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御伽話


((黙れ。狐。))


 !!

突然聞こえてきた声は、まるで天から降って来た。大きな声ではないのに空気が震える。怖い。考えることを本能的に否定したくなるような、理屈ではない怖さだ。駄目だ。無理だ。反論などもっての外。押し黙ることしか出来ない。

「…………。」


「なら、またね。」


留奈さんは動じることなく薄っすらと笑った。


「あ……。」


「大丈夫。無口な方なだけ。」


消える時はやはり風に流れて居なくなる。目を凝らすと霧雨の様に舞う何かが見えた気がした。これは遠くからも見えた白い靄なのかと先の記憶が頭をよぎり、それを掴んでみようとしたけれど瞬きの間に霧散して消えた。恐ろしい声の残響がその場を支配している感覚がある。目の前から質量を感じる物質が失くなる混乱は二度目でも変わらず、忽然と孤独と恐怖と喪失の渦巻く中に残された。

「…………。」

お参りはまだ済んでいない。俺はまるでまな板の上の鯉だ。


((現れる用もない。

 狐の戯言はまことにも偽りにもならない。))


 ??

声の感じが、さっきよりは恐くない。多分この声の主が氏神様なのだろうと予測はつくが、何を言っているのか解らない。読解力の問題だろうか。怒らせては大変だというから下手な事は言えないし誤解も出来ない。慎重に、取り繕う事なく、正直に話をしよう。それ以外の選択肢が思い浮かばない。

「…よく、意味がわかりません。」

絞り出した自分の声を聞いて不味いと思った。引きつって他人の声の様だ。それが空っぽの頭の奥に響く。


((じろうは死んだ。

 子孫が代わると言っていた。

 何も差し出すことなく何も求めず。

 それで善い。

 ただ安寧に奉れ。))


「……はい。」

結構喋るやん。抽象的な表現で平和なことを言ってくれている…と、思う。


((じろうはかえった。

 私と遊ぶ子孫の名は何という。))


 …遊ぶ…?

「松尾重紀です。」


((まつおし…。寒さ暑さの時が善い。

 人の世の御伽話ばかりが愉快。))


息が詰まりそうだ。名前違いますとかそれどころじゃない。よく考えろ。言葉の意味を。

「……夏と冬…ですか?」


((夏と冬。))


「……わかりました。」

 ……………………。

古語が混ざっている。古典はあまり得意ではないから、なんとなくでしか理解出来ない。けれどこれは、え〜と、…何だっけ?こういう話あったはず…。

 ………。!!アラビアンナイトだ!!

 ………え?…どういうこと??

 ………そういうこと…???

つまり、氏神様と曾祖父ちゃんの関係は、王と妃。

男なのか女なのかも知らないし背景もよく分からんけど断れるわけが無いので選択肢もクソもない。

 …御伽話を話して聞かせれば良いんだな?

なんて伝えれば良いだろう。…違うか。もう返事はしてしまった。何も考えずに。いやでも考えたところで返事は変えようがない。


((…しげおり……。

 お前は何処にいるのだ。))


「??…此処に…。」


((此処とは……?))


 ……???

少しだけ声が遠くなった。身体に響くような恐ろしさも少しだけ薄くなる。

不意に、ある瞬間、つかえていた(詰まっていた)呼吸が戻った。大きく息を吸い急いで整える。周囲の威圧感は無くなったのだろうか。判断出来るほどに落ち着かない。まだ怖い。

 …結局なんて名前で覚えられたんだろう…。

気にはなるものの、この際どうでもいい事だ。一言で御伽話といっても氏神様の好みは分からない。夏と冬という時期も随分とざっくりしている。

 …細かい事は留奈さんに聞こう…。

何をすればいいのかも手探りだ。正解なんてあるのだろうか。何が何だかよく解らないけどとにかく…。

今日から俺は、シエラザードになります。





 いつも通りに学校に通える事が幸せだとか有り難いとか口酸っぱく言うのはオッサン臭いと断じてきた。急遽それらを見直してみる必要があるという思いに駆られ今朝から自分で立ち上げたプロジェクトの為に登校中の自転車上で達観した仙人を目指す俺がいる。大人ぶりたいわけでも老けたいわけでも勿論無く、面倒臭い悩みの無い人生と有る人生とでは天と地程も違う気がしてきたからである。本当に面倒臭い事は頼まれ事などではない。自力で知恵を絞って何とかしなければならない自分自身の大事な事だ。いい加減にやってしまっては、ツケも自分に回ってくるわけだから。なんて、こんな事を考えているのが既にオッサン臭い。出来ればもっと上品で普遍性のある言葉を使って表現したいのだが、やはり仙人の域には達し得ないのか何も出て来なかった。諦めてもうオッサンでいいのかもしれない。ポツポツとヒゲも生えてきたことだし。


「おぅ。なんか、"門のん"くんが探してた。

 教室行ってあげれば〜?」


すっかり慣れてきた高校の広い昇降口を通って廊下を折れると直ぐに階段にさしかかる。足を掛けた所で上の方から声を掛けてきた人物は珍しく眼鏡を掛けていたから一瞬誰だか解らなかった。小柄で細身の体格と台詞から推察するに、堀井だ。慌てず騒がず上るだけで答え合わせは出来た。

「ああ…。"門のんくん"て呼ぶの?」


「なんて呼べばいいのか分からんから。」


「?…仲悪い?」


「全然。喋ることないから悪くもならんわ。

 松尾は何て呼んでんの?」


「かどの」


「あ〜〜、聞いたことある。

 じゃ、私もそれでいいか。…いいよね?」


「別にいいんじゃない?他にも呼ばれてるし。」

"かどのん"というのは、中学時代の先輩(主に女子)が使っていた大門の愛称である。先輩達の卒業を経て"かどの"に変化した。どうでもいいけど冷静に考えたら既に別の苗字なんだよな。


「話しかけられて何かと思った。

 松尾と同じクラスなの知ってたんやな…。」


「あ〜、あいつ結構記憶力いいね。」

俺も昨日初めて知ったことだけど。

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