質疑応答
曾祖父ちゃんの家は、今この瞬間までの長い時間をあらゆる災禍に耐え奇跡的に残った建造物の一つに違いなかった。実際には最近まで人が住んでいたのだから内装は手入れがされているのだろうし、電気機器や水回りの設備が建てた当時のままでは有り得ないと思うけれど、ともかく信じ難いくらいに異世界じみた佇まいをしている。いっそ当たり前に電線が走っているのが不似合いだ。平屋建ての和風建築と表現するよりも崩れかかった田舎屋敷と呼ぶ方が正確である。田舎の建築様式が解らなければ昔話の絵本に出てくる庄屋さんの家をイメージして貰えば良い。それよりは少し小さくてボロボロになっているのが、今は亡きウチの曾祖父ちゃんちだ。
まず驚くのは松や梅などの観賞用の樹木がみっしりと植えられて苔むした庭をぐるりと囲んでいる土壁である。藁のような素材を混ぜて塗り固めてある本物の土の壁だ。それは小さな屋根のように瓦が載せてあり、土台はコンクリートで補強されているものの傷みのせいか高くなったり低くなったり畝を造って波打っていた。まるで生き物が這う様に続く瓦の列を辿っていくと一段高く造られた母屋の屋根に繋がっている。
居住空間を仕切る母屋の壁は流石に白塗りで丈夫そうには見えた。しかし建物全体がやや傾いていて載せてある瓦は俺のような素人にもあちこちズレを見つけられてしまう危なっかしい有様である。これで雨漏りはしないのか。大きな地震なんか起きたら土煙を上げてぺちゃんこになるんじゃないだろうか。何処も彼処も心配するところしかない。
曾祖父ちゃんがおカネに困っていたという話は聞いたことがなかった。まぁそういう不都合な情報は出さないのが祖父ちゃんだろうけど、理由はどうあれ住居は生活の一部だ。哲学の違いを感じるというか、この邸宅に住んでいた人が自分と大きな考え方の隔たりが有ったとしても俺は疑問には思わない。
待ち合わせに指定された場所は、田舎に在りがちな車がすれ違うのもギリギリの幅の国道と広い幹線道路の交わる交差点の手前になる。道幅の広い道路脇には大手スーパー迄の距離がアナウンスされた巨大な看板が立ち、その周りは広く余裕を持たせたスペースが設けられていて、よく大型車の運転手さんが休憩している。ド田舎の道に目印なんてこんな看板くらいしかないのだ。
「いい天気で良かったね。」
「そうですね。」
蓬莱さんは、俺が来た時には休憩スペース(仮)に軽自動車を停めて待っていた。こっちは勿論自転車である。一人だけ乗り物に乗るわけにもいかないかと隣に並べて停めようとした時にチラリと見てしまった車内は、確かに金髪の派手好きと縁が有りそうな感じの雰囲気だ。そういえば前に見た時もそうだったと思い出す。どこがどうしてとは上手く言えないが意外だったから覚えていた。本人は普通のおばさんにしか見えないのに。
「これでも早めに出たんですけど…。」
「ああ、もう一人乗せてきたのがね、
早く来てちょっとやりたい事があるって。」
「へぇ。」
少し歩くと国道から更に別れた細道が、遠くに見える石垣の上の古い屋敷まで通じている。道程は一応はコンクリートで舗装してあり、左右には梨や柿の果樹園が広がっていた。この風景までは知っている。けれど昔の記憶が確かなら、俺はこの辺りまでしか来たことがない。
「今日はよろしくお願いします。
本当に、来てくれてありがとう。」
「…よろしくお願いします。」
「歩きながら、話せることは全部話すから、
疑問があったら言ってね。」
「あ…はい。」
挨拶の後に一息ついて蓬莱さんは言った。やっとかと俺もホッとした。ようやく当事者が直接話して質疑応答出来る機会を貰ったのだ。モヤモヤしていたものがある程度は片付いてスッキリするはずだ。それにしても此処までついてこないと情報が得られないのもどうなのかと思う。理由があるのかもしれないけれど。
簡潔に要点を纏めると、まず俺は神様が見える。それは神様が現れる時に限られる為に日常の中で見ることは殆ど無い。人間の前に現れる意思を示す神様が殆どいないからだ。人間に言いたいことは神寄せを通すのがこの地域の神様達のやり方である。文吾町はそういう場所なのだそうだ。そして文吾町周辺以外では俺は特に神様と縁のある人間ではない。よって神様達は俺と特別に関わろうとはしない。稀に見ているケースはあったはずだと蓬莱さんは言うけれど、俺には全く覚えが無い。
能力者はその言動が忌避される事があまりに多い為に大きな団体では共同生活をしているところもある。一般には精神疾患や宗教的な思想と区別がつかないので能力者を救えるのは能力者しかいない。その方法は保健衛生局の方針と指導の下で自治体に協力する団体の担当者が本人またはその両親に提案し策定する。能力の性質によっては他の団体に繋げることもよくあると言う。福祉事業と異なるのは、これが国の利益になると見做されているからだとか。つまり、支援されているのは能力者ではなく研究分野であるということだ。薬の治験みたいなもので、リスクはあるしオモチャやモルモットじゃないんだぞと本来なら能力者は人権侵害を受けていると訴える事も出来るのだけど、一般への理解が進まない現状では救われるメリットの方が大きいのが現実だそうだ。…法律に引っかかったりしてないのだろうか。なんだか複雑だ。
ともかくそういうわけで俺も、大して役に立たなかったとしてもバイト代が支払われる流れになるのである。複雑だが個人的にはラッキーだ。勿論リスクの大きさ次第なのだろうけれど、人格まで無視されないので本人がどこまで関わるかを決められるらしい。当たり前と言えば当たり前だ。なんだか凄く危うい感覚の中に在るのだなということは、何も知らなくてもなんとなく理解した。しっかり考えないといけない。
庇護下だから仕方ないとはいえ自分の事なのに"子供は後回し"になるのは嫌だった。性格的に。逆に、あと三年程で偉く賢く理性的な"大人"に成れと言われても自分には無理な気がする。せいぜい知識が増えただけで興味の向くものにしか関心の無い、いつも通りの俺でしかない俺が大人を名乗らせてもらうだけなんじゃないのかと思うと、日本の制度って尽くエスカレーターというかベルトコンベアというか、とにかく変に甘くて怖い。こんなふうに思うのは自分だけなのだろうか。やっぱり気が小さいのだろうか。
…そもそもなんで俺こんな事になったんだっけ?




