98 レーダ・ハイマン
濃い色の木材で造られた天井と、窓から差し込む陽の光が目に入る。
それが眩しくて目を開けたら、隣に誰かが寝ていることに気がついた。
ベッドカバー代わりにかけた麻布のフチを掴んで眠るその顔には、見覚えがある。
「ノエル……」
ノエル・ハイマン。
前世の俺の恋人の記憶を引き継いだ、俺の妹。
頭の中が冴えてきて、昨日までのことを思い返したら、彼女がここに居る理由を思い出してきた。
「そっか……あの後、俺たち疲れて寝ちゃったんだ」
あの後、ノエルとのやり取りを終えた直後。
いつの間にか霧は晴れて、アクシ-も姿を消していたらしく、砂浜で抱き合っていた俺たちは、アーネスに声をかけられた。
本当は、何があったのか説明したかったけれど、流石にそんな時間は無くて。
結局ろくに説明できないまま、三人一緒に進んだのを覚えている。
「んぅ……」
「あ……お、おはよう?」
「ぇ……?」
ずっとノエルの顔を眺めていたら、彼女が身じろぎして声を漏らした。
それで声をかけてみたら、ノエルは俺の存在に気が付いたようだ。
眠そうに目を擦りながら、何度か瞬きを繰り返して、俺の顔を眺めている。
「あ」
俺も構わず覗き続けていたら、目の焦点が定まったらしい。
彼女は少しだけ驚いたような表情になったけれど、すぐに状況を理解したのか、俺の目を真っ直ぐ見つめ返して、表情をほころばせた。
「えへ、おはよう。お姉ちゃん」
クリーム色のふわふわ髪を垂れ下げつつ、ノエルはそう言って柔らかく笑う。
心の闇や後ろめたさなんて、微塵も感じられない表情を見て、俺の心には安堵と、強い確信が訪れる。
きっと俺たち、これで良かったんだって。
少なくとも、目の前の彼女の心はくらいは、救って見せられたんだって。
◆◇◆◇◆
それから数日の時を費やし、俺たちはこの船について把握しようと試みた。
もちろんノエルやアーネスも一緒に、船が用意された経緯や船の構造、これからどこに向かうのかといったことについて聞いて回ったのだ。
もっとも、そう言ったことはわざわざ聞かなくてもよかったというか、船長や、その他重要な役回りのクルーたちが自ら率先して教えてくれたのだけど……
『さらわれた人々を救う任務に同行したいなんて、嬢ちゃんたちも勇気あるよなぁ! ダイアーさんのところの娘さんたちって聞かなきゃ、絶対納得できなかったぜ』
なんて言われてしまって、思わずぽかんとしてしまった。
直後にリーラントを呼んでみて分かったことなのだけど、どうやら表向きは、そういうことになっているらしい。
なんでも、例のグールによる襲撃は王都やココット村だけでなく、ネルレイラ王国全土に渡っていたらしく、その過程で多くの人々が船で攫われてしまったそうなのだ。
俺たちの村の近くからも出港する予定だった船に、飛び込みで乗り込んで経験を積みたいと……そういう建前なわけだけど、本当によくOKしてくれたな。
『木を隠すなら森の中。ネルレイラ王が組織した捜索船は、各地から同時に出港しておるから、ぬしらがどの船に乗っていて、どこにいくかなど誰にもわからぬ』
そうしてある程度の人数を救出した後、救助者に紛れて帰ってくればいいと、リーラントは言っていた。
考えてみれば俺たちは学園への入学すら果たせて居ないわけだし、早めに帰りたいところだが……まあ、数か月はかかるだろうとのことだ。
「これから大変な旅になるだろうなぁ……」
そんな風にぼやきたくなる現状を把握し終えて、例の私室でノエルと二人で話していたら、彼女が突然椅子を引いて立ち上がった。
「つまりはしばらく共同生活ってわけだね!」
「今までだってそうじゃなかった……?」
ひとつ屋根の下で暮らしていたという意味では、別に今までと変わらないと思うけど……
「まあ、この世界で生きると決めた新生ノエルちゃんとの初めてってことで、ここはひとつ」
「それならまあ、そうかな」
納得できるような、そうでもないような。
微妙な気持ちではあるけれど、言われたこと自体は嬉しいし。
「これから妹と親密な関係を築いていけるっていうのは、楽しみだね」
俺がそう言って笑って見せたら、何故かノエルは固まってしまった。
どうしたんだろう。何かまずいことでも言ってしまったか?
なんて思ううちに彼女は唐突に上を向いて髪をかきあげつつ、掴んだ頭を掌で覆い始めている。
「アーネス……あんたホントにちゃんとこの子見張ってなよ……?」
「ホントにどういう意味?」
まるでわからない。
悲しいことにこの状況で、俺の勘は全く働いてくれない。
まあ、一緒に暮らしていたはずの妹が転生者だって気付けない時点でそうもなろうって感じだけどさ。
ともあれ、間抜けな事を考えていたら、部屋の外から足音が近づいて来る音がする。タイミング的に、彼だろう。
「レーダ! ノエル! いるか!?」
「あ、噂をすれば」
「どうしたの?」
ノックの後、俺が歩いて行って扉を開けると、真剣な表情のアーネスがいた。
あれ以来、彼はフード付きの外套を羽織るようになったが、焼け爛れても顔の良いアーネスはそのままだ。
さておき、声色からしてそこそこ急ぎの用事に思えたけど……
「え?」
なんて、考えているうちに、ソイツと目が合った。
「やあ。先日ぶり」
どの面を下げてきたのかしらないが、タキシード姿のソイツは気さくに手を振ってくる。
夏の妖精、アクシーだ。




