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生き物


 生き物が居るのは何となく解っていた。トットッという足音の様な音がする。そっと開けた古い襖の向こうには、焦げ茶色の木製の箪笥が二重類と、40インチはあるテレビが幅を利かせている畳の居間が見えた。正方形の敷物の上に大きな座椅子と炬燵が置いてある。周りには数匹の猫がのんびりと寛いでいて、既に主が居ないのにまるで気付いていないようだった。

鴨居の位置が玄関よりも更に低い。完全におでこを打つと思って大げさに頭を沈め、潜る様に通り抜けた。

「みんな、曾祖父ちゃんが飼ってた猫ですか?」


「…うん…多分ね。」


コハダさんはどうやら他の事に集中しているらしく、慎重に何かを確認しながら返事をする。自身が観測者であるらしいから、そのせいだろうと予想して自分もしっかりしようと思った。しかし何をすればいいのか分からない。


「あの…。」


「状況見て、何でも話して。録音してるから。」


話すその手にはボイスレコーダーを持っている。よく見れば部屋にはカメラ等の撮影機材が幾つか設置されていた。…まぁこれは想像の範囲内だ。

「何でも、って…どうしたら…?」


「………。わかった。聞いていい?」


「…はい。」


「どんな猫が何匹おるかな?」


 …………。

「え?……猫…。」


「そう。猫やんな?

 どんなのが何匹おるかな?」


「え?猫……居ますよね?」


「………。感覚でしかないんよね。…風みたいな。」


「?」


「めっちゃ弱くて無害やけど、正確とも言えん。

 けど…変にあったかいから、おると思うよ。」


 ……??おると思う??

 へ?は??…………えぇ!??

 えええエエェェ!!??


「………松尾くん?………。

 いや、仕方ないよ。動いてないから大丈夫。

 ………。さっきもしかして一匹逃げた?」


「!…はい。……え!?あれも!?」


「うん…多分ね。それでいいから。

 視覚観測者って、そういうことやから。」


「…………。」

言葉にならない。これこそが嘘から出た真。本当にただの猫が猫ではなかった。

 …いやいや、何言ってんスか。

 ……本当に本当に本気で??…いやいやいや…。

意味が解らない。留奈さんの時より衝撃だ。どういうことだ。今まで何もおかしな事など無かったはずだ。俺だけに見えていた生き物がそんなに居たのなら確実に周りと話が食い違うはずだ。有り得ない。


「…かなりはっきりしてるんかな?

 推測やけど、次郎右衛門さんのお宅で、

 後継者の松尾くんだから見るモノやと思う。」


コハダさんが気を遣ってくれているのは有り難いけれど説明も頭に入らない。もう半ばヤケだ。

「…猫…普通の猫です。大きめのが三匹。

 三毛猫が二匹、白が一匹です。

 ……みんな顔が似てます。

 …逃げたのは白と黒のぶち猫でした。」


「鳴き声は?」


「…今は鳴いて無いです。足音はします。」


「足音。どんな?」


「軽く…トットと走る感じの音です。

 ……あの、聴覚でも解るんですか?俺。」


「…会話出来るもんな。

 神様みたいに精錬されてなくても、

 イメージに付随する事は在るよ。

 僕の説明の前から聴こえた?」


録音しているからか、ついに一人称が"僕"になった。全く訳も解らないし何が何やら混乱しそうな中で、コハダさんの変化だけが面白い。潔く俺は何も分からん阿呆なのだと開き直ろう。

「聴こえました。」


「…逃げた猫からも?」


「聴こえ…た気がしますけど…。」


「走ってた?歩いてた?」


「凄い速さで走って行きました…。」

言われてみれば、あの速さで猫が走れば爪で地面を引っ掻く音がするはずだ。土の上とはいえ無音なのは不自然だ。突然の事で注意していなかったから聴き逃した…本当は聴いていたのに覚えていないだけだろう。

 ……いや、違う。…関係ない??

そうだ。他人に見えない存在なら、そんなのは関係ない。留奈さんと同じだ。正しい返事は、覚えてません、だ。


「わかった。…他には何かある?」


「テレビと箪笥と炬燵と座椅子です。」


「うん。あるね。猫は何してる?」


「のんびり…ウロウロしてます。」

その割には動きが変だ。三匹の猫はやたらとこっちを見てくる。白い猫は特に、他と比べて挙動がおかしい。一旦は此方に近付いて来るものの、まるで冷やかに侮蔑するような仕草でじっくりと眺めて見ては踵を返して立ち去って行く。普通の猫ではないとすれば、値踏みされている様にも感じる。


「この部屋だけの約束やから、もう終わり。

 しんどいとか、何か自分に変化は無い?」


「特には…無いです。」

地味に息が上がっている。それくらいに、素直にびっくりした。こんな経験は滅多にない…当たり前か。


「大まかな感じでは何も変わらんかったね…。

 当然の事みたいな、信頼関係があるんかな…。」


まだコハダさんは周囲に目を配り手をゆっくりと振るように動かしていたが、徐々に頭を傾げてゆき、傾けたまま動かなくなった。何か思いついたのか顔を上げて急に俺の方を見ると何か言いかけて、何故か右手で待ったをかけた。玄関で待機している蓬莱さんに聞きたい事が有るからと断り、襖から顔を出して何か話し合っているようだ。

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