小羽田優の憂い事 前編
オールバックの大学生、梅村君は名家の跡取り息子だと聞いている。容姿に恵まれている上に人当たりもいいので自分には順風満帆な人生を送る超人にしか見えない。誰に対してもフラットな印象の常識人であり、真面目で誠実な方針をとるプロ意識の高い青年だ。先祖代々伝わる秘術を継承する呪い師一族の家系である。呪い師の定義は観測者に近いのか技能者なのか詳しくはないのだが、それぞれ流派の様なものが呪い師の世界にもあるという。名前を上げたところで碌な知識も無く上手く説明出来ないので詳細は省く。呪い師には自らが日陰にある事を好ましいと考えている人も多く、情報があまり出回らない。一部で裏があるとか闇が深いなどと囁かれるのはその為だと思いたいが真相は自分にも解らない。梅村君の一族について一応概要を説明すると、その長たる者は刀剣や玉、鐘などの古代の埋葬品に宿る霊をも使役すると伝えられている。
センター分け眼鏡の同じく大学生、木根君は祈祷師である。茶髪とお洒落なファッションがいかにも若者らしく、シックで落ち着いた雰囲気を醸しているのだが、話してみるとどうも見た目の印象に反して腕白な大物である。梅村君と似たような古式ゆかしい由来を持つ能力者だ。此方は大昔の伝説の偉人がルーツとされる由緒正しく格調高い血統である。伝統として血を重んじる由縁には興味がある。祈祷というからには技能者に属することも考えられるが、先祖代々継承される職業人の歴史に土足で踏み込む訳にもいかない。許容できる範囲で情報を提供して貰っている。二人はそれぞれ別の大学に通っており、梅村君が年齢は一つ上だそうだ。
伝統的霊能者の家系は数が限られる。更にその中でfs能力者が生まれるのは稀である。その為、親御さん同士が情報交換等の利点の為に連絡を取り合い、子供の頃から親交を持つ事も珍しくない。恐らく梅村君と木根君もそのケースだろう。
彼等の受け継ぐ家業は環境保全局の監督する「指定特殊技能者・感応者」には当たらない。保健衛生局の把握する能力者ではあるが、分類上それは家業とは全く関係の無い能力で登録されており、バイト先の会社でもそのように認識されているはずである。松尾君の神寄せが注目される理由の一つがその点にある。神寄せは指定特殊に該当する能力であるから、受け継いでいる事実が確認されれば簡単な試験をクリアすれば直ぐにでも環境保全局の職員(公務員)になれる。今では家庭や身元に難しい所があるケース等でしか使われてないが、昔の名残りもあって維持されている指定特殊能力者の公務員雇用特例制度(旧:特定超常能力者雇用特例法)である。要は個人が独力で国のお抱え能力者になれる制度だ。採用基準は義務教育を終えていて、主に土地神或いは大妖怪と呼ばれるレベルの表象との個人としての繋がりが確認されること。この時点でかなり限定される上に公務員になったところで責任が増すだけの、やりがい搾取だと評されている。公務員も民間もその辺りは本当に酷い時代だ。
松尾君のご家族さんの間でもこの制度は検討されていたらしい。けれども神寄せは継承の証明が難しい事でも有名な"土地神憑き"である。取り敢えず今は学業が優先ということだが、将来的に何を選び取るのかは本人の意志であるべきだろうから、慎重に考えて欲しいところだ。
連盟では八角さんが遠方の神様の巫女として登録され、環境保全局に所属していたと聞く。そこから民間に降りてきたそうだ。実際に所属していた当人が"国に能力を管理され行動制限されるだけのクソシステム"と断じていたので、まぁそういうものなのだろう。一度登録されると個人情報と能力の詳細が紐付けられて役所内で共有されるから、馬鹿正直な昔の自分が恨めしいとも嘆いていた。あまりのことに印象深い。
世間では由緒正しい能力者ほどオカルトや宗教団体との区別がつかずに敬遠されがちである。実際に何もかも全部が嘘のケースも少なくない。梅村君と木根君の二人は(株)アヤシヤという現代的な会社名が有名な、地方の妖怪や精霊を信仰する思想を重視する能力者研究支援団体に所属している。(株)神衆連盟よりも潜在的な信者の数は多く、実はこの二社は別格として扱われる富士山信仰の(有)富士高岡を除けば業界のツートップである。
(有)富士高岡は宗教法人ではない。能力者を積極的に採用して先進的技術開発に取り組み、自社製品の販売をする会社という建前だが傍から見ればカルト集団である。徹底して創業者である高岡家が経営し意思決定をしているという噂だ。高岡家とは大昔から純粋に土地神信仰の根幹に在り続ける盟主の様な存在であり、政策に浮遊生命理論を初めて採用した当時から現在までも政権与党である(日本)先進共和党は、高岡家の協力無しにはfs理論を世間に認めさせるのは不可能だったと言われている。独自に保有する資料とデータの量が桁違いなのは想像出来る。しかし設立以来神秘主義を貫き通すという信念の為に限られた情報しか出してこなかった。
それが突然、国土開発庁の発足により瞬く間に全国に新しい考え方が広まる。fsという概念を正確に捉える為には情報が必須だが、発足当時の説明では目的もはっきりしなければ資料も驚くほど足りていなかった。能力者とする判断すら場当たり的だったのではないかと想像する。押しつけるように始まった印象は拭えない。十五年程が過ぎた今も自分の中ではこの癒着を感じさせる絵面に抱いた危機感と疑念は消えないままである。
しかし自分の様な中途半端な能力では特に困る事なく生きてこられているので、労苦を味わった能力者を無視して意見を述べるのも図々しい話だ。政府の打った手は正しい。やり方はともかく生活に困難を感じる能力者が掬い上げられた事は一先ず大きな前進だった。
今はオッサンの自分もその頃は十代である。(オジサンとは呼ばれたくないがオッサンなのは事実。)まだ浮遊生命理論は一般に勉強される機会が限られていたこともあり、自分では観測者の素質など全く気が付いていなかった。暑がりで寒がりで軽いアレルギーでも持っているのだろうと思っていただけの平凡な学生だった。一応は授業で技能者と観測者を呼んだ講習を受け、能力者の特徴に思い当たる事がある人は相談して欲しいなどと言われたが、そんなものに出向くわけもなく放置していた。自分でも怪しく思い始めたのは学校で行った旅行先で寒気が止まらず熱も無いという、おかしな症状が出た時だった。担任の教師がその可能性を教えてくれた。後で解ったことだが、知る人ぞ知る強力な土地神の存在に触れた可能性があった。親に話しても面倒な事になるだけだと判断して結局は就職するまで放置した。
若いとはいえ学生の間にもそれなりに考えるようになり、少しずつ調べるようになった。意外とそれが今の仕事に繋がっている。




