深呼吸
位の高い神様を見ると気がふれるとか何とか聞いた事がある。失礼ながらこの文吾町の氏神様がそこまで位が高いとは考えていないのだが、神社について詳しい知識は無く宗教に傾向する理由も無いので、万が一にも有名な神様の分社だったりしたらどうしようかと緊張しながらも調べる手順を無視したまま賽銭箱の前を目指している。どうしてこう俺という人間は矛盾するのだろう。
そもそもここへ来たのは留奈さんが挨拶をして来いと言ったからだ。これで頭がおかしくなったら留奈さんのせいだ。神の使いが罪に問えるとは思えないが、何かあっても元に戻すくらいの事は責任持ってやって貰わないと困る。まさか危険性を考えて無かったとか、そんな事は無いよな?
…………。
割とあっさりと今気付いたけど、この雑な思考のせいなのではないか。単純に、矛盾するのは他人に責任を丸投げしているからだ。頭と身体が分離している。指示と行動を別の人間が行っているのだから矛盾するのは当たり前に有り得る事だ。
…………。自分の事なんだけどな。
大雑把に言うと今の俺は他人の指示に従って動くのが嫌で雑にふざけている、ということになる。自覚するより興味と焦りが勝った。どんなものが見れるんだろう。早く自分の能力の詳細が知りたい。六堂に凄いと言われたものだ。どの程度に凄いのか早く実感したい。そういう焦りだ。俺はこの行動がどんな意味を持つのか理解していない。するつもりも無い。氏神様への挨拶なんか、その必要性が解らないのだから。
…………。やらかしてる気がする…。
自分の良くないところが思いっきり出ている。
ここまで来てようやく勢い任せで動くことに疑問を持った。ヤバイことにその自覚も無かった。一旦落ち着こう、よく考えようと頭を回す努力をすると自然に歩みはゆっくりとなり自分の靴が敷石を踏む音はジャリジャリと辺りに響いて大きく聞こえる。
小さな神社だ。手水舎から参道に戻ればすぐ真ん前に本殿?が構えている。正面にある石の階段を数段登りきるとすぐにもう一つ、参道の入口とほとんど同じ鳥居が建っていた。何度も必要なものか分からないが、やはり何となく恐いから再び礼をして端を通り抜ける。舗装された道から少し離れた砂利の中には石の灯籠が左右対称に設置されていた。深呼吸をして姿勢を正すと、すぐそこにある本殿?の暗い格子の扉の奥に目を奪われた。
今更だけど、やっぱり神社は宗教施設だ。俺が神道について知っているのは日本人だからという程度の認識で聞きかじった常識レベルでしかなくても、ここに来ると自分には捉えきれず太刀打ち出来ない大いなる力、みたいなものを前にお参りするのだと自然に考えてしまう。扉の向こうは何処か神秘的に映るし、さっきまで太々しく頼もしく見えた樹木林は実は自分よりも偉大な、荘厳な存在だと認識を改めるべきなのだという気がしてくる。いい加減にやっていた参拝の手順も恥じるべきなのだ。本当は。
実際のところ、恐らく俺が相当単純だからそう感じるだけなのだとは思う。それでもこの場ではそれが正しいはずだ。神道を信仰している訳ではなくても、どうにもならない力や脅威が世界には在って、恐れながらも奉り、出来る限りに頭を垂れ襟を正して向き合うか祈るかしか出来ない境遇も在るものなのだ。
世の中なんてよくも知らないけれど、自然災害の多い国ならではの信仰なんて話も聞く。運の良いことに自分にはそんな経験は無い。しかし運悪く伝説や物語から想像した神様みたいな振る舞いをする大人は見たり聞いたりしてしまっているから、俺はそっちのケースを思い浮かべて普段の行いを模範の通りにしようとは思えなくなる。人災には別の対応が正しい。神様だけを気にしているのでは生きていられない。こうして今も腹が立ってくるのは勿論神様が悪いのではない。たまたま俺が良い人の縁を持たないだけなのだ。落ち着かないと。
かなり黒ずんだ木造の建物は小さいながらも一目で神社とわかる建築様式をきちんと継承していて、見上げる屋根の近くには左右の太い柱から横に渡された梁の真ん中に大きな鈴が下げられている。同じところから幅のある布地の紐が垂れてきていたが、ここの神社の鈴は小さい頃に無駄に鳴らして怒られたので最近は積極的に鳴らさなくなった。結構音も大きいから用が無いなら止めておいた方が無難だろう。
物騒な世相を反映しての対応らしいが、古い木製の賽銭箱は目の細かいネットが張られた雰囲気だけの飾りになっており、小ぶりな鉄製の賽銭箱がその横に設置されて取り出し口には見るからに頑強な南京錠が掛けられている。もう随分前からだ。世知辛いって、こういう気持ちか、と苦いような辛いような何とも言えない気分で小銭を入れるのにも大分慣れてきてしまった。無意識に眉間に皺がよった渋い表情になってしまうが小銭が惜しい訳では無い。
神様のことは古事記や日本書紀を読めばきちんと書いてあるのだろうけど、確か日本の神様達は高天原とかいう異世界みたいな所に住んでいるはずだ。雲の上だったか?とにかく人間の住む下界とは分けて描かれていたと思う。もしかして神社にも本人?ではなく御使いが居るのだろうか…。
砂利の音に気付いたのとほとんど同時に先方が声を掛けてきた。
「ご苦労様です。」
振り向いて既に灯籠の辺りまで人が近付いていたことに驚いた。にこにこと笑って更に此方に向かって来るのは氏神様の神職さんだ。特に宮司さんのような装束を身に着けている訳でもなく、見た目は唯のオッサンである。年齢は四、五十代だろうか。大門の父親の弟なのだから、ウチの親とも同じくらいの歳のはずだ。