一石二鳥
文吾町の祭りといえば夏の盆踊り大会だ。屋台に花火に浴衣の男女。遊びと食欲が一度に満たされ、青春を感じられる可能性も秘めた華やかで気分も上がる一大イベントである。今年も例年通りの開催が予定されているのは知っていたけれど俺は行かなかった。中学校からの知り合いの面子には青春を彩るイベントを企画するような奴は存在しない。俺もその一人である。クラスメイトの中でも仲の良い方だと思っている野々原雪夜は街育ちだ。わざわざド田舎の祭りに招待したところで大して面白くもないだろう。逆ならともかく。一応俺も甚平くらいなら持ってはいるのだが、イベントで着るのは意識し過ぎの気がして恥ずかしくなるので一緒に行く人間に当てもないなら特に無理はしない。何となく自覚しているが、どうも俺は形から入ることで気分の上がるタイプではないのだと思う。普段から着ている服からしてサイズが合えばOKという考えなのだから着飾る習慣が無い。足を運べばそれなりに人は来ていただろうし、懐かしい顔を見られるせっかくの機会ではあったのだけど、夏祭りの流儀を一人で楽しもうとする程の気概が湧かなかった。
夏という季節の開放感やそのイメージが理由なのだろうけれど、夏祭りは青春ものの漫画やアニメには欠かせないイベントだ。文吾町に於いては実際にそれを実感出来るのは大人に混ざって開催者側の手伝いが出来たり、趣味とかスポーツなんかの繋がりで仲間を呼べるような陽キャだったり、普通に大勢の友達や女子を呼べるような一握りの勝者だけで、その他のモブは食べ歩きを楽しむくらいしかすることも無いのだ。俺は別に敗者とも考えていないから関係無い。絵に描いたような形式に価値を見出すとはどういうことなんだろう、とか変な感じに考えてしまうタイプであるからどうでもいい。そうして既存の価値観から距離を置くことで勝者を(言葉で)殴りたいとも思わない境地に至る。プライドを守る為だと薄々解っているとはいえ結果的に賢くなった気にもなれる。一石二鳥だ。望んで地味に大人しく生きたいわけではないのに何故俺は何時もそっちに向かってしまうのか。何も気にせずポジティブに明るく生きられる程の強靭なメンタルを持ち合わせていないのだとしても、誰にも迷惑をかけないならいいだろと勝手に思っている。
盆踊りの日は家族旅行で温泉旅館に泊まっていたから俺は何も知らない。全国的にはそれほどの知名度は無くとも地元では有名な天然温泉には小さな子供連れも少なくて、見かけたのは殆ど爺さんばっかりだった。行き先を決めたのもウチの祖父ちゃんだから仕方がない。お金をだしてくれるのも祖父ちゃんなのだからそんなものだ。美味いもん食えりゃ文句もないだろと言いたげな旅行先のチョイスが何とも言えず、まぁそうですけどと従う俺も何だかなと言葉にならないモヤモヤを抱えていた。今もこれでいいのかという思いはあるが、旅館名物の松阪牛フィレステーキ御膳に導かれれば逆らえない。何かを失い何かを得る。つまりはそういうことだ。こうなると俺は流されやすいというより、多分チョロいと思われている。
理髪店で髪を切った後には直ぐに夏休みになり、よほど仲良くならない限りクラスメイトとの交流も暫く休憩を挟む。逆に地元の友達とは距離が近くなるから連絡を取り合って遊びに行った奴らも居るだろう。夏といえば個人的には川遊びや釣りなのだが、近隣のアウトドア施設に大人達と一緒に出掛けてバーベキューやアスレチックを楽しむという夢のような環境にある幸せ家族がいるらしいとテレビ等では報じている。当然のように毎年出掛ける海外旅行組なるものも存在すると言う。ウチのお茶の間からは遠い世界だ。現実であるらしいが、まるで異世界だ。そうでなければこんなにわけの分からない感情が湧いてくるものではないだろう。人に共感出来ないというのは、人間を見ながら不思議な生き物を見ているような気持ちになるものなのだ。多分。
真夏の暑さが峠を越して、ようやく扇風機で何とかなるくらいの気温に落ち着いた頃には既に次の祭りが近づいてきていた。言うまでもなく、秋祭りである。季節の移り変わりを思うにつけ、何となく溜め息をつき居間に置かれた縦型の扇風機がゆっくりと首を振るのをぼんやりと見ていた。ソファにだらしなく座り、首をだらりと傾けて重力に身体を任せてみると、廻りゆく扇風機がこの宇宙の中心のような気がしてくる。俺は宇宙の中心から放たれる風に吹かれて生きている。これは恩恵か、それとも試練か…。勿論すべては気の所為だ。祖父ちゃん祖母ちゃんに囲まれて、このまま枯れていくのではないかと危機感を感じないではないが、そんなわけないのだから杞憂に決まっているのだと冷静な自分もきちんと在る。
部活動に加えて体育祭の練習が入るこの時期は野球部でなくても流石に疲れが溜まる。しかもまだ日中は外で少し動くだけでも汗をかくくらいに暑いのだ。そんな中でもガチの体力オバケは余裕の笑顔でいるからヤバい。西校の場合は野球部をその他の部活動と同じと考えてはいけない。あの人達はスポーツエリートに片足を突っ込んでいるので例外である。大門なども練習と長時間の部活動を平気にこなしているので素直にバケモンだと思う。
バドミントン部(通称バト部)の先輩達はインターハイを終えて一息ついた感じだ。やっと通常の練習に戻ってきた。幽霊部員を含めても十人も居ない三年生の先輩達は全員が夏で引退すると聞いている。既に部活動には出てきていない。西校バドミントン部は勿論ダブルスの練習もしているけれど、どちらかというと個人戦がメインだから選抜まで残る事を選ぶ人もいるのだろうと思っていた。ウチの学校は予想以上に大学進学を目指す人が多かったらしい。顧問の先生の話では引退の理由の殆どが、入試対策の為とのことだ。
体育祭が終われば直ぐに文化祭が控えている。儚くセンチメンタルなイメージに反して、秋の学校行事は次から次へと慌ただしい。




