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写真


 本格的な夏を迎えて暑くなる前に片付けなければならないことが幾つかあった。不思議な現象については専門家ではないから適当なところで逃げられるけれど自分の身の周りの現実と生活からは逃れられない。今だに引きずって苦手意識を抱えたままの人物を、いい加減に無視して平常心を取り戻す。此方がペースを崩さなければならない謂れはないのだ。俺は堂々と胸を張って、森川の母さんの居る理髪店に髪を切りに行こうと思う。

 …おばさんはもう忘れてるんだろうけどな…。

実際は特に昔の話をされるわけでもなく、他の客が待っている時に相変わらずの笑顔で挨拶されるくらいのものだ。いつまでも気にし過ぎなのは自分でも分かっている。中学の頃よりもずっと行動範囲の広がった今なら別の店を選ぶことも出来るのだ。それでもここで新しい店に挑むのはポジティブな動機ではないし、それはそれで俺にはハードルが高い。田舎の店なら見知らぬ一見さん扱いだろう。それだけなら別に文句もないが、子供だとバレると態度の悪くなる人がいる。ド田舎には年功序列とか上意下達とかいう歴史用語みたいな言葉が地域によっては息を潜めてしぶとく生き残っていることもあるから、うっかり選択を誤ると気分を害するどころではない。(こんな言葉を知っていること自体が同年代では珍しいと思う。)俺はよっぽど見た目には大人に見られるからいいが、社交性でカバーしている大門からは色んなタイプの愚痴を聞く。アイツんちは家の付き合いも広いから大変らしい。思えば俺が文吾町の年配の人に対する反抗心を普通に肯定出来るのは普段からよく話す大門の影響もあるのかもしれない。アイツの発想の自由なところだけはリスペクトしている。これは真面目に。

 高校生ともなれば自分の足で街の中に繰り出すのが理想的な絵面とはいえ市街地に出るとなると何と言っても遠いし交通費はかけたくない。大体俺は見慣れたスポーツ刈りにして欲しいだけなのだ。そこまでする理由も見つからなければ意欲も湧いてこない。万が一にも間違って美意識の高い世界に踏み込んでしまったら会話に気を遣うのが面倒臭いだけだ。

言ってしまえば、結局逃げたところに楽園は無いというやつである。大袈裟に聞こえるだろうけれど気が小さいとはこういうことだ。自分でもどうしようもない性格というものがあるのだと最近になって何となく分かってきた。昔から言われてきたことの理由や正体が解ってきたような感覚だ。あくまでも何となくだけれど。


 管理が楽で助かっている短髪のヘアスタイルは、しかしすぐに伸びて崩れてくる。床屋に行きたくないが為に前髪で目は隠れモミアゲも長くなった中途半端な状態のまま、高校受験用の証明写真を撮ると言ってみたら受験を舐めてんのかと母さんにキレられて長々と説教されたのは、まだ数ヶ月前の事である。仕方なく何時もの理髪店を訪れると、拍子抜けするくらい何事も無い対応で森川の父さんがカットしてくれた。違ったことといえば、基本的に十五歳以上の男子は父さんの担当なのだとかで、誕生日を迎えたかどうかを最初に聞かれたくらいだった。森川家には謎の独自ルールが有る事は以前にも森川から聞いて知っていたが、料金の違いか何かで区別が必要なのだろうか。理由は分からないが、そんな成り行きで取り敢えずその時は助かった。森川家の謎は今も謎のままである。



 森川んちの理髪店の白い壁にはよく見れば"hair salon forest"という文字が、夏の晴れた青い空みたいな爽やかな色の筆記体で控えめにペイントされていた。そんな店名で呼んだことは一度も無いし、呼んでる奴を見たことも無い。小学校からの同級生は皆"森川んちの床屋"で通じる。むしろそれでないと分からない奴が大半だと思う。

何も考えずに無の境地となれば苦手意識も克服出来る筈だ。不意に初めてバイトを見学した時の能勢さんを思い出した。あそこまで話が拗れたところはあれ以来見ていない。蓬莱さんにも小羽田さんにもピリピリしていたのは、やはりちょっと俺の来たタイミングが悪かったみたいだ。揉めるとすればせいぜいどちらか一方である。

 ……?あれ?

入り口のドアを開けると前回とは随分と内装の雰囲気が変わっていた。変わっていたと言えば森川家の自転車置き場には初めて見る新しい自転車が置いてあった。恐らく森川のものだろう。アイツ家に居るのかなと懐かしい気持ちになったところで店内の写真を見て思わず笑ってしまった。

フェラーリ、ランボルギーニ、アルファロメオ…。

高級外車がアメリカ西海岸を思わせる装飾とヘアモデルの中に混ざっている。そういえば昔聞いた話によると、車好きは森川の父さんの趣味らしい。まぁこれが見れただけでも、今日はこの店に来て良かったと思った。

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