送りバント人生
振り返ってみれば確かに、送りバントばかりやっているような人生だった。
給食で余ったデザートをじゃんけんで勝ち取った時なんかは、どうしても食べたそうにしていた子に譲ってあげたりした。文化祭でも役柄はいつも後ろに立っている木だったり、裏方の照明担当ばかりだったし、友達と好きな女の子がかぶった時も、僕は友達の背中を押して二人が付き合うようにサポートに回った。電車でも立っているお年寄りや妊婦さんを見ると必ず席を譲ったし、バイキングでラスト一個だけ残っているデザートも、僕は後ろに並んでいた子供に譲ってあげたりした。就職の集団面接でも、自己アピールに失敗した別の人を、なぜか自分の自己アピールの時間でフォローしてあげて、フォローした人が通って、僕が落ちるということもあった。結婚を前提に交際していた彼女の浮気が発覚した時も、浮気相手がどうしても彼女と結婚したいと僕に訴えてきたので、僕はまだ彼女のことが好きだったけれど、浮気相手に譲ってあげることにした。
そうした人生を送っていた僕は、銀行強盗の人質になった挙句、流れ弾に心臓を撃ち抜かれて死んでしまった。最初から僕が人質にされていたわけではなかったけれど、人質にされそうになっていた人が、家族がいるから誰か代わってほしいと訴えていたので、じゃあ僕が人質になりますと手を挙げてしまったのだから文句は言えない。
意識が戻ると僕は死後の世界にいて、長い行列に並んでいた。行列が進んで僕の番になると、受付の人が名簿みたいなものを開き、僕は天国行きだと告げてくれた。
「天国行きの理由は特に悪いことをしていないからです」
「善いことをしたからではなくてですか?」
「罪人も別に善いことをしないわけではないですから」
それから僕は天国行きの整理券を受け取った。これは天国行きを証明する大事な券なので無くさないようにと念を押される。時間が来れば番号を呼びますと言われ、僕は待合室のようなところへ案内された。ソファはあったけれど後から来る人が座るかもと思って端っこで立っていると、待合室に泣きながらおばあさんが入ってきた。あまりにも泣いていたのでどうしたんですか?と尋ねると、おばあさんは車で猫を轢き殺したという理由で地獄行きになったんですと嗚咽交じりに説明した。
「天国には私より先になくなった子供がいるはずなんです。死んでからも子供と離れ離れになるなんて耐えられない」
おばあさんがあまりにも不憫だったので、僕は天国行きの整理券をおばあさんに譲ってあげた。おばあさんは何度も何度も僕に頭を下げ、番号が呼ばれると一目散に天国へ通じる扉へと走っていった。整理券を譲った僕はどうなるのだろうかと思っていたら、職員と思われる人が僕に話しかけてきた。そして、整理券がないことを確認すると、彼はため息をつきながら僕を別室に案内してくれた。
「あなたのような人はたまにいるんです。整理券がないから天国へ行かせるわけにもいかないし、だからと言って地獄に落とすわけにもいかない」
「どうしたらいいんですか?」
「どうしようもないので、今日からここで働いてください。詳しい仕事の内容とかは、そこにいる彼女が教えてくれます」
地獄に落ちるよりかはましだと思った僕はわかりましたと答え、仕事を教えてくれるという女性に話しかけた。女性は僕を面倒臭そうに思いながらも、丁寧に仕事を教えてくれた。
「あなたの人生って送りバントみたいな人生ね」
仕事に慣れた頃、教育担当だった彼女は僕の人生をそう評した。
「悪いことじゃないけど、あなたがそうすることで誰かが傷つくことだってあることを忘れないで」
彼女は喫煙室でもないのに煙草をふかし、そして気だるそうに話すのだった。
「あなたが天国行きを譲ったおばあさんがいたでしょ? 今は人間の姿をしてるけど、元々私はそのおばあさんに轢き殺された猫なの。私はあのおばあさんが天国に行ったことは許せないけど、あなたのやったことは嫌いじゃない。だから、これからも仲良くやりましょう?」
そして彼女はいつものようにやりたくない仕事を僕にやってくれないかとお願いする。それが彼女なりの仲良くすることの一つなんだろうと思いながら、僕は頷くのだった。