも小羽田さんはしなさそう。」
「はっ…なんでやねん。
六堂君、俺の事そんな知ってるか?」
「知らないけどなんとなく。」
知った仲らしく会話も和やかだ。単に女性が苦手なのかな?この人…。




